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芸術鑑賞の備忘録

映画『リンダはチキンがたべたい!』

映画『リンダはチキンがたべたい!』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のフランス映画。
76分。
監督・原案・脚本は、キアラ・マルタ(Chiara Malta)とセバスチャン・ローデンバック(Sébastien Laudenbach)。
キャラクターデザインは、セバスチャン・ローデンバック(Sébastien Laudenbach)。
編集は、カトリーヌ・アラデニーズ(Catherine Aladenise)。
音楽は、クレモン・デュコル(Clément Ducol)。
原題は、"Linda veut du poulet!"。

 

記憶の底は真っ暗闇です。夕方、ローマ上空を覆うムクドリの群れのように。1人で眠る暗いベッドのように。大好きな熱い珈琲のように。真っ暗闇では記憶を見失ってしまいます。ですが真っ暗な奥底に記憶が隠れています。それは忘れられた世界、真の帝国です。誰かがやって来て呼び戻すのを記憶は静かに辛抱強く待っています。
幼いリンダ(Mélinée Leclerc)に母親のポレット(Clotilde Hesme)が手の指について教える。1本目は親指。おしゃぶりする指。2本目は人差指。ドアのベルを鳴らす指。3本目は中指。大きくて恐ろしい。4本目は薬指。指輪を嵌める指。これはママの指輪、口に入れないでね。父親ジュリオ(Pietro Sermonti)がご飯が出来たとポレットとリンダを呼ぶ。ジュリオが作ったのは鶏肉とパプリカのローマ風煮込み。ジュリオがリンダの口元に鶏肉を運んでやり、ポレットが吹いて冷ましてやる。シャンパンを開けよう。ジュリオの様子がおかしい。どうしたのジュリオ? 放っておかれたリンダは指輪を手にしていたが、そのうち泣き始める。…という、父親についてのリンダの記憶。
リンダが鏡台にある宝石箱に手を伸ばす。ガッツァが鳴き声を上げる。静かに! リンダは指輪を見付け、指に嵌める。そこにポレットがやって来る。私のものに勝手に触らないでくれる? この指輪は子供用だよ。私のよ。知ってるでしょ。食事にしましょう。グラタンにする、それともラザニア? どうして私の指に合うの? それはあなたが大きくなったからよ。あなたの指は太いからね。ポレットが電子レンジで温めたグラタンとラザニアをテーブルに取り出す。どっちにする? 同じでしょ。ポレットがリンダから指輪を取り上げる。少しだけ貸して。駄目。リンダは貸して貸してと繰り返し強請る。止むなくポレットは今夜だけよと指輪を貸し与える。リンダの暮らす古い団地が夕闇に包まれる。中庭に残っていたフィデル(Milan Cerisier)とキャストル(Nahil Mostefa)が食事だと母親に呼ばれる。
翌朝。ポレットはラジオのニュースを流しながら支度を調えている。労働組合は明日のゼネストを実施する構えを崩していません。デモもパリを始め全土で予定されています。国鉄は午前0時に24時間のストライキに突入する予定で、パリ交通公団は路線により25~40%の減便となります。支度できたよ! 何で手をポケットに入れてるの? 寒いから。手を出して見せて。口紅塗った? 手を出して。右手を出す。もう片方は? 左手には指輪が嵌めてあった。やっぱり。もう少しだけ貸して。駄目、置いて行きなさい。遅刻しちゃうわ。リンダが母親の部屋に行って戻って来る。
小学校。教室では先生がフランス革命について説明しているがリンダは上の空。解決策を話し合うための集会を国王が禁じましたが、民衆はとても受け容れることはできませんでした。国王を裁判にかけて、死刑を宣告し、切り落とした首を掲げて行進したのです。終業のベルが鳴り響く。明日はストよ。やったー! 生徒たちは休みだと大喜び。ぼんやりしていたリンダが慌ててアネット(Scarlett Cholleton)を追いかける。そのベレー帽、いいね。気に入った? ママが買ってくれたの。黄色好き。とっても可愛いね。私のママは何も買ってくれない。2人も皆と一緒に下校する。

 

小学生のリンダ(Mélinée Leclerc)は母親ポレット(Clotilde Hesme)と2人暮らし。リンダが幼い頃に急死した父親ジュリオ(Pietro Sermonti)の記憶は、鶏肉とパプリカのローマ風煮込みを作って食べさせてくれたこと。リンダはジュリオがポレットに贈った指輪を気になって仕方なく勝手に取り出して嵌めていたが、母親から外して宝石箱に仕舞うように言われる。その指輪が無くなっているのに気づいたポレットは、学校から帰宅したリンダがベレー帽を被っているのを見て、指輪と交換に手に入れたものと疑う。アネット(Scarlett Cholleton)から借りているベレー帽を取り上げられてしまったリンダは取り戻すためにやむを得ず指輪と交換したことにする。怒りに駆られたポレットはベレー帽を没収し、姉のアストリッド(Laetitia Dosch)の家に無理矢理リンダを預けた。ところが帰宅して水漏れを始末をしていたポレットは飼い猫のガッツァが指輪を呑み込んでいたことを知る。慌てて姉の家にリンダを迎えに戻ったポレットは、娘に謝り、償うために何でも望みを聞くことにした。リンダは鶏肉とパプリカのローマ風煮込みを作って食べさせて欲しいと強請る。料理の苦手なポレットは帰宅すると埃を被った料理書を引っ張り出す。翌朝、ポレットはリンダとともに鶏肉を買いに行くが、どの店もゼネストのために営業していなかった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

アニメーション作品。人物はそれぞれ1色で塗られ(リンダは黄色、ポーレットはオレンジなど)、黒いパステルの限られた線で表情や衣装、各人の個性が見事に描き出される。遠景では人物はカラーの円として表わされる。樹木など一部の背景の表現も人物同様で、写実的な手法をとらない。見ているうちすぐに慣れてしまう。夜、走行する自動車の車内の表現などには写実以上のリアリティがある。
リンダは古い団地に住んでいる。中庭のような公園のある空間を取り囲むように数棟の集合住宅が建つ。子供たちは中庭だけでなく建物も遊び場に変えてしまう。一角にはスーパーマーケットがあり、子供たちのお遣いはそこで事足りる。団地の子供たちにとって、世界はほとんど団地と学校で、そこで起きた出来事は皆が共有してしまう(例えば、リンダがポーレットに平手打ちされたことを子供たちが察知するし、ポーレットもそれを重々承知している)。
ポーレットの結婚指輪はエメラルドのように緑の円で輝く。古い集合住宅で倹しい生活を送るリンダにとって、指輪の輝きは眩しいものに違いない。もっともリンダが指輪に執着するのは、その輝きが、指輪を贈った亡き父ジュリオとの結び付きを象徴するからである。リンダは父親との繋がりを求めているのだ。
ポーレットは指輪が無くなったときにリンダが盗ったと思い込んでしまう。指輪を持ち去ったのが飼い猫のガッツァの仕業だと知って、大いに反省する。ポーレットはリンダの望み――ジュリオの手料理、鶏肉とパプリカのローマ風煮込みを食べたい――叶えてやることにする。
ポーレットがリンダの望みを叶えようと奔走(暴走)する様が描かれ、リンダのキャラクターがポーレット譲りだと分かる。
小学校で先生がフランス革命で国王の首が刎ねられたことを説明するのは、フランスの象徴は鶏(coq gaulois)であり、鶏を絞めることの伏線を張るためであろう。ゼネストで店が閉っているというのもフランスらしい。
1羽の鶏が「5つのパンと2匹の魚」(ヨハネによる福音書)を彷彿とさせる場面も。
母親の名前がポーレットなのは、タイトル"Linda veut du poulet!"に引っ掛けて、リンダが母親にお強請りする("Linda veut de Paulette quelque chose.")意味を含ませているようだ。