展覧会『やっぱりゾウが好き―デパートの屋上にゾウがいた!』を鑑賞しての備忘録
高島屋史料館TOKYOにて、2026年3月13日~8月31日。
1950~1954年にかけて日本橋髙島屋の屋上にいたゾウの髙子(通称たかちゃん)の回想録(本展監修者の木下直之が憑依して語る)とともに、日本人とゾウとの交流史を概観する企画。象のキャラクターの包装紙で包んだ箱を積み上げて構成された展示什器(展示デザイン:中山英之建築設計事務所)は、髙島屋との結び付きを示すだけで無く、象が贈り物として存在してきたことを暗示する。
近代化後、ゾウは見世物、サーカス、動物園において親しまれたが、戦時下の1943年に国内のゾウはほとんどが殺処分された。餓死するゾウもいて、敗戦後に生きていたのは3頭(名古屋の東山動物園の2頭と、京都市動物園の1頭)だった。敗戦から5年、タイから遙々やって来て髙島屋の屋上で飼育されたたかちゃんは、正しく平和の使者だった。まだ小さかったたかちゃん(さくら通り側出入り口に大きさを再現したバルーンを設置)は清水建設のクレーンで屋上へと吊り上げられた。ラッパ(多摩動物公園蔵。国立科学博物館蔵の下顎とともに展示)を吹くとか碁盤に乗るとかといった芸を仕込まれ、子供達を背に乗せた。たかちゃんに乗った思い出の写真が会場内のモニターでコメント付きで紹介された(階段室の壁に写真の掲出も)。高さに驚いたり、背中の毛がチクチクした、小学生になっていた年上の兄弟から羨ましがられたといった思い出に加え、祖父母や父母が亡くなり詳細は覚えていないといった70年の歴史を感じさせるコメントも。すくすく成長して飼育が困難になり、たかちゃん(屋上に来たときの3倍の大きさのバルーンを展示)は上野動物園に引き取られることになった。クレーンを使って降ろすことは出来ず、髙島屋の階段を歩いて下ったと言う。1958年、たかちゃんは上野動物園から多摩動物公園へ引越し、1990年まで余生を過ごした。因みに、本展の開幕は、たかちゃんの命日である。
子供たちを乗せた象の微笑ましい光景と言えば、長澤蘆雪《白象唐子図屏風》(鹿苑寺蔵)がある。東京国立博物館蔵《染付洗象図大皿》は、8人の唐人が2本の梯子をかけて象に乗り、ブラシをかけている。平安末期の絵画《普賢菩薩像》(東京国立博物館蔵)や木彫《普賢菩薩騎象像》(大倉集古館蔵)で知られる通り、普賢菩薩は白象を乗り物とするが、四川省峨眉山には普賢菩薩が象に乗ったまま通り抜け沐浴させたと伝わる洗象池がある。洗象は普賢菩薩と結び付いた吉祥文様なのだ。江戸時代には山王祭の附祭で白象のつくりものとともに氏子が練り歩いた(『東都歳事記』夏之部巻之三、歌川重宣《江戸名所 山王まつり》など。因みに、2024年には髙島屋と清水建設が日枝神社に象のバルーンを奉納したと言う)。また、謡曲「江口」で知られる通り、普賢菩薩の化身である遊女・江口之君の騎象像も描かれた(静嘉堂文庫美術館蔵の円山応挙《江口之君図》など)。かつて薬局の前には子供向けの遊具が置かれており、その中には佐藤製薬のゾウのキャラクター「サトちゃん」を模したものもあった(サトちゃんムーバー。高島屋史料館TOKYOの入口前に展示)。
逆にゾウが乗るのは、サンスター文具の「アーム筆入」である。「象がふんでもこれわない」とのテレビCM(1967)で話題になり、象の鼻のように長く現在まで定番商品となっている。
「ぞうさん/ぞうさん/おはながながいのね」とは、童謡「ぞうさん」の一節。作詞者のまどみちおによれば端的に悪口である。「そうよ/かあさんもながいのよ」と胸を張って言い返す、そこに妙がある。
ゾウなどと日本人との関わりを取り上げた記事(澤田瞳子「澤田瞳子の日本史の寄り道隠れ道 古代人と珍獣」毎日新聞2026年8月31日7面)に添えられた写真のキャプションには「長い鼻を持ち上げ愛らしい表情を浮かべるアジアゾウ=京都市動物園提供」とある。「愛らしい表情を浮かべる」のは見る者の感懐に過ぎない。それでもたかちゃんの写真を見れば「エモい」と思わざるを得ない。安全に対する考え方の変化から動物園でも間接飼育という手法が導入され、動物園(人工環境での動物飼育)に対しては動物の福祉の観点(そこには反転した「エモい」の現われがあるだろう)から再考を迫られている。70年の間に動物との関係は様変わりした。たかちゃんの時代には文字通り隔世の感がある。
『やっぱりゾウが好き』展を鑑賞するまで、日本橋髙島屋の随所にあるゾウのディスプレイに気付かなかった。目にしていながら見えていなかった。眼に映るものが見えるものではない。
動物は野生のみに生きるべきだろうか。環境問題の解決策が人間の根絶ではないように、動物と人間との関係も多様な形があって然るべきではないか。動物園は動物に対する気づきを与えてくれる場である。ズーラシアでかつて飼育されていたキンシコウが忘れ難い。