可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『河童の女』

映画『河童の女』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。107分。
監督・脚本は、辻野正樹。
撮影・編集は、小美野昌史。

 

名所旧蹟こそないものの美しい自然の広がるひなびた町。その町を流れるK川のS橋の袂にある民宿「川波」。柴田浩二(青野竜平)が調理場で一人甲斐甲斐しく働いていると、ベテラン従業員の屋島景子(瑚海みどり)が遅刻してやって来て、浩二の父で民宿経営者の康夫(近藤芳正)と80年代のアイドルを話題に盛り上がっている。その後、新たな客を迎え入れていると、投宿中の黄(山本圭祐)が浩二のもとに来て片言の日本語で延泊を申し出る。その晩、仕事が一段落した後に、見知らぬ女性がタクシーで民宿に乗り付ける。康夫は、浩二に民宿を任せて彼女(飛幡つばさ)と駆け落ちすると言い張る。康夫に密かな恋心を抱いてきた景子は、小宮美佐子と名乗る康夫の愛人に喧嘩を売るが相手にされず、結局、康夫と美佐子はタクシーで民宿を去ってしまう。翌朝、一人仕事に追われている浩二のもとに景子から連絡が入り、必死の説得にも拘わらず民宿を辞められてしまう。東京に出ている兄新一(斎藤陸)にも手伝うよう一応連絡を入れるが、事態を打開できないと悟った浩二は、宿泊予約を停止して、食事や宴会のみで営業することを決意する。もっとも、浩二の話を聞き入れない黄は、サーヴィスは不要だから宿泊させろと居座る。部屋の片付けをしていると、前を流れる川で女性が溺れているのが眼に入る。浩二は慌てて川に向かうが、川に入ったところで小学生の時の出来事が脳裏に甦る。仲の良かった同級生の女の子が溺死してしまったという、浩二のトラウマだった。気が付くと、浩二は助けようとした女性(郷田明希)に救われて川岸にいた。彼女は溺れていたのではなく、落としものを拾おうとしていたのだという。浩二には告げなかったが、落としたのは封筒に入れた札束だった。民宿に招き浴衣に着替えさせた彼女は梅原美穂と名乗り、家出してこの地に流れ着いたのだと言う。浩二が電話で宿泊を断っているのを耳にした美穂は、行き場がないので住み込みで手伝わせて欲しいと浩二に訴える。人手がない浩二は喜んで申し出を受け入れるのだった。

 

民宿の柴田浩二(青野竜平)が地元にあるちょっとした見所を大切にする姿勢が、町おこしのために「街コン」やキャラクターづくりを考えている商工会の人たちとの対比で浮かび上がる。見慣れているものや身近なものの良さは見失いがちだが、浩二がそれを見失わなっていないことに感応する梅原美穂(郷田明希)もよい。そこに主人公とヒロインとの相性の良さの一端が現れている。
浩二には高校卒業後に東京で料理人修行する夢があったがトラウマが足枷となり東京に出ることができない。それでも民宿の調理場で淡々と料理を作っている。浩二は決して夢を諦めているわけではなく、日々の中でできることを着実に積み重ねているようだ。評価されずとも自分ができることを続けていくことの価値に、光が当てられている。
青野竜平と郷田明希が、それぞれ主人公とヒロインを爽やかに魅力的に演じていた。商工会メンバー(中野マサアキ、家田三成、和田瑠子、福吉寿雄)や連泊外国人(山本圭祐)をはじめ他の出演陣も面倒くさい感じを好演。
物語の舞台となる民宿「川波」をよくぞ見つけたと。この映画の肝になっている。