可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『生きててごめんなさい』

映画『生きててごめんなさい』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
107分。
監督は、山口健人。
脚本は、山口健人と山科亜於良。
企画・プロデュースは、藤井道人
撮影は、石塚将巳。
照明は、水瀬貴寛。
録音は、岡本立洋。
美術監督は、相馬直樹
美術は、中島明日香。
小道具は、福田弥生。

大衆的な居酒屋。大勢の客で卓は埋まっている。本当にいいのか、あんな奴と。場にそぐわない紺のスーツにシルバーの蝶ネクタイの男(飯島寛騎)が連れのチャイナドレス風のワンピースの女性(八木アリサ)を熱心に口説いている。何か頼もうよという彼女の言葉をきっかけに、店員の清川莉奈(穂志もえか)が注文を取ろうとするが、話の腰を折られたくない男に鬱陶しがられる。それでも男が卓上のメニューを指差したので、莉奈は店主のもとへ。注文は? たぶん柚子サワー。店主は訝しむ。傍のカウンターに1人で来ていた男(黒羽麻璃央)がハイボールを注文する。莉奈は柚子サワーを運ぶ。蝶ネクタイの男は日本一のテック・カンパニーを一緒に創って欲しいと熱弁を振っていた。…柚子サワーです。そんなの頼んでねえよ。これ、レモンサワー。話を中断された上に注文していない飲み物を持って来られ、男は憤慨する。莉奈がカウンターに戻ろうとして店主とぶつかり、柚子サワーを連れの女性の服に溢してしまう。動顚する莉奈。おい、さっさと拭けよ! カウンターに戻った莉奈はしばし動けない。大丈夫ですか? ハイボールを注文したカウンターの客が見かねて声をかける。莉奈は皿の上にあった1本の蟹の脚を手にすると、蝶ネクタイの男に向かって思い切り投げつけた。莉奈は逃げようとしてハイボールを注文したカウンターの客にぶつかる。
馘ですかね。莉奈が自分を背負っている男に尋ねる。きっとうまくいきますって。男は莉奈を背負って踏切に向かって上りになっている坂を歩いている。お名前は? 清川莉奈です。お名前は、なんて言うんですね。園田修一です。園田さん、歩けそうです。降ろして下さい。大丈夫です、体力には自信があるんです。適当なこと、言わないで下さい、地面に着きそうじゃないですか。
今、装幀やってもらってるところです。今日中ですか? 出勤前の修一が自宅で電話を受ける。修一が電話を終えると、莉奈から腕を引っ張って起こして欲しいと頼まれる。修一が抱き起こしてやると、莉奈は修一に後ろから抱きつく。今日どっか行こうよ。仕事だから。休んじゃないなよ。苦笑する修一。じゃあ、好きって言ってよ。修一が莉奈に向かって好きと口にする。今日帰りに多和田彰の講演会行ってくるから。帰りにたこ焼きね。たこ焼き好きだな。送っていい? 修一とともに莉奈が部屋を出る。階段で鍵を落とす莉奈。何でこんなとこに入れてたんだろ。莉奈が鍵を拾う。2人の暮らす東京近郊の住宅地斜面に造成されていて、坂や階段が多い。駅へ向かう道すがら、莉奈は脇にある長い階段の先を見上げて立ち止る。最寄り駅の改札。たこ焼きね。莉奈が修一を見送る。
修一がオーシャン出版の編集部へ。隣のデスクで眠っていた後輩(冨手麻妙)が修一が荷物を置いた音で目を覚ます。人気のある整理術の本のオフィス版を担当していて多忙らしい。彼女が修一の机にある文芸誌『潮騒』に目を留める。さすが園田さん、趣味が高尚ですね。意識が低いと自虐的に述べる彼女は、修一に刺さる言葉があると「イキゴメ」というハンドルのツイッターを見せる。小説家として羽ばたいて下さい。書いてるんですよね、小説。適当に相槌を打つ修一。忙しさに感けて執筆は進んでいない。
非常階段に煙草を吸いに出た修一は、『潮騒』誌の新人賞公募の頁に目を通す。

展覧会『月に吠えよ、萩原朔太郎展』

展覧会『月に吠えよ、萩原朔太郎展』を鑑賞しての備忘録
世田谷文学館にて、2022年10月1日~2023年2月5日。

詩人・萩原朔太郎(1886-1942)の没後80年を記念した「萩原朔太郎大全2022」の一環として行われる回顧展。序章として「猫町」を置き、誕生から自筆歌集を制作した27歳まで(19886-1913)を取り上げる「1章:ソライロノハナ」、室生犀星北原白秋との交流しながら詩作し、詩集『月に吠える』を刊行した翌年に一旦詩作を中断する1918年までを紹介する「2章:月に吠える」、上田稲子と結婚していた時期(1919-1929)に焦点を当てる「「3章:青猫」、父の死後、世田谷を拠点とした晩年を扱う「4章:氷島」の5つの章に、デザイン、音楽、写真に焦点を当てたコラムを挿入し、折本を展開したように構成される。

プロローグ「序章」では、金井田英津子の《猫町》のイラストレーションとともに朔太郎が1935年に発表した短編小説「猫町」(抄)が紹介される。朔太郎は1931年に下北沢に移り住み、2年後に代田に自邸を新築して晩年を過しており、作品の舞台は下北沢を思わせるという。

 私は夢を見ているような気がした。それが現実の町ではなくって、幻燈の幕に映った、影絵の町のように思われた。だがその瞬間に、私の記憶と常識が回復した。気が付いて見れば、それは私のよく知っている、近所の詰らない、ありふれた郊外の町なのである。(略)何もかも、すべて私が知っている通りの、いつもの退屈な町にすぎない。一瞬間の中に、すっかり印象が変ってしまった。そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつも町の南はずれにあるポストが、反対の入口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。(萩原朔太郎猫町」)

違う角度から現実が幻燈の幕に映る幻想になる。ファブリス・ドゥ・ベルツ(Fabrice Du Welz)監督が映画『依存魔(Adoration)』(2019)に掲げたエピグラフが想起される。

"Il suffit d'un peu d'imagination pour que nos gestes les plus ordinaires se chargent soudain d’une signification inquiétante, pour que le décor de notre vie quotidienne engendre un monde fantastique. Il dépend de chacun de nous de réveiller les monstres et les fées." Boileau-Narcejac
「少しばかりの想像力で、ありふれた仕草が突然不穏な意味を帯び、日常を取り巻く世界が幻想的になる。1人1人の心がけ次第で目覚めるものなのだ、モンスターたちも妖精たちも。」ボワロー=ナルスジャック

ところで、晩年の朔太郎と最も親しかった詩人の丸山薫(1899-1974)に宛てた書簡(本展4章に展示)では、谷崎潤一郎ドストエフスキーボードレールも「最も弱く劣敗者の性格を逆に最も強い積極的の性格に変えた」と、創作に当たり欠点を逆手に取るよう勧めている。『氷島』所収の詩「乃木坂倶樂部」に「我れは何物をも喪失せず/また一切を失ひ盡せり。」とオクシモロンを用いた部分は、「虚無の歌」のエピグラフとして用いられているほど作家自ら気に入っていたようだが、矛盾する語句を並べるのは、作家にとって創作の秘訣なのだろう。朔太郎が愛好したステレオスコープの2枚のイメージ(本展「朔太郎と『写真』」に展示)や、自ら設計に関与した代田の自邸に「鏡の間」があったこと(本展4章に展示された「世田谷代田住居平面図」)も象徴的である。

 (略)私は反対の方へ降りたつもりで、逆にまたU町へ戻って来たのだ。しかもいつも下車する停車場とは、全くちがった方角から、町の中心へ迷い込んだ。そこで私はすべての印象を反対に、磁石のあべこべの地位で眺め、上下四方前後左右の逆転した、第四次元の別の宇宙(景色の裏側)を見たのであった。つまり通俗の常識で解説すれば、私はいわゆる「狐に化かされた」のであった。(萩原朔太郎猫町」)

その点、清家雪子が漫画『月に吠えらんねえ』(本展4章に展示)を著したのは、『月に吠える』朔太郎の教えに忠実であったと言える。

月夜をイメージさせる、青と黄で統一された会場のデザインが素晴らしい(会場構成:DO.DO.、グラフィックデザイン大西隆介、イラストレーション:塩川いづみ)。とりわけ作品をイメージさせる青い糸と絵で構成された抽象的なイメージ――竹林や猫の爪痕を著す青い縦線、満月を表わす青い円と青糸、氷を表わす多角形の青糸、舟越保武萩原朔太郎像》の背後の青い格子など――が、まさに「挿絵」として、作品を邪魔することなく、テキスト中心の展示に彩りを添えたのが良かった。

映画『依存魔』

映画『依存魔』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のベルギー・フランス合作映画。
98分。
監督は、ファブリス・ドゥ・ベルツ(Fabrice Du Welz)。
脚本は、ファブリス・ドゥ・ベルツ(Fabrice Du Welz)、ロマン・プロタ(Romain Protat)、バンサン・タビエ(Vincent Tavier)。
撮影は、マニュ・ダコッセ。
美術は、エマニュエル・ドムルメーステル(Emmanuel de Meulemeester)。
衣装は、クリストフ・ピドレ(Christophe Pidre)とフロランス・ショルテ(Florence Scholtes)。
編集は、アン=ロール・ゲガン(Anne-Laure Guégan)。
音楽は、バンサン・カエイ(Vincent Cahay)。
原題は、"Adoration"。

 

「少しばかりの想像力で、ありふれた仕草が突然不穏な意味を帯び、日常を取り巻く世界が幻想的になる。1人1人の心がけ次第で目覚めるものなのだ、モンスターたちも妖精たちも…」ボワロー=ナルスジャック
森の中、大きな木の枝にポール(Thomas Gioria)が腰掛けている。鳥の声を耳にしたポールがロープを伝って幹を下り、動けなくなっていた小鳥を手にする。小鳥には糸が巻き付いていた。どうしたの? ポケットから十徳ナイフを取り出す。可愛いなあ。小鳥の頭を撫でる。大丈夫? イタイヨ。ハズシテヨ。外してあげるよ。ハサミで糸を切っていく。僕はポール。君は? ロビー。ロビーって呼ぶよ。僕とロビー、のびのび、喜び、ってね。ママはどうしてるの? ママ? ドコニイルカシラナイ。僕のママは病院で働いてるんだ。すぐ近くだよ。
ポールは小鳥を手に自転車に跨がって病院の隣に立つ建物に帰る。自室に戻ると小鳥を箱に入れ、鳥類図鑑を開く。小鳥がズアオアトリだと分かった。窓の外から足音が聞こえる。母シモーヌ(Anaël Snoek)が帰って来た。ポールは小鳥の入った箱をベッドの下に隠すと、階下に母親を出迎えに行く。明日は病院で手伝って欲しいの。どうしてだか分かる? お互いを大事にしないといけないからでしょ。
ベッドで横になる母親のためにポールがジョルジュ・シムノンの「フルヌ市長」を読み聞かせている。「マリアはバアスの部屋の扉から漏れる光に立ち止まり、耳を澄ました。踊り場は暗く寒かった。風が吹き、雨樋が壁にぶつかり…」。ちゃんと読めてる? ポールは母親に確認すると再び読み始める。「マリアは弱々しい呻き声に気付く。リノリウムの足音はバアスに違いない。彼が寝室をスリッパで大股で歩いている。」母親は眠りに落ちた。ポールは足下に本を置くと、ベッドサイドの引き出しを開ける。そこにはバイクに跨がる男の写真があった。写真を戻し引き出しを閉めるとポールは部屋を出て行く。
森の中でポールが焚き火をしている。病院の方から少女の叫び声がする。赤い服を着た少女(Fantine Harduin)が森に向かって走って来る。彼女はポールに平手打ちを食らわせるようにしてぶつかると、ポールとともに地面に倒れ込む。ポールは目の前の少女の顔に目を奪われる。追って来た看護師のジャンヌ(Martha Canga Antonio)とルシアン(Sandor Funtek)が少女を捕まえた。少女は激しく抵抗するも、2人によって病院に連れ戻される。その様子をポールはじっと眺めていた。
ポールが病院に入ると、先ほどの少女の泣き叫ぶ声と、少女を叱り付ける男の声が聞こえた。ポールは階段を登り、上階の奥にある病室を窺う。グロリアと呼ばれる少女が放してと暴れるのを医師のロワゼル(Gwendolyn Gourvenec)が必死に宥め、看護師たちが拘束しようとしていた。鎮静剤が必要ね。病室の前に佇んでいたポールに母親が声を掛ける。来られる? 手助けが必要なの。ポールは母親とともに階段を下る。
夜。ポールは自室で赤、青、緑と色の切り替えられる懐中電灯で繁茂する植物の壁紙に影絵を作って遊んでいる。鍵を手に部屋を出ると、地下室へ向かう。そこには2羽のメンフクロウがいた。ポールはメンフクロウの頭を撫でて語りかける。新しい友達ができたんだ。向こうの木の傍でね。怪我してたのを助けたんだ。彼の名前が分かる? ロビーって言うんだ。ロビーっていい名前だよね。ポールは懐中電灯の色を切り替えながら、沢山のシーツが干してある場所へ向かい、シーツに包まれる。
ポールは病院に行き、窓の外から室内の様子を窺う。ロワゼルらとともにいた少女がポールに目を向けると、慌てて身を隠す。
ポールが森でロビーに餌をやる。もうお腹はいっぱいになった? マダタリナイヨ。ポールは幼虫を与える。もっと欲しい? モットホシイ。ちょっと待ってよ。そこへ帽子を被りサングラスをかけた少女が姿を現わし、ポールは驚いて飛び退く。何を隠したの?

 

ポール(Thomas Gioria)は森の中にある建物で、隣の精神病院に勤める母シモーヌ(Anaël Snoek)とともに暮らしている。鳥を愛するポールは、自分が設置した巣箱の傍に、糸が絡まって動けなくなったズアオアトリを見付ける。ポールは糸を切ってやり、ロビーと名付けて飼うことにした。ポールが森で焚き火をしていると、病院から飛び出して来た赤い服を着た少女(Fantine Harduin)に衝突された。彼女の美しさに目を奪われる。彼女は抵抗も虚しく看護師のジャンヌ(Martha Canga Antonio)とルシアン(Sandor Funtek)によって連れ去られた。病院で医師のロワゼル(Gwendolyn Gourvenec)の治療を受けるのだ。ポールは少女のことが気になって仕方がない。森でロビーに餌をやっていると、彼女が目の前に姿を現わした。グロリアと名乗る少女は、逃がしてやらないと鳥は死んでしまうと言う。ポールは鳥についての知識をグロリアに熱心に披瀝して自分が飼うにふさわしいことを訴える。グロリアは看護師に病院に連れ戻されるが、ポールは自転車にグロリアからの手紙を見付ける。友達になれると思うという言葉とともに、大きなハートマークが描かれていた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

人里離れた精神病院の隣で暮らすポールには友達がおらず、ずっと孤独だった。美しいグロリアから友達になろうと告げられたポールは、グロリアの虜となる。彼女に近付いてはならないという母や医師からの命令は、ポールのグロリアに対する気持ちを却って高めることになる。
ポールは傷ついていたズアオアトリにロビーと名付け世話するが、グロリアは逃がさないと死んでしまうという。ポールは自分の愛情と知識でロビーを救えると考えているが、ロビーは死んでしまった。箱にしまって飼っていたロビーは精神病院に連れてこられたグロリアの象徴であり、ポールはグロリアを殺さないためには病院から逃がす必要に思い至る。
母親がポールにグロリアが自分より可愛いかどうか執拗に尋ね、それを否定しないと激昂する。ポールもまた囚われた存在であった。
グロリアは亡くなった両親の遺産を狙う叔父(Laurent Lucas)と医師との策略で精神病院に連れて来られたと言う。だが、(逃げる発端になった出来事を別としても)グロリアの異常さは徐々に明らかになっていく。まずはポールが森で手に入れた果物の食べ方であり、食料を手に入れるためにポールに家宅侵入を促すことである。感情の表し方も極端だ。とりわけ鶏が叔父の監視に用いられたものだという辺りからは、妄想であることがポールにも分かっただろう。
ボートは、流されていくポールの象徴だろう。
鳥は最後まで重要なメッセージを与え続ける。
森とその中に立つ古い洋館を舞台に、どこか古びた効果のある映像により、当初は古い時代の話かと思ったが、現代が舞台。
顔のクローズアップや、ブレなど、人の視線や覗き見る感覚がカメラによって生み出されている。

展覧会『初春を祝う 七福うさぎがやってくる!』

展覧会『初春を祝う 七福うさぎがやってくる!』
静嘉堂文庫美術館にて、2023年1月2日~2月4日。

卯年生まれの岩﨑小彌太の還暦祝いに孝子夫人が制作させた兎の冠を戴く総勢58体の御所人形を中心に、吉祥の絵画や工芸品を展観する企画。展示室ごとに1章を割り当て、「新春・日の出」(展示室1)(2点の絵画)、「七福うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」(展示室2)(58体の御所人形と5点の絵画・工芸品)、「うさぎと新春の美術」(展示室3)(33点の絵画・工芸品)、「七福神と初夢」(展示室4)(18件の絵画・工芸品)の4章(60件)で構成される。

「第1章:新春・日の出」では、横山大観《日之出》と滝和亭《松に鵲・梅竹に鳩図屏風》の2点を紹介。《日之出》は霧で霞む山谷を墨による朦朧体で表わし、右上のスペースに金雲と赤い円で太陽を表わす。《松に鵲・梅竹に鳩図屏風》は50~60cmの高さに設置され、右隻の松の根元は表わされていないため、松を見上げる形になる一方、左隻の梅は梅の樹冠を描いているため、右隻との関係で、見下ろすような感覚を受ける。内国博覧会に出展を重ねたという滝和亭の、展覧会場での屏風の構想が看取される。

「第2章:七福うさぎがやってきた―小彌太還暦の祝い」の展示室2の壁面には、父・岩崎彌之助(1851-1908)の創設した静嘉堂文庫を発展させた岩﨑小彌太(1879~1945)と妻孝子の還暦祝いの際の写真(孝子の着物の裾には兎が遇われている)が飾られている。孝子が卯年生まれの小彌太のため、 丸平大木人形店の5世大木平藏(1886-1941)に制作させた御所人形が本展の主役である。58体の三頭身の稚児たちはいずれも白や金の兎の小さな面――明らかに顔を覆えないのはご愛敬――を額に着けている。「餅つき」、「輿行列」、「宝船曳」、「楽隊」、「鯛車曳」の5つの場面で構成され、とりわけ波兎が船首像として取り付けられた宝船が曳かれている「宝船曳」がハイライト。宝船に乗る七宝袋に靠れる恰幅のよい布袋が印象的だ。李培雨と堂本印象の兎の絵とともに、渡辺始興の野兎図に取材したという7羽の兎を描いた、香取秀真《群兎文姥口釜》も展示されている。《群兎文姥口釜》の環付がは杵の形をしており、でっぷりとした釜の形は搗き立ての餅であるらしい。月で餅搗きをする(仙薬を作る)兎の伝承を介して、月へと誘う。

「第3章:うさぎと新春の美術」で目を引くのは、池大雅《寿老図》。縦に長い画面の上半分に大きく余白を取り、飛翔して見下ろす鶴を1羽表わし、下半分に頭の長い寿老人を紙幅一杯に描いている。寿老人の背後には飛翔する鶴を見上げる鶴と、霊芝を盛った皿を手にする童子が描かれる。初代大樋長左衛門《飴釉重餅共蓋水指》は、手捏ねと篦削りにより表わした重ね餅の形の水指。独自の飴釉により赤茶、緑などを呈する器体は、鏡餅が蜷局を捲く蛇(「かが」)に由来することを想起させる。樂慶入《赤樂宝尽寄向付》は丁子、分銅、打出の小槌、七宝、宝珠の形とした皿に、白泥で砂金袋、笠、ねずみと巻物、蓑、鍵を描いている。とりわけスライムのような宝珠の器形と雷文のような鍵のワンポイントが愛らしい。《蓬萊蒔絵香合》は正方形の蓋に松と竹の生える島と鶴と亀を表わす。ユートピアは島であるという想像力の系譜。対して、貫名海屋の《蓬萊山図》は岩に生える松とその間の水の流れ、背景に切り立つ山を描く。島の姿は見えないが、この絵画自体が切り離された世界なのだろう。《金海洲浜形茶碗》の州浜もまた、島は海(浜)に囲まれていることから、一種の島の表現と言える。古九谷様式の有田焼《色絵円窓文樽形徳利》は、赤い線でハートの形(「猪目つなぎ」)が器を埋め尽くしている。現在では正月というより、ヴァレンタインを思わせる。

「第4章:七福神と初夢」は、浮世絵や印籠・根付を中心とした展観。目を引くのは酒井抱一が手鑑として描いた富士山――青い画面の左下に金雲の靡く白い富士、右上に大きく赤い円――の簡潔さは、その抽象性によって古びることなく、箱根駅伝のポスターなどに遇われそうである。ぬいぐるみのミュージアム・グッズで話題となった《曜変天目》も展示されている。

映画『ピンク・クラウド』

映画『ピンク・クラウド』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のブラジル映画
103分。
監督・脚本は、イウリ・ジェルバーゼ(Iuli Gerbase)。
撮影は、ブルーノ・ポリドーロ(Bruno Polidoro)。
美術は、ベルナルド・ゾルテア(Bernardo Zortea)。
編集は、ビセンチ・モレノ(Vicente Moreno)。
音楽は、カイオ・アモン(Caio Amon)。
原題は、"A Nuvem Rosa"。

 

明け方の街。未だシルエットのビル群の上に仄暗い空が広がる。低い位置にピンク色の雲が1つ、また1つと現れ始める。建物の姿がはっきりと見えるようになる。不自然なピンクの色のガスの塊が空に漂い、広がっている。
早朝、水辺を犬を連れて散歩している女性(Maria Galant)。対岸からピンク色の蒸気のようなものが近付いてくる。犬が盛んに吠え立てる。飼い主が倒れる。犬が吠え続ける。
夜。アパルトマンの屋上のバルコニー。ジョヴァナ(Renata de Lélis)がマリファナを一服する。ジョヴァナから受け取ったヤゴ(Eduardo Mendonça)が一口吸い、宙に向かって煙を燻らせる。2人はお互いを求め合い、屋外で交わる。
朝。ハンモックで眠っていた2人。スマートフォンが震動し、目を覚ましたヤゴが手に取る。ヤゴはジョヴァナを起こして、スマートフォンの画面を見せる。噓でしょ? 2人はまた眠るが、サイレンが響き渡り、すぐ目を覚ます。全ての窓を閉めて下さい。全ての窓とドアを閉めて下さい。自宅から離れている人は最寄りの建物に避難して下さい。2人はハンモックから出てフェンスまで行って眼下の街を確認すると、急いで部屋に入る。。
テレビを点けると、有毒ガスの速報が流れていた。一部では「桃色雲」と呼ばれる有毒ガスの物質は特定できておらず、接触すると10秒で死に至ること、多くの国々で同様の現象が起きていると記者(Laura Hickmann)が伝えた。チャンネルを切り替えると、サンプルが集まっていないのでガスの内容を特定できないとの化学者(Greice Gulart)のコメントが紹介され、アメリカ合衆国ニュージャージー州の大学構内でガスに捲かれて斃れた人々の監視カメラ映像が紹介された。2人は窓を閉めて廻る。
ジョヴァナが妹のジュリア(Helena Becker)に電話する。どこなの? 彼女の両親は一緒? 何人でいるの? 友達のお父さんとは話せる? また電話する。ヤゴも父ルイ(Girley Paes)の介護をしている看護師のディエゴ(Henrique Gonçalves)に電話する。全て閉じてくれないか。トイレの窓が開いていたと思うんだ。僕に変わって全部チェックしてくれないか。親爺をよろしく頼む。
2人は窓越しに外を見詰める。ジョヴァナのアパルトマンのある一帯にもピンク色のガスが充満し始めた。何だと思う? 分からないわ。隙間から入ってこないかしら。ジョヴァナの電話が鳴る。母親(Marley Danckwardt)からだった。落ち着いてよ、私は大丈夫だから。家にいるわ。男の人と一緒。昨日会った人。
ジョヴァナが妹のジュリアとヴィデオ通話する。大丈夫? ダンスのゲームで遊んでるとこ。食べ物は足りてるの? ポップコーンとチョコレートケーキが沢山ある。友達のお父さんと話をさせてくれる? デボラ(Juh Vargas)には会ったことあるよ。デボラのお父さんと話させてくれない? 神経質になってるブルーナのママと電話中。あなたはどうなの? ただの霧でしょ、デボラのパパ(Rafael Tombini)がニュースで見て、すぐに終わるって言ってた。じゃあ、話せるときに知らせてね。ジュリアは姉との話もそこそこに友達とダンスのゲームに加わる。
続けて、サラ(Kaya Rodrigues)からヴィデオ通話の着信がある。一体何なの? もっと早くに電話できなくてごめんね。元気? 私、1人なの。グスタヴォが買い出しに行ったパン屋で足止め喰らっちゃって。何人でいるって? 5人みたい。早く終わって欲しい。ジョヴァナが窓に目を遣ると、外にはピンク色の雲が浮かんでいる。

 

Webデザイナーのジョヴァナ(Renata de Lélis)はカイロプラクターのヤゴ(Eduardo Mendonça)と知り合い、自宅に招いて一晩を過す。翌朝、目覚めると、サイレンが鳴り、屋内に退避して窓やドアを閉めるよう警報が流れる。ニュースでは世界各地で10秒で死に至るピンク色のガスについて速報が流れていた。2人は窓を閉め切り、家族や友人と連絡を取る。ジョヴァナの妹ジュリア(Helena Becker)は友人デボラ(Juh Vargas)宅でパジャマ・パーティーで暢気に過していた。ヤゴは看護師のディエゴ(Henrique Gonçalves)に不在の自分に代わって高齢の父ルイ(Girley Paes)の面倒を見るよう頼む。人々の期待も虚しく、ピンク色の雲は消え去らない。屋内に閉じ込められた人々に飢えに苦しむようになる。ヴィデオ通話に出たジュリアはデボラの父親(Rafael Tombini)の強権的支配下に置かれ、涙を見せた。政府が緊急に宅配配管網を構築し、飢えは回避されたものの、屋内に閉じ込められる暮らしがいつ終わるのか目処は立たない。ジョヴァナは生活をともにしているヤゴの気分が塞いでいるのを慰めようと努める。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

2017年に書かれ、2019年に撮影された作品であり、covid-19のパンデミックは偶然の一致であることが冒頭で断られるが、人々の行動が制限されて外出できない状況は、映画と現実との重なりが認められる。
配給のピンク色の飲み物の不味さを訴え、閉じ込められた生活に塞ぎ込んでいたヤゴが、後に飲み物に慣れたと言う。ピンクの飲み物は桃色雲のメタファーであり、ヤゴがピンクの雲の生活に適応していることを象徴する。ヤゴは、島のいいところはそれ以上先へと進む必要がないことだと訴えるオーディオ・ブック(小説か? 作品名が気になる)を聞く。島は閉鎖環境であり、やはりヤゴが桃色雲時代を生き延びる可能性を暗示する。他方、当初ヤゴを慰めていたジョヴァナが閉鎖的な環境に耐えられなくなっていき、ヘッドマウントディスプレイなどを使って現実から逃避していくことになる。
ジョヴァナはホームレスの身の上を案ずる。デボラの父は自宅に招いていた娘の友人たちを孕ませる。ジュリアがそれに対して、遅かれ早かれ妊娠すると素っ気ないのは、デボラの父の強権的支配下に置かれていたためであろう。不測の事態で犠牲になるのは弱者であることがセリフで示される。
インフルエンサー(Isadora Pillar)がピンクの雲によるメリットとして、強盗や誘拐、交通事故が無くなったことを挙げる。メキシコが舞台の映画『母の聖戦(La Civil)』(2021)などを思うと、考えさせられる指摘である。どんな物事にもメリットはあるのだ。
コミュニケーションのあり方がオンライン中心となるのは既にパンデミック下で現実化した。映画では、人の死後の処理の仕方にも想像を膨らませる(薬品で溶かしてトイレに流す)。葬送や遺体に対する観念が変容することは十分に考えられる。
かつて生物は嫌気呼吸であり、酸素は毒であった。光合成により酸素が大量に放出される中、酸素を呼吸できる生物が繁栄した。桃色雲の環境を生き延びる生物もまた繁栄するのだろう。
萬鐵五郎の《雲のある自画像》には、作家の頭上に桃色の雲(A Nuvem Rosa)が浮かぶ。あの雲は一体何なのか。