映画『見えない娘 THE INVISIBLES』を鑑賞しての備忘録
2026年、日本製作。
110分。
監督は、竹林亮。
企画・脚本は、夏生さえりと竹林亮。
撮影は、幸前達之。
照明は、久保田圭。
録音は、大高真吾。
美術は、村中晶子。
装飾は、矢垣奈苗。
操演は、川口謙司。
衣装は、飯間千裕。
ヘアメイクデザインは、MARI。
編集は、小林譲と竹林亮。
音楽は、大木嵩雄。
スマートフォンが鳴る。
赤ん坊の泣声がする。
薄暗い研究室。保育器に光が当たる。赤ん坊の姿は見えない。星野学(毎熊克哉)と星野こころ(映美くらら)の夫婦が研究医の小柳仁(加藤雅也)の処置を見守る。誰も信じてくれなかったでしょう。そりゃあ、そうだ。信じるわけがない。このまま世間に知られたら大変なことになる。もう少し違うことを試してみましょう。まだ続けるんでしょうか? この生き物は使いようによってはスパイにも兵器にもなる。不都合があれば処分されてしまう。生き物? 子供です! だからこそこの生き物の生態を解明しなければならないのですよ。このままじゃ家族という訳にはいかないでしょう。
神津島。森に入った2人の小学生が立ち入り禁止のロープを越えて奥へ進む。幽霊見たって、マジ? 幽霊いるの、本当に? こっちにいたんだよ、マジで。木立の間に血の付いたような人形が置かれている。布を剝がすと首が転がり落ちた。近くに民家がある。窓が開け放たれカーテンが揺れている。カーテンに人の頭部が浮き上がる。だがカーテンが開かれても、そこには誰の姿も無かった。2人の小学生は驚いて逃げ去る。
部屋の中では、9歳になる星野ひかり(鈴木凜子)が黄色い模型飛行機を手に遊んでいる。ベッドの上に上がり、降りて、部屋を飛び出す。
見えないものってそんなにコワい? ここはゆうれいやしきとよばれている家。でも住んでるのはふつうの家族だよ。ちょっとかわってるけどね。これは大きいほうのお姉ちゃん。天才えいがかんとくの風子(近藤華)。こっちは小さいお姉ちゃん。天才女優の音々(矢山花)。姉妹はベテラン女優である祖母・砂川エリ子(余貴美子)の代表作『超能力女』のリメイク作品を密かに製作している。風子が監督。音々が人形相手に超能力女を演じ、ひかりは操演を担当している。超能力女の念力で人形が吹っ飛ぶ。これがわたし、ひかりだよ。人形じゃないよ。いたってふつうのとうめい人間。もう1テイク行こう。映像を確認した風子が妹たちに告げる。
漁港での仕事を終えた学が自宅近くの未舗装の林道を車で進むと、走り去る小学生2人組と擦れ違う。
自宅の裏で映画撮影をしていた三姉妹は父親の帰宅を見計らって撮影を終了し、機材や小道具を撤収する。
学は玄関に入るなり、ひかりを呼ぶ。ひかり、誰にも見られてないだろうな。ひかりが父親の傍に駆け付けるがひかりそのものは誰の目にも映らない。見られてはないけど。屁理屈ばっかり言わない。お・か・し。おどかさない、かかわらない、しずかにくらす。お父さんだって何回も同じこと言いたくない。しんぱいしょうのお父さん。とうめい人間のこといろいろしらべたみたい。でも、な~んにもわからなかったんだって。
映画撮影を悟られまいと慌てて片付けを終えた風子と音々が姿を現わす。お父さん、お帰り。ただいま。今日は何してた? みんなで宿題してたと音々が言う。そうなのか? 風子が頷く。そうか。外に出るとか、動画の撮影とか、目立つことはしてないな? 気を付けすぎて困ることなんてないんだからな。
星野ひかり(鈴木凜子)を眼にすることは誰にもできない。父・星野学(毎熊克哉)と母・星野こころ(映美くらら)は、ひかりが生まれた際に研究医・小柳仁(加藤雅也)から透明人間と世間に知られたら恐ろしいことになると脅される。こころの母で女優の砂川エリ子(余貴美子)にさえ、ひかりが透明人間である事実を伏せていた。学とこころは神津島の山中に家を構えた。9歳になったひかりは、映画監督志望の長姉・星野風子(近藤華)、女優志望の次姉・星野音々(矢山花)とともに自主映画の撮影をしながら身を潜めて暮らしている。心配性の父がひかりに他者との接触を一切禁じているためだ。毎晩、病没したこころに1日の報告をするのが一家の習わしだ。ある晩、エリ子が入院したとマネージャーの桧山玲子(円井わん)から連絡が入る。三姉妹は東京に祖母を見舞おうと密かに島を出ようとするが、漁港で働く学に見付かる。娘たちの熱意に絆された学は、やむを得ず一家でエリ子に会いに行くことにする。ひかりが透明人間であることを誰にも知られてはならないと、自家用車で247kmの旅に出る。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
画面に一切映ることのない少女ひかりが躍動する。鑑賞者を問わず、お薦めできる。
ひかりは家の中では珠暖簾やクイズの解答ボタン、文字盤で、旅先では黄色いキャリーケースで存在が暗示される。声と相俟って、ひかりは確かにその場にいる。
学は、ひかりが透明人間であることの謎を解明したことが引き金になったのか、暇さえあれば知識を吸収しようと努めている。知識は分かっている事柄の断片に過ぎない。それに対し、こころは分からないことの方が多いと訴えていた。見えることは分かること、見えないことは分からないこと。見えること=分かることに囚われて、その蓄積に汲々とするのではなく、見えないこと=分からないことを受け容れて大らかに生きることこそ、こころが望んだことだ。学はひかりを追い求め、ひかりを見失っている。ひかりの幸福のためと言いながらひかりの自由を奪うのは、その実、学が自ら抱える不安を解消しているに過ぎない。ひかりの心を捉えられないでいるのだ。
学は、祖母の見舞いに出かける車中でさえ娘たちに発言を封じる。恰もcovid-19におけるマスク着用の事実上の強制のようではないか。すなわち学は、肥大化した厚生権力のメタファーである。生命や健康という価値を錦の御旗に自由を抑圧する。
ヨハンナ・シュピリ[Johanna Spyri]の『アルプスの少女ハイジ[Heidis Lehr- und Wanderjahre & Heidi kann brauchen, was es gelernt hat]』(1880-1881)、フランシス・ホジソン・バーネット[Frances Hodgson Burnett]の『秘密の花園[The Secret Garden]』(1911)を初め、子供たちは監禁されている。子供を監禁状態から解放するのは文学における主要なテーマの1つと言える。
ひかりを伴った一家が島にある家という閉鎖環境を飛び出し、車という家のメタファーを海に沈めたとき、ひかりの一家は解放へと向かうだろう。
下田の喫茶店では、水野富美子(友近)に「イリュージョン」を気付かれ慌てて店を出た星野一家は、声を使わずコミュニケーションを取るため指差し文字盤を忘れる。視覚言語を喪失する。星野一家が乗ったタクシーの運転手・倉田誠一(寺島進)はUFOを見た過去があり、亡き妻をいつまでも想う。未確認の存在や霊といった不可視の存在を憧憬する。サントムーン柿田川ではひかりだけが立ち往生する視覚障害者・半澤優太(濱田祐太郎)を助ける。見えている「みんなが見えてないふりをするから」、ひかりが助けざるを得なくなる。見えないことにされていることに、ひかりは敏感なのだ。見ることがいかに恣意的なものかをひかりは暴き出す。視覚に極度に偏重する社会への痛烈な批判である。
冒頭、ひかりの名を叫ぶ学と、ラストシーンでひかりを探す学とのコントラストにより、見えないものを捉えられるようになった学の姿が鮮やかに浮かび上がる。本作のテーマが、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ[Antoine de Saint-Exupéry]の『星の王子さま[Le Petit Prince]』、とりわけその有名な科白「心でしかちゃんと捉えられないんだ。一番大切なものは眼には映らない。[On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux.] 」を踏まえているのは明らかだ。本作のタイトルに添えられた"les invisibles"の英訳がその証左だ。ひかりが遊ぶ模型飛行機と部屋に貼ってある宇宙のポスターはサン=テグジュペリあるいは星の王子さまを暗示していたのである。
父親・学の毎熊克哉、長姉・風子の近藤華、次姉・音々の矢山花も良かったが、不可視の存在である星野ひかりを演じた鈴木凜子の素晴らしさが印象に残る。映画『her/世界でひとつの彼女[Her]』でAIの音声を演じたScarlett Johansson以上かもしれない。透明人間が主題であり、一切姿が映らない彼女にこそ「主演」女優賞がふさわしく思える。彼女が姉妹で製作する映画の操演担当と言うのも効いている。ひかりは共演者だけでなく操演(川口謙司)らの力で浮かび上がる。
友近は画面に映るだけで面白い。神がかっている。
警察官・権田原聡一郎を演じた宇野祥平も相変わらず燻し銀の芸。
サントムーン柿田川のカメラ店の店員を演じた三河悠冴は、私が見た作品という限られた範囲ではあるが、一番恰好良く映っていた。
鳩です。気になる向きは、円井わん主演『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』(2022)を。
くるり「ばらの花」、最高。
映画『エンジェル、見えない恋人[Mon ange]』(2016)もお薦め。