展覧会『星奈緒個展「わたしの幽霊」』を鑑賞しての備忘録
美の起原にて、2026年7月20日~25日。
主にパステルと水彩絵具により、女性あるいは女性の身体の一部をヴェイルなどとともに表わした平面作品で構成される、星奈緒の個展。
《肌の融点》(910mm×727mm)は両手で顔を覆う女性の頭部を描いた作品。ショートボブの女性の頭部が画面上側3分の2を占める。頭髪は周囲の淡い光に融け込む。左右に分けた前髪から額が露出する。彼女はやや俯き、目を閉じている。中指が眉間に、人差指が眼の下に来る位置で両手が顔を覆う。袖口は手首より先にまで伸びる。袖先は恰も水面のようで、彼女の身体が水に浸かっているようにも見える。感情を堰き止めていた箍が外れ、決潰してしまったのだ。
《ghost》(910mm×727mm)は、白い薄布を纏った女性の立ち姿を左側から捉えた作品。透ける白い布を頭から被った女性が立つ。僅かに俯く女性の顔が薄布越しに窺える。左腕を出し、指で布を前へと引っ張る。彼女の頭部、左肘、左手が形作る直角三角形が出来る。明るい前方へと三角形の直角部分(左手)が誘う。ミッフィー[nijntje]でさえ白い布を被れば幽霊[spook]になれる。彼女もまた白い布を全身に被り幽霊となる。描かれるのが腰の辺りまでであるのは、応挙の女性の幽霊を模しているためであろう。白い布を被った女性の足だけを描いた《ここで待ってる》(410mm×530mm)と対をなす。地に足の着いた《ここで待ってる》は此岸(に留まること)を象徴する。
(略)確かに統計的に実証できなくとも、近世の幽霊に女性の多いことは誰しも直観されるだろう。円山応挙の幽霊画はほとんど女ばかりだし、江戸の三大幽霊といえば、累、お岩、お菊と決まっている。その原因を彼〔引用者註:江馬務〕は女性の執着心の深さに求めているけれども、それではあまりに表面的にすぎるだろう。執念深いモノマニアは女性の特質とも近世の人々だけとも限らないのだから。むしろ一層深い原因は、近世の家父長的封建社会の中では内なる自然としての女性に対する男権主義的な抑圧がそれだけひどく、能産的自然としての女=母なるものが幽霊という私怨的な姿態でしか男に復讐し、その魔力を示現できなかったせいだと考えた方がよいだろう。
(略)
(略)〔引用者補記:三大幽霊に挙げられる累の物語が〕人々の心をゆさぶったのは、やはりそこに家父長的封建制のもとで虐げられ、抑圧され、疎外され、物欲に目が昏んだ男に殺される哀れな女の運命に、人々とりわけ女性が自分の姿を《かさね》合わせて見たからだろう。累とは単なる1人の女性名ではなかったかつては太母神と謳われ、滔々たる生命の河の流れをうけついてきた女性――生物学では男は余計者で、女性こそ人類の根幹だという《イヴ原則》が支配的である――が、今や男の愛玩物となり、子を産む道具となり、労働奴隷にまで零落してしまった、幾世代もの累々たるその怨念を表わす一般名だったのである。(略)この世にあって抑圧され疎外されていた女性は、また成仏できずにあの世からも疎外され、幽明界の迫閒をさ迷いながら瞋恚と嫉妬の炎になって憎き男の後妻を次々にとり殺し、暴虐な亭主を恐怖のどん底につき落とし、男性一般の原罪を償わせようとする。そこには原古のあの大地母神の「生みだすよきモノ」としての面影はもはやhなく、「死をもたらす悪しきモノ」という羅刹女的側面が浮き彫りにされ、私的な復讐のためにグロテスクな姿で化けてでることしかできない。文化による自然の制圧の上に、人格の物象化が覆いかぶさってくるにつれ、母なる自然はいまや悪しきモノ(鬼)へと変質し、転落してしまったのである。(山内昶『ものと人間の文化史 122-Ⅰ もののけⅠ』法政大学出版局/2004/p.306)
《ある夜遅く、息を吐く ⅰ》(273mm×190mm)及び《ある夜遅く、息を吐く ⅱ》(273mm×190mm) は女性の目を瞑る女性の顔を正面から捉えた作品である。前者は両手で鼻と口を覆っているのに対し、後者では両手は指先が顎に触れる位置まで下げられている。吸うことと吐くこと、すなわち対作品として呼吸を表わしているのである。ラテン語で呼吸を意味する"spīritus"が霊・幽霊を意味する英語"spirit"やフランス語"esprit"の語源である。すなわち、本作もまた幽霊に結び付く作品なのである。そして、よく見れば、女性の指が異様に長いことに気付くだろう。目を閉じ視覚を封じる一方、手の触覚を強調しているのである。
《ghost》の類例作品と言える、白い薄布を被った女性の胸像である《纏う(Showing Through)》(530mm×455mm)においても、目を瞑る女性が布の感触を確かめるように布から出した左手で布に触れている。
《melt 1》(190mm×273mm)及び《melt 2》(190mm×273mm)は、前に突き出した、白い薄布を掛けた両腕を描いた作品である。右手と左手を微かに触れさせたものと、左手の上に右手を重ねたものである。幽霊の手の仕種を探究したと思しい。そして、やはり作家は、触覚に焦点を当てているのである。
江戸時代の説経語りによって伝承された、たとえば「さんせう太夫」は、教徒から来たの日本海側で、とくに瞽女たちによって広められたとされる。盲目と化した母親の開眼でハッピーエンドを迎えるこの話は、盲者たちの奇蹟願望にあたえられた表現だということができる。しかし。そこには瞽女たちの視覚のゼロ度だけが表現されているのかといえば、たぶんそうではない。安寿姫の美しさを「毫光のさすやうな喜を額に湛へて、大きい目を赫かしてゐる」〔『鷗外全集』第15巻、1973、677頁〕と表現する修辞の中には、盲者だけが形容しうる圧倒的な光が指し示されているとはいえないだろうか。盲者たちは安寿姫の目の輝きを見知っていたわけではないだろう。しかし、逆に、盲者ならではの光の認知に従って、彼ら彼女らは安寿の眸のかがやきを、おそらくは晴眼者のそれよりもはるかに強烈に、そして豊かに思い描いていたはずなのだ。彼ら彼女らは光を知らないわけではない。彼ら彼女らこそが、光の何であるかを知り抜いているのだ。盲者に晴眼者の視覚が宿ったとき、彼ら彼女らは視覚というものの新しい様態、新しい効用に慣れ親しむことになるだけで、盲目であった時代の視覚をゼロとしてはふりかえらないだろう。
(略)
私たちは晴眼者の立場から文字文芸を貴ぶことに慣らされている。盲者は文字文芸の中であくまでも表象される客体以外のなにものでもないかのように思いこまされている。盲者は口頭伝承の発展に大きくあずかりはしたが、それは彼ら彼女らの聴覚的な記憶能力の優位によるものだと、私たちはつい考える。盲者が用いる言語表現の中の視覚性をゼロへとひきずりおろしてしまうようなやり方が、おそらく盲者たちの世界を不当におとしめるものであることに、私たちはそろそろ気づかなければならない。(西成彦『ラフカディオ・ハーンの耳、語る女たち――声のざわめき』洛北出版/2024/p.299-301)
光/闇を描くことを探究してきた作家は、晴眼者は見えているとの傲慢さに気付き、それを乗り越えるべく、たとえ無意識であるにせよ、盲者だからこそ知る「光」に思いを馳せるようになったのではないか。そして、晴眼者対盲者の二分論を克服する作家は、また別の二項対立図式――男/女――を打ち砕く。その手段として幽霊が導入されたのではないか。奇異に響くかもしれないが、ハーンの再話した怪談・奇談を補助線とするとき、その解釈の可能性が見えて来る。
ハーンの書いた〈怪談・奇談〉の多くが、「雪おんな」に見られるように、他界の女性との愛の物語であり、その女性との間に交わされる契約(契り)の物語であることは、まったく印象的である。女は一途で情熱的であるが、残酷に人の命を奪うこともできる、あるいは破局的な結果をもたらす、という両面をもっている。(略)現世の人間(男)は、他界の存在(女)に比べて、情熱においても、約束(理性と意志)においても、必然的に劣っていることが、見せつけられるのである。おそらくこれは、多くの神話や民話の原型的パターンであるといえる。
(略)
怪しい魅力をもつ、威圧的な、一途な、他界の女、一方的に契約を迫る女がいて、そn契約は、女の(出自に関する)秘密を固く守ることを要求するのである。男は一目ぼれしたことの女にしたがうが、心の弱さゆえに、約束を破ってしまう。この愛のかっちは、たぶんハーンの幼少期の経験と切り離せないが、ただそれだけに還元することはできない。ハーンは幼少のときに見失った母の思い出に固着しただけでなく、彼の緘せと思想に正確に対応する愛のかたちを、いつのまにかつくりあがていた。この愛は、家父長的な権力のまったk外にあった。そこでは父権的な存在を遠ざけて、女性と息子のあいだに愛の契約が結ばれた。確かにこの愛の思想は、彼が再構成した日本の怪談や奇談にまで反映されたのである。死と死者との親密さということ以外に、女性(的なもの)が、他界から、高い的な存在として訪れて、この世の性愛における支配的構造を転覆させるということが、ハーンの再話の大切なモチーフになっていた。(略)
(略)当時の日本における男権的、家父長的支配をまったく肯定するようにして、〈従順な〉女性のイメージに感嘆しているように見えるが、むしろそのような支配をひっくり返すような過剰な理想化された女性像が、ハーンの再話には含まれていた。(宇野邦一『ハーンと八雲』角川春樹事務所〔ハルキ文庫〕/2025/p.172-177)
ヴェイルを被ることで巫となり、妖怪(他界から)の視点で二項対立構造を溶解[melt]させる。