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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 ルイザ・ランブリ個展

展覧会『ルイザ・ランブリ』を鑑賞しての備忘録
ギャラリー小柳にて、2021年1月15日~3月19日。

ルイザ・ランブリの写真展。いずれも無題の作品7点で構成される。3点はスペインのガリシア近代美術センターで、1点はアメリカ合衆国のメニルハウスで、1点が(妹島和世の設計で知られる)「梅林の家」で、2点が金沢21世紀美術館(パトリック・ブランの《緑の橋》がモティーフ)で撮影されている。

ガリシア近代美術センターで撮影された3点の写真には、美術館であることを示すものは写っていない。はっきり写っているのは、大理石のパネル(?)が張られた床のみで、画面の下部3分の1ほどを占めている。意図的な露出オーバーのためか、現地の強い日差しが差し込むためか、正面に壁が立っていることさえ判然としない。とりわけ画面の右手は、強い光のために靄がかかるように霞んでいる。3点の写真の違いは、床に張られたパネルの交線の位置がわずかに異なる点(カメラの位置の違い?)のみに窺える。3点中2点は同じ壁面に掛けられており、その壁面に対して直角に立つギャラリーのガラスの壁面にはスモークフィルムが貼られているため、淡い外光が入ってくる。作品の設置された壁面に向かって右から差し込む光によって、作品の内部と作品の外部とが「相似」をなしている。
メニルハウスで撮影された写真は、似たようなドアが複数並ぶ部屋の角をとらえたもの。光の加減かもともと塗り分けられているのかグレーから青みがかったものまでドアは色合いを微妙に異にする。また、把手の位置が右にあるドアと左にあるドアとがある。閉じられたドアとともにわずかに開いたドアもある。開かれたドアから覗く闇には、いかにも異界に通じるような感覚を覚える。この作品は、SFの世界へと誘う異化効果を生んでいる。

 開いた窓の向こうには陽光も警官も子どももなかった。何もなかった。そこにはただ形のない灰色の霧が、まるで生まれたばかりの生命のように、ゆっくりと脈打っていた。霧の向こうに街は見えなかったが、それは霧が濃かったからではなく、からっぽだったからだ。なんの音も聞こえず、なんの動きも見えなかった。
 霧は窓枠と溶け合って車の中に入ってきそうになった。ランドルは「窓を閉めろ!」と叫んだ。妻はその通りにしようとしたが、手が痺れて感覚がなくなっていた。ランドルは手をのばし、自分で把手を回し、ぎゅっとかたく窓を閉めた。
 明るい後景が戻ってきた。ガラス越しに、警官、嬌声をあげて遊んでいる子どもたち、歩道、そしてその向こうにはニューヨークの街が見えた。シンシアは夫の腕に手をおいた。「車を出して、テディ!」
 「ちょと待て」ランドルは身体を強張らせたまま、脇の窓のほうを向いた。そして用心しながら窓ガラスを下げた。ほんのわずか、ほんの数ミリだけ。
 それで充分だった。外には形のない灰色の流動体があった。ガラスの向こうには明るい道路や行き交う車がはっきり見えたが、窓の隙間から見ると、そこには何もなかった。

 

 この「まるで生まれたばかりの生命のように、ゆっくりと脈打って」いる「形のない灰色の霧」こそ、ラカンのいう〈現実界〉、おぞましいほどの生命力をもった前象徴的な実体の脈動にほかならない。だが、ここでわれわれにとって重要なのは、その〈現実解〉が噴出してくる場所である。〈現実界〉は、外部と内部とを隔てている境界線(この場合は窓ガラスがそれを具現化している)そのものから噴出してくるのである。ここで、不一致をめぐる基本的な現象学的体験に触れておくべきだろう。車に乗ったことのある人なら誰でも経験があるはずの、内部と外部との不均衡のことである。外からは車は小さく見える。身をかがめて中に乗り込むとき、われわれは時おり閉所恐怖症に襲われるが、いったん中に入ってしまうと、車は突然大きくなり、快適に感じられる。だがこの快適さと引き換えに「内部」と「外部」との連続性がいっさい失われる。車の中にいる人にとって、外の現実は、ガラスが物質化しているバリアーあるいはスクリーンの向こう側にあるものとして、かすかに遠く感じられる。われわれは外的現実、つまり車の外の世界を、「もう一つの現実」として、つまり、車の中の現実とは直接的に連続していない、現実のもう一つの様相として、知覚する。この非連続性をよく物語っているのが、ふいに車窓を開け、外にある物がいきなり近くに感じあれたときに味わう、外的現実が迫ってきたような不安感である。なぜ不安になるかといえば、窓ガラスが一種の保護膜として、安全な距離に保っていたものが、じつはすぐ近くにあるのだということをいきなり思い知らされるからである。だが、車の中にいて、窓を閉め切っているときには、外にある物は、いわばもう一つの様相へと転換されている。それらは根本的に「非現実的」に見える。いわばそれらの物の現実性が宙ぶらりんにされ、カッコに括られているように見える。早い話が、窓ガラスというスクリーンに投射された映画の中の現実みたいに見える。内部と外部を隔てる仕切り壁をめぐるこの現象学的体験、つまり外部は究極的には「虚構」であるという感覚が、ハインラインの小説〔引用者註:「ジョナサン・ホーグの不愉快な職業」)の最後の場面のぞっとするような効果を生んでいるのである。一瞬、外的現実の「投射」の機能がストップして、われわれは形のない灰色のもの、スクリーンの空無性と直面したような感覚を味わう。(スラヴォイ・ジジェク鈴木晶訳〕『斜めから見る 大衆文化を通してラカン理論へ』青土社/1995年/p.38-p.40)

ガリシア近代美術センターの空間に立ち現れる靄のような光は、小説「ジョナサン・ホーグの不愉快な職業」における「窓枠と溶け合って車の中に入ってきそうになった」「霧」が実際に現実世界に入り込んできたかのようだ。但し、「スクリーンの空無性と直面したような感覚を味わう」のではなく、逆に「虚構」であると思われた「霧」が実は現実であったと思い知らされるのである。フェイクが動かしていく現実に戦慄する日々が表現されているものと作品を受け取らざるを得ないのだ。

展覧会 日比さつき個展『またあした』

展覧会『日比さつき個展「またあした」』を鑑賞しての備忘録
GALLERY b.TOKYOにて、2021年1月18日~23日。

日比さつきの絵画展。

野菜や果物を描いた静物画が並ぶ。だがサツマイモからは芽が生えて(《サツマイモ》)、柿は黒ずみ(《黒ずむ柿》)、牛乳にはカビが生えている(《黴た牛乳》)。「ヴァニタス」としての性格が色濃い。
冒頭に掲げられた《縮む洋梨》では、テーブルの上に白い布が敷かれて、その上に洋梨やレモンやみかんなどが置かれている。洋梨は茶色く変色して形が崩れている。布はたわみ波打ち、果物の間を遮っている。また、手前の部分は布がめくれて茶色いテーブルの天板が見えている。そこにプチトマトが転がっている。(一般的に想定される静物画に比してかなり大きな画面を持ち、画面右手には白い布に覆われた籠あるいは箱が立ちはだかる)《黒ずむ林檎》など他の作品でも、乱雑な白い布が蔬菜の間に作る「壁」が印象的だ。新型コロナウィルス感染症が猖獗を極める中では、白い布が「衛生」を象徴しているように思われる。衛生的な取り組みが人々を分断し、あるいは隔離する。痛んでいく果物や野菜は、孤立したまま衰弱していく人々の姿に思えるのだ。

 西洋美術の歴史のなかで、静物画は長らく最も低級な画題とされてきた。物を描いた絵の起源は、古代ギリシャ・ローマ時代に室内の壁面装飾として、あたかもそこにあるかのように、本物そっくりに描かれた器物や果物の絵だと言われている。プリニウスの『博物誌』などの古代の著作によれば、こうした事物の絵は、その精緻な再現描写によって人気を博し、評価も得ていたらしい。しかしそれらは、生活に密着した卑近な品々をモティーフとしていたことに加えて、その克明な再現描写が評価をよぶと同時に単なる職人技として低く見積もられる両義性をはらんでいたことから、神々や英雄の模範的行為や偉業を描いた絵画に決して肩を並べることはできなかった。
 こうして古代に物の絵にあたえられた低い位置づけは、17世紀半ばのオランダで、それまで「果物の絵」「魚の絵」といったぐあいに描かれた物の名称で特定されていた事物の絵をひとくくりにするstil leven(「動かざる生命」の意)の語が生まれ、静物画がジャンルとして確立してからも、変わることはなかった。17世紀以降の各国の美術アカデミにおいて、静物画は、事物を描く歴史画、肖像画、動くものを描く風景画に劣る底辺にすえられた。つまり、立ち返るべき規範を古代と、古代の最もよき理解者であるルネサンスに求めるアカデミーの人間中心主義的な価値観のなかで、静物画は規範での位置づけをそのままに受け継ぎ、制度化されていったのである。この序列は、骸骨によって生のはかなさを表すヴァニタス画に見られるように、事物に教訓的・寓意的な意味の伝達を託すことによって、静物画の格上げを図る努力がなされても、決して覆ることなく、19世紀半ばにいたるまで厳然と存在しつづけた。この事態は、精神的な存在としての人間を世界の中心にすえる人文主義的な世界観のなかでは、結局のところ、事物は人間に従属するものにしかなりえなかった、と言いかえてもよいかもしれない。
 けれども、産業革命を経て工業化が進められ、人間の制御を越えて機械的に量産される膨大な規格品が身のまわりを覆いつくすにいたって、もはや人は世界の中心たりえなくなった。それまで人と物の間に結ばれてきた主と従の関係も揺らぎ、それを受けて、物の絵として貶められてきた静物画の立場にも変化が生じてくる。古代以来、脇役にしかなりえなかった静物画は、20世紀をむかえて初めて、物との新たな関係のもとに表現の革新をこころみた芸術家たちの手によって、表舞台に引き出されることになったのである。(略)

 手近な物を並べて意のままに配置を決められる静物画は、ルネサンス以降、画家たちが対象の形態と量感の把握という基礎的な課題をクリアするうえで、格好の学習材料とされてきたが、そのことは同時に、静物画はより複雑な人物群像の構成力を磨くためのステップにすぎないという見方を助長することにもなった。しかし、こうした静物画の半ば否定的な特性は、19世紀末にセザンヌによって肯定的にとらえ直され、それを受けた20世紀の画家たちは、窓としての額の向こうに三次元空間を描出するルネサンス以来の再現的な絵画表現から脱し、三次元の事物の形態や構造を二次元の絵画ならではのとらえ方で描きだそうとする造形的実験のなかで、静物画に無尽蔵の可能性を見いだすことになる。
 セザンヌは、対象の本質的な構造と形態の抽出を可能にしてくれる媒体として、瓶や果物などの事物に真摯なまなざしをそそぐうちに、それらの形態を複数の視点からとらえると同時に、量感や奥行きを明暗のトーンではなく色のコントラストのみに頼って描出するようになりう、結果的に遠近法的な空間から逸脱することになった。(宮島綾子「物を描く―静物画の革命」国立新美術館編『20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語―』国立新美術館/2007年/p.26)

映画『どん底作家の人生に幸あれ!』

映画『どん底作家の人生に幸あれ!』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のイギリス・アメリカ合作映画。120分。
監督は、アーマンド・イアヌッチ(Armando Iannucci)。
原作は、チャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)の小説『デイヴィッド・コパフィールド(David Copperfield)』。
脚本は、アーマンド・イアヌッチ(Armando Iannucci)とサイモン・ブラックウェル(Simon Blackwell)。
撮影は、ザック・ニコルソン(Zac Nicholson)。
編集は、ミック・オーズリー(Mick Audsley)とピーター・ランバート(Peter Lambert)。
原題は、"The Personal History of David Copperfield"。

 

デイヴィッド・コパフィールド(Dev Patel)が舞台に立ち、聴衆に語りかける。私の伝記とも言うべき物語です。私が主人公のままでいられるか、あるいは他の者に取って代わられるか。誕生の場面から始めましょう。彼の背後にかかる緞帳に、デイヴィッドの生地が映し出される。デイヴィッドが振り返り、映像の中へと入り込んでいく。
生家のリビングの椅子には身重のクララ(Morfydd Clark)が座っている。陣痛が始まり、クララは女中のペゴティ(Daisy May Cooper)を呼ぶ。ほんのちょっとだけお待ち下さいまし。ペゴティがタオルを用意しようとあたふたしている。そこへ、鼻を潰すほどガラス窓に顔を押しつけて、クララのいる部屋の中を外から覗く女性(Tilda Swinton)の姿が。部屋に入って来るなり、クララに声をかける。デイヴィッド・コパフィールド夫人ね。デイヴィッドの伯母のベッツィ・トロットウッドだった。カラス邸なんて奇妙な名前ね、カラスなんていないのに。ベッツィが上着を掛けながら指摘する。クララに呼ばれたペゴティには、くしゃみみたいな名前でよく受洗できたものねと一言。ペゴティは、あなたも似たようなものでしょとやり返す。ベッツィはクララに向かい宣言する。あなたの娘の名付け親になりますわ。男の子のような気がするんですとのクララの言葉には少しも耳を貸すことなく、ベッツィは続ける。名前は、ベッツィ・トロットウッド・コパフィールド。決して私のような過ちを犯させないわ。つまらない男に気を許しなんてさせるものですか。医師(Divian Ladwa)が到着し、クララが2階にある寝室に運ばれる。無事にお産を終えた医師にベッツィが尋ねる。あの娘の様子は? これ以上ないくらい経過は順調です。生まれてきた娘の話をしているのよ! 生まれたのは男の子です。ベッツィは赤子の姿を見ることもなくカラス邸を後にする。
数年後。少年デイヴィッド(Ranveer Jaiswal)はカラス邸の庭にある大きなトピアリーに向かって棒を振り回す。おばけウサギめ! 部屋の中では、ベゴティに、本に描かれているクロコダイルについて説明する。アメリカやオーストラリアにいるんだ。そりゃ野菜だね。爬虫類だよ。デイヴィッドはペゴティの放つ印象的な言葉を記憶していった。ある日、クララの元を大男のエドワード・マードストン(Darren Boyd)が訪ねてくる。エドワードは握手しようとデイヴィッドに右手を差し出すが、デイヴィッドは左手を差し出す。それから程なくして、デイヴィッドはペゴティの地元であるヤーマスにしばし滞在することになる。ペゴティーとその兄ダニエル(Paul Whitehouse)と馬車に乗り込むと、途中、どこまでも続くような平原に通りかかる。デイヴィッドは地球は丸いと本に書いてあったのに実際には真っ平らじゃないかと思う。港では、ダニエルの養子ハム(Anthony Welsh)と落ち合う。デイヴィッドはハムに負ぶってもらい海岸へ。ペゴティの兄の住まいは、浜辺に立つ、船をひっくり返して作られた建物だった。デイヴィッドは、今まで見た中で一番の部屋だと大満足。もう一人の養子エミリー(Aimée Kelly)は、魚の腸取りの作業をしたくないために、デイヴィッドを浜辺に連れ出す。デイヴィッドとペゴティがヤーマスでの滞在を終えてカラス邸に戻ると、クララからエドワードが新しい父親だと紹介される。

 

チャールズ・ディケンズの半自伝的小説『デイヴィッド・コパフィールド』の映像化。
デイヴィッド・コパフィールド(Dev Patel)が舞台に立ち、自らの半生を紹介する映像を観客に見せるという形で始まる。とりわけ冒頭では、デイヴィッドが身重の母クララ(Morfydd Clark)の脇に立つなど、語り手=作家が画面に登場することで、作家が自らの生い立ちを紹介するという構造が視覚的に強調されている。
インド系のDev Patelが主人公であるデイヴィッド・コパフィールドを演じることで、『デイヴィッド・コパフィールド』を演劇的に映像化しようとの意図が明快に示されている。そのため、次々と現れる登場人物の配役もすんなりと受け容れられる。
ドーラ・スペンローを、母クララを演じるMorfydd Clarkが演じることで、デイヴィッドがドーラを母親の生き写しだと思ったことが伝わる。しかも、ドーラは、飼い犬が話す体を装う(初対面の際には、ドーラに合わせるように、デイヴィッドも自分ではなくリンゴの木が話すふりをする)。ドーラが母の魂の依代であることを、ドーラが犬に「乗り移る」ことで明らかにしているのだ。クライマックスのシーンに登場したドーラが、自らを「場違い」として、デイヴィッドにそのシーンから消すよう求めるなど、その描きぶりは徹底している。この演出によって、デイヴィッドが(死に目にも会えなかった)母を強く慕う気持ちが印象づけられる。
ペゴティ(Daisy May Cooper)、ベッツィ・トロットウッド(Tilda Swinton)、ユライア・ヒープ(Ben Whishaw)など魅力的なあくの強いキャラクターが沢山登場するが、とりわけ貧しくも強かに明るく生きるミコーバー(Peter Capaldi)の一家が良い。夫婦の漫才のようなやり取りとか、債権者にドアの外から絨毯を引っ張られて赤ん坊が移動するシーンとか。
デイヴィッドは、マードストン(Darren Boyd)(=お化けウサギ)から、態(the voice)について問われる。「能動(active)」を答えることはできるが、もう一つの「受動(passive)」を答えることができない。続けて朗読を求められるが、見られていては文字が浮いてしまって朗読できない。言葉にならない「受動(passive)」をこそ描く意図が窺える。"excited"にしろ"moved"にしろ、出来事に触れて心は動かされる。あるいは、「受け身」の立場の者たちへの眼差しを描こうという姿勢の表明だろう。「受難(passion)」。"passive"と"passion"と。

展覧会 小原若菜・浦山輝子二人展『窓から覗いてみた世界』

展覧会『小原若菜×浦山輝子「窓から覗いてみた世界」』を鑑賞しての備忘録
Oギャラリーにて、2021年1月18日~24日。

小原若菜(リトグラフ)と浦山輝子(アクアチント、エッチング)の版画展。

小原若菜の作品について
"momery(memories)"をタイトルに含んだ作品が3点ある。
《A room for observing memory》。赤いタイルが床と壁とに敷き詰められた狭い空間に、シャワーヘッドのような形態を持つ顔のようなオブジェが一対、床から生えて、向かい合っている。床の中央には穴が開いていて、そこには餌皿のようなものが置かれている。その周りには黒い手らしきものが床から伸びている。正面奥の壁には窓のようなものが穿たれていて、その奥には門のようなものが見える。
《Place of memories》。板の張られた床に黒斑の白い牛が左向きに佇んでいる。その両脇には片手で牛を触れる、裸の人物が背を向けて立っている。画面の上部はくすんだ水色で、中央奥の窓のような四角い部分には樹影らしきものがいくつか見える。
Converse with memory》。前景には二人の人物の頭部が向き合って描かれている。中景には、オオカミのような動物が地面に穿たれた穴から姿を現し、その脇には人の手が生えている。後景には山なのか道なのか三角形が表された窓のようなものがあり、その手前を飛行機が飛んでいる。
《A room for observing memory》と《Place of memories》は場所による記憶術を連想させる。すると、《Converse with memory》は物語を利用した記憶術であろうか。
また、これら3作品は全て手のモティーフが含まれている。イメージによる陳述記憶とともに、手続き記憶(非陳述記憶)を表すのだろうか。
ところで、新型コロナウィルス感染症が、触れることを禁忌にしている。もともと視覚に偏重した社会は、結果として、その程度を極端にまで推し進めることとなった。画面に表された手は、社会から失われる触覚を希求するものであろうか。触れることができないのなら、見ることしか叶わないのなら、見ることの中に、触覚を導入する他は無い。彫刻を鑑賞する際の眼差しが、手がかりとなろう。

 触覚の力を説明するにあたって、ヘルダーは読者にひとつの思考実験をしてみるように促します。想定されているのは、彫刻家が彫像を作ろうとしている場面。ただし、この思考実験は、手の感覚を通して想像することが条件になっています。なぜなら、それこそが彫刻家のやり方だからです。ヘルダーは言います。「われわれは、ある形、ある肢体がすぐれた意味を示すべき場合にはいつでも、それが当然他者にたいしても何ほどか現われ出ることを見いだす。それはいわば、自分自身を呈示し、それもまず第一に、特に、さわる手に呈示する」(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、262頁)。以下がその内容です。


 アポロが怒りをおぼえて、あゆみ出したとしてみたまえ。たちまち、彼の身体のさまざまな部分がむくむくとあらわれ出て、自己の目的に向かうあゆみと高貴な自負心とを暗示する。鼻は荒々しい息づかいをして、あたりを払うばかり。胸は、美しい鎧さながら、堂々ともりあがり、ひどく長い太腿が勇ましく踏み出す。ほかの肢体は、いわばつつましげに引きこもるが、これらの部分は行動の主役ではないからだ。ある姿が、口を開いて、求め、乞い、願い、嘆願するとする。するとその口は、思わず知らずおとなしく前に突き出され、口もとに、息吹き、祈り、欲求、願望、接吻の気配がただよう。耳が聞いているときは、この、彼の暗示的動作が耳にまでおよぶ。(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、263頁)

 

 身体諸部分の調和的な関係、というだけなら芸術論としてそれほど珍しいものではありません。ヘルダーに大きな影響を与えたディドロも、絵画について同じようなことを語っています。ヘルダーの面白いのは、やはりそれを視覚ではなく触覚と結びつけたところ。ヘルダーは、さわる手に対しては対象がみずから語り出す、と言います。「行動する肢体のかたちはつねに語っている、『おれはここにいるぞ。おれは活動しているんだぞ』と」(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、263頁)。
 「おれは活動しているんだぞ」と語る体。ここで重要なのは、さわる手に対しては(1)対象がみずから語り出すということ、そしてこの語りにおいて、(2)動きのレベルで対象がとらえられていることです。
 (1)は、先に確認した「触覚はさわり方しだい」という触覚の特徴に通ずる点です。どのようにさわるかによって、対象は異なる性質を見せる。こちらのさわるというアクションに応答するかのように、対象が、それまで見えていなかった性質について語り出す。ヘルダーは、さわり方の違いについては論じていませんが、さわる手の動きと対象の語りの相関については「内面的共感」という言葉で語っています。「内面的巨漢、すなわち、人間的自我のいっさいを姿のなかへすみずみまでさわりながら移していく触覚、これのみが美の教師であり、美を生み出す方法なのである」。(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、262頁)。
 (2)については、先の思考実験のくだりで、必ずしも文字通りの運動ではなく、何かをしようとする衝動や感情の気配、あるいは数学でいうベクトルのようなものが想定されていたことが興味深い点です。「勢い」のようなもの、まだ具体的な四肢の運動や表情としては現れてはいないけれど、そこにつながる予感の部分までをもとらえるのが手だと、ヘルダーは言うのです。
 この(1)(2)の二つをまとめて、ヘルダーは「生命」あるいは「魂」という言い方をします。外から見たときに目が奪われるプロポーションや色ではなく、内部にあるもの、奥にある「たえず動かしてやまない流れ」を手はとらえるのです。「彫刻は内へ内へとはいりこんで仕事をする。存在し永続せよとばかり、生命をおび、魂にあふれた仕事である」(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、218頁)。ヘルダーはさらに続けます。


 人はただ、存在し、感知しさえすればいいのである。ひたすら人間であることだ、どのような性格、どのような姿勢や情念にもひそむ魂が、われわれ自身の内部に働いていることを、目を用いずに感得し、それから手でさわってみることだ、これこそ、声高に語る自然のことばであり、あらゆる国民、そればかりか、目が見えない人にも耳の聞こえない人にも聞きとれることばなのだ。(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、218頁(一部、訳を改変))

 

 自然が作り出したものの内部にある、生命や魂のたえず動いてやまない流れ。この「自然のことば」を聞くことが触覚の役割であり、それを形にするのが彫刻という表現であるとヘルダーは言います。視覚は表面にしか止まることができないのに対し、触覚はさらにその奥に行くことができる。触覚は「距離ゼロ」どころか「距離マイナス」なのです。生き物の身体は、視覚にとっては見通せない不透明なものですが、内部の流れを感じることのできる触覚にとっては、むしろ透明なのです。
 もちろん、彫刻の鑑賞は通常は視覚によって行われ、像にさわることは特別な機会でない限り禁止されています。ヘルダーもそのことを前提に議論を進めています。曰く、彫刻愛好家は低く腰をかがめて像のまわりをうろつき、「視覚を触覚と化す」つまり「あたかも暗がりのなかで手さぐりをするかのように見」ようとする、と(ヘルダー(登張正實訳)「彫塑」『世界の名著38』(登張正實責任編集)中央公論社、1979年、214頁)。さわることは叶いませんが、視覚を触覚のように用いつつ、彫刻家が手を通してとらえようとしたものを、つかもうとする。あくまで根本に触覚があることは変わりません。(伊藤亜紗『手の倫理』講談社〔選書メチエ〕/2020年/p.72-75)

《A room for observing memory》、《Place of memories》、《Converse with memory》に共通するのは手のモティーフだけではない。その奥に「窓」らしきものが描かれていることも3作品に見られる。「視覚は表面にしか止まることができないのに対し、触覚はさらにその奥に行くことができる」のだと、手のモティーフによって「視覚を触覚のように用い」、「内部の流れを感じること」を求めるかのようだ。そして、「内部の流れ」とは、時間であり、記憶なのだろう。

《A room for observing memory》や《Converse with memory》に見られる対面のモティーフは、記憶すなわち過去と向き合うことを表すのだろうか。イヌと人とが向き合う《Stream of consciousness》、人とヘビ(?)が向き合うような《Confluence》、彫像のようなものが向き合う《What i am starting at》や(横長の)《Summy》においても対面のモティーフが見られる。

縦長の画面の《Summy》。上半分には、赤いタイルを敷き詰めたような、赤の面に白い格子が走り、その右側に女性の横顔が浮かぶ。ヘルメットような髪(濃いモスグリーン)と、目の部分を覆う仮面のような顔(淡いモスグリーン)、そして裂けたような口が赤で表される。横向きの構図で目が大きく表されていることもあって、エジプトの壁画を思わせないこともない。画面下半分には、濃いモスグリーンの面に淡いモスグリーンの格子が走り、その右側に白い犬の横顔が浮かぶ。犬の顔の下には赤い首輪が女性の口に対応するように描かれている。画面の上下が補色(反対色)で塗り分けられ、上下それぞれにその補色で表された顔(人、犬)がある。上下の境界に、赤い縞の入った右の掌が置かれている。
赤から緑へ、緑から赤へ。補色の組み合わせを上下で繰り返しているのは、目という感覚器官が対象を見つづけようとする働きそのものを表現するためなのだろうか。

 感覚器官が通常そう思われているような受動一辺倒のものではなく、産出的な力を持っているとはいっても、この場合の産出が完全に能動的なものではないことに注意しなければならない。目は〈青〉に対して〈赤〉や〈白〉を自在に産出することができるわけではない。光学上の性質にしたがって補色である〈黄〉を産出することだけが可能なのであり、目に許された選択肢はない。「解毒剤」という言葉をヴァレリーは使っていたが、いったん打ち消すことによって〈青〉がふたたび回復するように、つまり〈青〉を求めて、目は〈黄〉を産出するのである。ここで〈青〉は欲望の対象であり、欠如の対象である。「私たちのうちには、はじめの知覚を保持し、あるいは再創造しようとする傾向の欲望、欲求、つまり状態変化作用が存在するのである」。
 一器官が反射的に行う反応に対して「欲望」という言葉を使うのは、比喩による説明にすぎないと思われるかもしれない。(略)感覚器官の産出に関してまとめるならば、それが完全に能動的でなくまた自由を欠いているのは、それが欠如という仕方で外的な刺激によって束縛されており、欲望や欠如に促されての、やむにやまれぬ産出だからである。感覚器官が産出するものは、「興奮の欠如を補う応答、補完物であり――あたかもこの欠如は、それを私たちは単なる否定形で表すわけだが、私たちに積極的に働きかけるかのようである」。
 興奮の欠如が産出を促し、産出物が興奮を回復させると、その満足の減少がまた欲望を生んで感覚器官を産出へと向かわせる。「感じることにとどまる」とは決して静的な出来事ではありえない。産出を介して初めて成立するこのダイナミックなプロセスこそ、対象を見つづけようとする感覚器官の働きなのである。それは必然的に拘束的である。なぜなら産出という自身の力を、外的な刺激によって強制的に引き出されているからである。しかも目にとって快楽であるはずの刺激の多様性と変化は、ここでは最小限に抑えられている。にもかかわらず、断章で述べられていたように、疲労という要因を別にすれば、この満足と欠如の連鎖は無限に延長させられる傾向をもつだろう。(伊藤亜紗ヴァレリー 芸術と身体の哲学』講談社〔学術文庫〕/2021年/p.218-220)

また、補色の画面の境界に、赤い縞の入った右の掌が置かれているのは、鑑賞者の行為を表すのかしれない。

(略)ヴァレリーにとって作品とは、〈生産者〉と〈消費者〉を結びつけつつ、しかし両者のあいだに割り込んでそれぞれ別のシステムとして成立させる媒介=切断項なのである。消費者は、作者の代弁者としての作品の内容を受動的に受け取るのではなもはやなく、作者から切り離されたところで作品に向き合い、積極的にそれを消費する。つまりこの三項図式が意味するところは、作品が「関係する二つの活動のあいだの直接的な連絡の不在」を要求するために、「消費者が生産者になる」ということである。ヴァレリーは伝達の構図を書き換えながら、読者をその受動的な位置から解放する。作者が生産するのはあくまで作品であって価値ではない。いまや作品の価値の作り手は読者である。描写が前提としまた強化する伝達の構図が読者に「信仰、信じやすさ、自己の破棄」を要求していたのに対し、この三項図式が読者に要求するのは、「積極的な協力」であり、受動的な承認よりは「抵抗」なのである。
 こうして読者は作者とではなく作品と向き合い、その価値を積極的に創り出す消費者となる。この考えを突き詰めていけば、作品の価値は消費の文脈次第ということになろう。消費者が属する時代や社会状況が違えば、作品の価値もまた変わる可能性はおおいにありうる。ヴァレリーもその可能性を認めている。それは「創造的な誤解」であって、作品とは消費者にとって「ある活動の起源」である。個々の読者が行う消費=生産活動こそが重要である。「文学的操作が対象を生み出すのであって対象によって文学的操作が生み出されるのではない」。(伊藤亜紗ヴァレリー 芸術と身体の哲学』講談社〔学術文庫〕/2021年/p.64-65)

 

展覧会 永田康祐個展『イート』

展覧会『約束の凝集 vol.2 永田康祐「イート」』を鑑賞しての備忘録
gallery αMにて、2020年11月27日~2021年3月5日。

長谷川新のキュレーションによる展覧会シリーズ「αMプロジェクト2020-2021:約束の凝集」の一環として行われる、永田康祐の個展。摂食における身体・文化・技術の相互変容をめぐる約35分間の映像作品《Purée》を中心に、写真作品《Découpage》、映像作品《Digest(Translation Zone)》(約13分間)、彫刻《PC: The Last Night of the Stone Age(Prototype v1)》から構成される。

映像作品《Digest(Translation Zone)》は、永田康祐の映像作品《TRANSLATION ZONE》(ANOMALYで2020年に開催された展覧会『Echoes of Monologues』に出展)の要点(digest)を長谷川新が解説した映像作品。クロード・レヴィ=ストロースの「料理の三角形」の狙いは料理(文化)の計量的把握にある。結果が等しければ過程は問わないという方程式型の発想には、グローバル言語への欲望との共通項を括り出せる。もっとも、"炒饭"や"nasi goreng"が英語で"fried rice"と表せるからと言って、"炒饭"と"nasi goreng"とを等号で結ぶことはできない。"Translation Zone"は、エミリー・アプター(Emily Apter)の著書のタイトル(邦題は『翻訳地帯:新しい人文学の批評パラダイムにむけて』)に基づいており、そこでは翻訳は常に翻訳の過程にあるとのヴァルター・ベンヤミン(Walter Benjamin)の主張が紹介されているという。手に入る食材で間に合わせの料理を作るように、あるいは中国語などの語彙を流用したSinglishのように、舌(tongue)で味わう料理も舌を用いて話す言語(tongue)もブリコラージュによって文化間の差異が日夜乗り越えられている。長谷川は、千種創一『砂丘律』、松浦理英子ナチュラル・ウーマン』、ケン・リュウ『草を結びて環を銜えん』、本谷有希子異類婚姻譚』から、食べることをテーマとした部分を朗読(舌!)することで、二重の舌(tongue)による味わいを添えている。

映像作品《Purée》は、摂食における身体・文化・技術の相互変容を、ピュレ(purée)を手がかりに解き明かす。18世紀以前のフランスでは、食べ物を手で摑んで歯で食い千切って食べていた。神から賜った手を使うことが是とされていたという。だが食べるという生理的営みには肉体的で野卑なイメージを拭いがたい。摂食をいかに精神的で高貴な行為へと転化するかが貴族にとっての課題であった。18世紀以降、食卓にテーブルナイフとフォークを導入することによって、食べ物に手で触れたり噛み千切ったりする必要がなくなった。その結果、切端咬合から被蓋咬合へと短期間に身体が変化した。食べるための道具が食べる主体の変容をもたらしたのだ。また、調理場における召使いなどの多大な労力によって粉砕され濾されることで、食材はピュレやムースという形で食卓に上ることになった。噛む動作がアウトソーシングされ、食べることは味わうことへと純化された。中国の宋代に箸が登場して、箸で口に入れることができるように調理場で食材が微細に加工された(青椒肉丝を想起せよ)ため、ヨーロッパよりも早くに切端咬合から被蓋咬合への変化が生じていた。技術が料理(文化)を、さらには身体(主体)を変容させるのだ。2011年9月にニューヨークで起きた抗議行動「ウォール街を占拠せよ」において、当局からバッテリー式メガフォンの使用が禁止され、集った人々が発言者の声を繰り返すことで増幅させる「ヒューマン・マイクロフォン」がブリコラージュされたが、結果として、「ヒューマン・マイクロフォン」が持たざる者たちの抵抗を象徴することとなった。「ヒューマン・マイクロフォン」参加者はバッテリー式メガフォンと異なり、発言を必ずしもそのまま増幅するわけではない(そもそもよく組織化されていなければ増幅の機能を果たし得ない)。技術を用いる主体は、技術に影響を受けざるを得ないのだ。1973年にフードプロセッサが家庭向けに発売されることで、ピュレの調理過程は(かつての地下などの不可視の調理場ではなく)システムキッチンの明るい空間に現れ、臼歯のアウトソーシングは大衆化した。摂取されやすくなった食材の栄養素により、人々をその内側から変えている。
靴がなければ屋外を歩くことが難しい。道具の使用は、身体=主体を変容させる。考えることにおいても、紙と筆記具、算盤、PC、スマートフォンと、脳の働きは次々と現れる技術にアウトソーシングされてきた。ピュレなどの調理場面に、時折調理や食卓の歴史的な図像を重ねながら、食べることにおいて、文化・技術・身体が相互に影響を与え合って人間(主体)を変容させていく様を明らかにしている。