展覧会『山本有彩個展「霧をなぞる皮膚」』を鑑賞しての備忘録
REIJINSHA GALLERYにて、2026年8月21日~9月4日。
湿度の高い空気によって包まれる女性の肖像で構成される、山本有彩の個展。現代的な衣装の女性と、時代や場所が曖昧な装束の女性の作品とがある。一部の作品では像主が飛天のような小さなキャラクターたちに取り囲まれる。
《あおい呼吸》(333mm×242mm)は、草叢に立つ黒のキャミソールを着用した女性の胸像で、左斜め前から捉えている。やや俯き、顎の線に合わせ切り揃えらた髪が僅かに前に垂れ、髪の間から耳が覗く。靄がかかり、白っぽく霞む。強い日射こそ表わされないが、肌には火照りが見られる。草いきれを表現するのだろう。
《静かな体温》(410mm×318mm)には、薄手カーテンの傍らに立つ女性の上半身が左側から描かれている。カーテンと近い色味のシャツを着た女性はカーテンに包まれているかのよう。顎の下で切り揃えられた短髪の女性は、左手でカーテンを口元に寄せ、鑑賞者の側に顔を向ける。生地に添えられた右手の指が薄手の布越しに見える。右頬にかかる髪とカーテンとが作る楔形に塗られた金泥により向かい側からの光が表現されるとともに、彼女の唇へ触れようとする布(指先)へ視線を集める。触覚を刺戟する作品である。
《言の葉揺れて》(410mm×318mm)は、植物の前に立つ女性の上半身をほぼ右側から描いた作品。スリーヴレスの柳鼠のワンピースの女性は両手を首元に添え、首を傾げる。風に揺れる草葉の化身のようである。艶やかな黒髪に挿した3つのピンとほつれ毛の垂れる首のチョーカーとが金色に輝く。金の線は彼女の顔、とりわけ口元へと視線を誘導する。僅かに開かれた口からは、心を種とした歌が発されようとしている。彼女の背後には波打つ形の葉が繁る。透けるような表現と相俟って、葉が風に吹かれるような印象を生む。霧がかかるように暈けた画面は現実感を殺ぎ、手弱女をこの世の者とは想わせない。
《ペトリコールの庭》(727mm×606mm)には、2人の女性が寄り添い合い坐る姿が描かれる。左側には、唐草模様の藍色のキャミソールに、大きなフリルの付いた藍色のスカートを合わせた短髪の女性が、彼女の肩に頬を接するように、柿渋のゆったりしたワンピースを着用した三つ編みを垂らした女性が坐る。短髪の女性の左手にお提げ髪の女性が左手を重ねる。また、藍色の衣装の胸元には柿渋が、柿渋の衣装のバストには藍色が配される。2人が強い結び付きが表現される。短髪を飾る七宝文様の髪留め、長髪の女性の前髪を抑える3本のピンの金色がアクセントになっている。2人の姿は霞み、背後には模糊とした空間が拡がる。雨の下降とペトリコールの上昇。対照的な二人と相俟って、陰陽論の表象である。
《春霧》(455mm×273mm)は、桜の花弁が舞い散る中に佇む女性の上半身を左から映画いた作品。後ろで束ねた髪が、風に吹かれて身体の前と吹き流される。後れ毛が頬にかかり、首に巻いた帯も舞う。8枚の花弁が落ちている。女性は僅かに顔を上げ、情報を見遣る。縦長の画面が桜の花弁の落下と女性の上方を見据えて立つ姿を強調するのに効果がある。
《雲を霞と》(410mm×318mm)は、唐草の刺繍が入った藍色のスリーヴレスのワンピースの女性の上半身像。左に首を傾げ口をやや開いてぼんやりと前を見る。右側の髪は胸に垂れかかり、左の髪は肩に乗ってから背後に流れる。周囲も衣装と同じ藍色で、彼女が辺りに融け消えてしまうかのようだ。
《夜霧に月》(606mm×500mm)は、灯明皿を右手で掲げる女性の上半身を描いた作品。腰に細い帯を結んだ褐色のワンピースの上から紫のローブを纏うじょせいは、右手で火を灯した灯明皿を提げる。背後には葉の、さらには楼閣のシルエットがぼんやり浮かび、そのシルエット越しに満月が出ている。満月、金色の棒状のイヤリング、胸に垂れた黒髪、右手の指に賭けた灯明皿を吊す紐によって、視線が火へと誘導される。灯明の周囲には天女のような小さな女性たちが舞い、あるいは灯明皿に腰掛ける。彼女はディアーナないし月の化身なのだろう。
《忘れ音》(410mm×318mm)は、鱗文様の黒いワンピースを着用した女性の上半身像。左に首を傾げ、左手で左耳から垂れるイヤリングを持ち、右手で触れようとする。顔を傾げ、腕を曲げ、イヤリングが揺れる。その動きが音を呼び込む。
《春来草自生》(727mm×465mm)は、宋朝風の衣装を纏い草葉の陰にしどけなく腰を降ろす女性を描いた作品。左腕と持ち上げ左手を右手の側頭部に廻す。その左手からは雲のような波のようなものが現われる。地面に着く右手はゆったりと視対象で見えない。彼女の周囲を5人の天女のような小さな女性たちが寄り添う。雲に乗る者もあることから飛天であろう。彼女は春の女神なのだ。フローラであり、草葉の陰に潜む姿からは、ペルセポネに通じる。タイトルの禅語もカルペ・ディエム[Carpe diem]に通じる。
キーヴィジュアルの《霧のような》(273mm×273mm)は、スリーヴレスの唐草模様の衣装を身に着けた女性の胸像。模糊とした青い闇で正面を見据える姿は凜とした佇まい。僅かに口を開き、何か言葉を発しようとしている。シンメトリーの構図は、髪や髪から覗く耳などで崩すのも、発話を呼び込むのに一役買っていよう。
《脈を抱く》(530mm×455mm)には、膝を抱え坐り美しい裸身を晒す女性が左側から描き出されている。やや暈かされることで裸身は照り映え、神々しい。赤い背景により、藍や緑など寒色を基調とした落ち着いた画面の作品群にあり、一際鮮烈である。3人の飛天が彼女を守護する。サンドロ・ボッティチェッリ[Sandro Botticelli]の《ヴィーナスの誕生[La Nascita di Venere]》や《プリマヴェーラ[Primavera]》を想起しよう。