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芸術鑑賞の備忘録

映画『マヤの秘密』

映画『マヤの秘密』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。
97分。
監督は、ユバル・アドラー(Yuval Adler)。
脚本は、ライアン・コンビントン(Ryan Covington)とユバル・アドラー(Yuval Adler)。
撮影は、コーリャ・ブラント(Kolja Brandt)。
美術は、ネイト・ジョーンズ(Nate Jones)。
衣装は、クリスティーナ・フラナリー(Christina Flannery)。
編集は、リチャード・メトラー(Richard Mettler)。
音楽は、ジョン・パエザーノ(John Paesano)。
原題は、"The Secrets We Keep"。

 

好天に恵まれ、公園では、人々が思い思いに過ごしている。芝生に腰を降ろしたマヤ(Noomi Rapace)は、傍らで幼い息子パトリック(Jackson Dean Vincent)がシャボン玉遊びをするのを眺めている。バケツのシャボン玉液に輪っかを浸して、パトリックが宙で動かすと、巨大なシャボン玉できる。パトリック、この大きいのを捕まえてごらん。そのとき、指笛が鳴る。マヤが音の方へ目をやると、男(Joel Kinnaman)がマックスと呼ぶ犬に指示を出して運動させていた。マヤは男が犬とともに立ち去るのを見ると、パトリックに敷物のあたりにいるように告げ、男の後を追う。犬を連れた男は近くに駐めてあった水色の自動車に乗り込むと、走り去る。マヤの姿を見かけたパトリックの同級生の母親がルイスは元気と声を掛けるが、マヤは上の空で生返事。月曜の保護者会には出た? 都合がつかなかった。
角地に立つ診療所。その前で白衣を着たアルバート(Ed Amatrudo)がマヤに興奮気味に診察予約のリストを示す。見てくれよ、こんなに忙しくなるとは思いもしなかったろ? いい稼ぎになるわ。いい稼ぎか、その通りだ。旦那にも言ってやれよ。
診察室ではルイス(Chris Messina)が、両脚のないエディ(Frank Monteleone)の診察を行なっていた。最近、製油所に人が増えましたね。俺もそこで働いてるって驚いてるんじゃ? いや、全く。どんな業務を? 勤怠管理だよ。勤怠管理? 分かったよ、先生。俺は気にしないから話すよ。第6海兵師団の沖縄上陸作戦で脚を失ったんだ。先生、兵役は? 医療部隊に。もっとも派遣は戦争が終わってからでね。ギリシャ復興の一環で軍病院に配属されたんです。2人が話しているとノックしてマヤが診察室に入ってくる。注文の電話を入れるけど追加は? ソラジン、ベントゥ、アスピリンかな。それなら大丈夫。包帯を切らしそうだからそれも頼むつもり。エディ、私の妻のマヤだよ。診療所の経営を手伝ってもらっているんだ。奥さん、初めまして。私たち、ギリシャの軍病院で出会ったの。ちょうど話していたところだよ。地元で手に入らない女の子を現地調達って訳か? そういうことかな。私、ルーマニア出身です。僕はね、エディを夕食に招こうと思っていたんだ。エディは製油所の新人でね。先生、俺は迷惑をかけたくないよ。迷惑なんてことはない。是非訪ねて下さい。君は歓迎するに値するよ。マヤ、水曜はどう? もちろん。

 

ルーマニア出身のマヤ(Noomi Rapace)は、ギリシャの軍病院で知り合ったアメリカ人医師ルイス(Chris Messina)と結婚。アメリカの郊外に診療所を構えた夫を手伝いながら、彼と息子パトリック(Jackson Dean Vincent)とともに、平穏な生活を送っていた。ある日、マヤが息子を連れて公園に出かけたところ、聞き覚えのある指笛の音に心が乱される。指笛を鳴らした人物(Joel Kinnaman)に目をやると、マヤの脳裏に戦時中の悲惨な体験が蘇った。男は水色の自動車で立ち去った。後日、金物店を訪れた際、マヤはあの男を再び目撃する。マヤは男の家まで後を付け、中の様子を窺う。彼には妻(Amy Seimetz)と幼い娘(Madison Paige Jones)、さらには赤子がいた。電話で話す声を盗み聴きして、彼が製油所に勤めていることを摑む。パトリックの迎えも忘れて遅く帰宅したマヤを見て、ルイスは妻が再び戦時中のトラウマに襲われていると危惧する。翌日、マヤは製油所の前で、男が姿を現わすのを待ち構えた。

以下、全篇について触れる。
マヤの夫ルイスは、戦争で両脚を失った患者のエディを夕食に誘うことにする。マヤはエディが外見から同情されることに気まずい思いをしていると見抜いていて、夫に指摘する。エディもマヤも戦争の犠牲者であるが、エディについては、その被害が一目瞭然であるのに対して、マヤのトラウマは外見からは分からない。なおかつ、マヤはルイスに、自らの戦争での被害について詳らかにはしてこなかった。何より悲惨な過去を語ることはその思いを繰り返すことであって回避したかったのであろうし、また、ルイスの性格を考慮してのことでもあろう。さらに兵士の傷害が賞賛されるのに対して、女性の受けた性的被害については否定的な評価を受けるという風潮が、マヤが夫への告白を妨げたのだろう。
マヤの一家はロマで、強制収容所に送られた。マヤのトラウマは、逃走中にドイツ兵から受けた性的被害だけではない。同行していた妹のミリア(Miluette Nalin)が殺されたにも拘わらず、自分だけが生き延びたことに負い目を感じている。妹を救わずに自分だけ逃げ出したのではないか、強いストレスによって断片化した記憶は、マヤに自責の念を生んだ。被害者であるマヤは、加害者であるドイツ兵に帰されるべき責任を自ら背負ってしまう。被害が増幅しているのだ。だからこそ、自らのとった行動が実際にはどのようなものであったのかをレイプ犯であるドイツ兵に確認したいという欲求が、復讐心と同等かそれ以上にマヤの心を占めている。
マヤはレイプされた際の自ら行動がどのようなものであったかを確認できたとき、トラウマが大いに癒やされることになる。だが、ルイスにとっては、レイプの事実が判明すれば、復讐心はなおさら燃えさかることになるだろう。