可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ドラマなふたり』

映画『ドラマなふたり』を鑑賞しての備忘録
2026年、アメリカ製作。
105分。
監督・脚本は、クリストファー・ボルグリ[Kristoffer Borgli]。
撮影は、アルセニ・カチャトゥラン[Arseni Khachaturan]。
美術は、ゾーシャ・マッケンジー[Zosia Mackenzie]。
衣装は、カティナ・ダナバシス[Katina Danabassis]。
編集は、ジョシュア・レイモンド・リー[Joshua Raymond Lee]とクリストファー・ボルグリ[Kristoffer Borgli]。
音楽は、ダニエル・ペンバートン[Daniel Pemberton]。
原題は、"The Drama"。

 

チャーリー・トンプソン[Robert Pattinson]が喫茶店の前を通りかかり、通りに面するカウンターで読書する女性[Zendaya]に目を奪われる。チャーリーは店に入り、コーヒーを頼むと、彼女の後ろ姿を眺められるテーブル席に陣取る。彼女が席を離れた隙に彼女の席に向かい、本の表紙を写真に撮り、自席に戻って調べる。ハーパー・エリソンの『ダメージ』。情報を仕入れたチャーリーが彼女の席に向かい、話しかける。その本凄く良いよね。先週読み終えたところなんだ。チャーリーの言葉がまるで聞えていないかのように彼女は一切反応しない。一方的に話すチャーリーに店員や客が不審の眼差しを送っているようだ。チャーリーは自席に戻り荷物を取ると、店を出ようとする。チャーリーは改めて彼女に近付き、ナンパ目的でなく、その本を本当に気に入ってるんだと言い訳する。彼女は自分が誰かに話しかけられていることに気付く。彼女は左耳のイヤホンを外す。何の話? 男の話に合点がいかない彼女が尋ねる。その本がすごく良いってこと。こちら側の耳が聞えないの。聴覚障害? 片耳だけだけど。安堵のあまりチャーリーは笑ってしまうが言葉に詰まる。始めからやり直す? もう1度始めから? チャーリーは席に戻る。
…絶対に罠だと思った。録音されてネットに晒されるって。でも二度目の出会いに救われた…。チャーリーは間近に迫る結婚式に向け、介添人を務める親友のマイク(Mamoudou Athie)を自宅に招き、スピーチ原稿を読み聞かせている。結婚相手のエマ・ハーウッドとの馴れ初めを読み上げた。いいじゃないか。次は初デートのくだり。
レストラン。チャーリーとエマが卓を囲む。結末はどう思った? 何の? 本の。読み落としてるかしら。どうだろう、僕もよく分からない。彼女は死んだの? そうかも。それだと辻褄が合わなくない? 鏡は? どの鏡? 最後に畳みかけるところで。メタファーじゃないかな。現実とは思えなくて。…実は、読んでないんだ。えっ? 君の姿に目を奪われて、話すきっかけが欲しかっただけなんだ。キモいわね。気色の悪いイギリス人。
無茶してるな。どうすれば良かったんだよ。その本を読んでみりゃ良かっただろ。初デートのために読み込むの、何となく変な気がしたんだよ。彼女の笑い方についても話したいね。すごく可愛いけど、どっかゾッとするところがあってさ。チャーリーは仕事の愚痴を溢しているときにエマにパンツを下ろされたエピソードを紹介し、エマはシリアスな舞台を喜劇に変えてしまうと訴える。序でにエマとのセックスが素晴らしいとのろけるが、結婚式では止めておけと窘められる。
喫茶店。エマが結婚式で介添人を頼むレイチェル(Alana Haim)と上司のアリス(Hannah Gross)を相手にスピーチの練習をして泣いてしまう。人前で話すの初めてだから、本番ではうまく言えるわ。楽しい話から始めた方がいいんじゃない? 泣くと不細工になるでしょ。えっ? 一般論よ。出会いの話は? それは無理よ。出会いと初デートはチャーリーが話すことになっていた。

 

ボストン。ケンブリッジ美術館の主任学芸員チャーリー・トンプソン[Robert Pattinson]と文芸編集者エマ・ハーウッド[Zendaya]とは間近に迫る結婚披露宴に向け準備に余念が無い。2年前、チャーリーはカフェで見かけたエマに一目惚れして声を掛けるが無視された。平謝りして逃げ去るチャーリーに右耳の不自由なエマが気付き、もう1度声をかけるところから始めてみてと促したところから交際が始まった。2人は結婚式場で、チャーリーの親友で新郎介添人のマイク(Mamoudou Athie)と、マイクの妻でエマの友人であり花嫁付添人を務めるエマが結婚式で介添人を頼むレイチェル(Alana Haim)とともに当日の料理を検討していた。酒が回った2人は、ダンス講師(Celia Rowlson-Hall)から指導を受けた帰りに、DJを頼んだポーリーン(Sydney Lemmon)が通りでヘロインを吸引している現場を目撃し、エマはポーリーンを解雇すると主張するがチャーリーはその必要はないと言う。マイクは自身の結婚式の経験からDJがいるべきだと助言する。レイチェルはマイクとの婚前に人生最悪の行為を打ち明け合ったと、マイクに犬の話を促す。マイクは皆も話すならという条件で大学時代の交際相手の誕生日にメキシコを訪れたエピソードを白状する。レイチェルは近所に住んでいた知的発達症の少年との出来事を、チャーリーは14歳の時、ネットで行ったイジメについて告白する。そして、エマは15歳当時(Jordyn Curet)のある行動を打ち明ける。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

チャーリーとエマとが、結婚式の準備を進める中、ダンス講師やDJポーリーンに対する評価を通じ、互いの価値観の違いを認識していく。決定的だったのは、自分がかつて行った最悪の行為についての告白で、チャーリーはエマが15歳の自分に取った行動に衝撃を受ける。疑心暗鬼に陥ったチャーリーは、現在のエマに、想像上の過去の彼女の姿を重ねてしまう。
チャーリーは、エマとの出会いの際、ナンパする自分に周囲から厳しい眼差しを送られたが故に、エマに平謝りして逃げ去ろうとした。だが実際には、チャーリーに対する批判的な視線など存在しなかった。自らの行動に疚しさを覚えるが故にチャーリーは周囲の視線に非難を読み取ってしまったに過ぎない。
初デートの際、エマは2人の出会いのきっかけとなったハーパー・エリソンの『ダメージ』に登場する鏡についてチャーリーに尋ねる。その際、カメラがターンして恰も2人の姿が鏡像だった(あるいは鏡像に切り替える)かのように左右反転した像を映し出す。気に入ったと言いながら実は読んだことのないチャーリーは鏡はメタファーだと適当に解釈する。ここで鏡とは、「真実」ではなく、自分の考える[reflect]世界の反映[reflection]、すなわち「虚像」を象徴するのではないか。眼に映るのは歪められた世界なのだ。
エマの父親ロジャー(Damon Gupton)によれば、幼い頃のエマはいろんなキャラクターを演じるのが好きな想像力の豊かな娘だった。学校に上がると演劇に夢中になっていたという。エマが告白する過去に行った最悪な行為もまた、エマの空想癖のなせる業だと言えなくはない。
冒頭、エマのピアスをした耳が映し出される。エマの右耳は聞えないが、左耳は聞える。だが一見して区別は付かない。この左右の非対称性は、エマの二面性の象徴だ。そして、芝居にのめり込んだというエマには、より多くのキャラクターの可能性が開けている。だが、複数の面を持ち合わせるのはエマやポーリーンに限った話ではないだろう。
チャーリーはエマの告白した予想外の過去によって、エマが思っていた通りの人物ではないのかもしれないと不安に苛まれる。しかし、首尾一貫したキャラクターなどというものこそ、幻想ではないのか。多面性を考慮しないのは、エゴイスティックとは言えないだろうか。
人生を喜劇に変えてくれるエマとの関係をチャーリーは維持するのか。冒頭では、エマはしくじったチャーリーに、もう1度最初からやってみないかと提案してくれた。現実には真っ新な状態には戻ることはできない。「再演」は夢に過ぎないのかもしれない。しかし、だからこそ「再演」の可能性に賭けてみたい。