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芸術鑑賞の備忘録

映画『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』

映画『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
129分。
監督は、マリア・シュラーダー(Maria Schrader)。
原作は、ジョディ・カンター(Jodi Kantor)とミーガン・トゥーイー(Megan Twohey)によるニューヨークタイムズ誌掲載の記事及びノンフィクション『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い(She Said)』。
脚本は、レベッカ・レンキェビチ(Rebecca Lenkiewicz)。
撮影は、ナターシャ・ブライエ(Natasha Braier)。
美術は、メレディス・リッピンコット(Meredith Lippincott)。
衣装は、ブリタニー・ロア(Brittany Loar)。
編集は、ハンスヨルク・ヴァイスブリッヒ(Hansjörg Weißbrich)。
音楽は、ニコラス・ブリテル(Nicholas Britell)。
原題は、"She Said"。

 

1992年。アイルランド。森の中をローラ・マデン(Lola Petticrew)が犬と散歩している。水辺に出たローラは、18世紀のイギリス海軍を描くシーンを撮影している現場に出会す。撮影スタッフの女性(Katherine Laheen)を手伝う。
ローラが泣きながら通りを必死に走っている。
2016年。ニューヨーク。街を行き交う人々。ジョディー・カンター(Zoe Kazan)が電話しながらニューヨーク・タイムズの本社に出社する。サングラスをかけたミーガン・トゥーイー(Carey Mulligan)も珈琲を片手に出社する。
茶店。ミーガンがレイチェル・クルックス(Emma O'Connor)と向かい合っている。本当に私は訴えたいんです、でも…。恐いんでしょ。誰でもそうよ。声を挙げたら彼を止められるって本当に思っていますか? ドナルド・トランプが大統領に相応しいかどうか判断する際に有権者がこの情報に接することは極めて重要なことだと思うわ。彼が訴えたらどうなります? ニューヨークタイムズが助けてくれますか? 報道機関は法的支援を提供できないの。あなた自身で対応しなくては。
ロビーの床に座り込みじっと待っているシリア難民。ジョディーが取材に訪れている。
夫のヴァディム・ラトマン(Tom Pelphrey)とベッドで寝ていたミーガンにレイチェルから電話が入る。レイチェル? 絶対にジェシカ・リーズについて記事にしますか? ジェシカは完全に同意してくれてるわ。分かった。彼が私にしたことを公表する。素晴らしいわ、レイチェル。
ニューヨークタイムズ本社。ミーガンがデスクでレイチェルの訴えを記事にしている。
ママは仕事に行かなきゃ。ジョディーが下の娘のヴァイオレット(Emery Ellis Harper)を抱き抱えて宥める。パパと一緒にいてね。上の娘のタリア(Dalya Knapp)が気を利かせてヴァイオレットを一緒に遊ぼうと連れて行く。救い主だわとジョディーはタリアに感謝して慌てて家を出て行く。地下鉄では子連れの母親に目が行く。
また気分が悪いの? ヴァディムがミーガンに尋ねる。ええ。妊娠初期の症状だから直に収まるわ。横になった方がいいんじゃないか? 返事があったらすぐにそうするわ。トランプ側から? 返事が無かったらどうなるんだ? あるとは思うけど、無ければ記事を出せないわ。
ジョディーと夫のロン・ライバー(Adam Shapiro)がタリアとヴァイオレットと食卓を囲んでいる。
ダイニングテーブルにいたミーガンにドナルド・トランプ(James Austin Johnson)から電話が入る。こんな女どものことなど知らん。噓付きどもだ。私が何かしてるなら、なぜ警察に届けない? ジェシカ・リーズとレイチェル・クルックスはあなたを知っているとは言いませんでした。偶然出会っただけだと。ニューヨークタイムズは話を捏ち上げるんだな。記事を出すなら訴えるまでだ。「アクセス・ハリウッド」の暴露された会話についてはいかがです? 実際に行ったんですか? するわけないだろ、楽屋話だよ。ミス・ユタが何度もあなたに無理矢理キスされたと訴えていますが? その女は嘘吐きだ。あんたもムカつく奴だ。電話が切れる。ミーガンは思わず苦笑いを浮かべる他無かった。
ミーガンの記事がニューヨークタイムズに掲載されると、レイチェルの家の周りにも報道陣が詰めかけた。レイチェルに排泄物を封入した郵便物が届けられた。
ヴァディムとともに産科を訪れていたレイチェルにミーガンから連絡がある。私が公表し、あなたが記事にした、そしてこんなことになった。ええ、申し訳ないわ。覚悟はしていたけど、こんなことのためじゃない。人糞の入った封筒なんて。何か書かれてましたか? いいえ、どうすれば? すべてメモして。会話やヴォイス・メッセージを録音して。どんな脅しも記録しておいて欲しいの。看護師に名前を呼ばれたミーガンはまた電話すると言って通話を終え、夫とともに診察室へ。そこで電話が鳴る。レイチェルかと思いきや、フォックス・ニューズのビル・オライリーの番組「ザ・ファクター」の女性スタッフからだった。あたなはフェミニストですか? 馬鹿にしてんのっ! ヴァディムは妻を宥めると共に、診察を待つ女性にも笑顔を送る。
2016年の大統領選挙の投票日が目前となった。お腹が大きく膨らんだミーガンがヴァディムとともにベッドでニュースを見ていると、夫が「ザ・ファクター」でビル・オライリーが妻について話しているのに気が付く。我々はトゥーイーさんに出演を求めましたが断られました。驚きはしませんね、大変な討論になりますから。フェミニストかどうか尋ねましたが、回答を拒否されてしまいました。腹立たしい気分になったミーガンは気分転換に食事に出ることにする。夜の街を歩いていると、ミーガンの電話が鳴る。お前を犯して殺し、死体をハドソン川に捨ててやる。電話が切れる。
ドナルド・トランプが大統領選挙で勝利を収めた。
5ヶ月後。ニューヨークタイムズ本社。調査報道のスタッフたちがテレビの速報を見詰めている。フォックス・ニューズがビル・オライリーとの契約を打ち切り、再契約しないことで合意したことを伝えていた。…ニューヨークタイムズによるセクシャルハラスメントの申し立てと、フォックス社とオライリーセクシャルハラスメントを訴えた女性たちに対して示談にするため1300万ドルを支払ったとの報道をきっかけに、50社を超える広告主が撤退したことを受けての措置で…。ディーン・バケット(Andre Braugher)が担当記者のエミリー・スティーウ(Sarah Ann Masse)とマイコウ・シュミット(Mike Spara)を労う。
調査報道チームの会議。企業による権力濫用だけですか? いいえセクシャルハラスメントが行われている全ての職場についてよ。フォックスはうちの報道の後もオライリーを長々と引き留めた。ジョディーの問いにレベッカ・コーベット(Patricia Clarkson)が答える。システム全体を調査しましょう。セクシャルハラスメントが蔓延し、対処が困難なのは何故か。
レベッカとマット・パーディ(Frank Wood)が昼食をとっているテーブルにジョディーが顔を出す。ちょっといいですか? もちろん。フェミニスト団体を率いているショーナ・トーマスと話しました。彼女はハリウッドは酷いと言っていました。プロデューサーにレイプされたとツイートした女優のローズ・マゴーワンと連絡を取っています。トーマスはそのプロデューサーがハーヴェイ・ワインスタインだと言っています。マゴーワンはその件について執筆中です。彼は数年前に起訴されてなかったか? ええ。イタリア人モデルのアンブラ・バッティラーナ・グティエレスですね。彼女はワインスタインに無理矢理体をまさぐられたと言っていました。ニューヨーク市警が捜査しましたが、不起訴に終わりました。ローズ・マゴーワンと話しなさい。ワインスタインが仕事をした他の女優にも当たって。彼の下で働いていた女性たちにも手を広げるつもりです。

 

2017年。ニューヨークタイムズのエミリー・スティーウ(Sarah Ann Masse)とマイコウ・シュミット(Mike Spara)らがビル・オライリーセクシャルハラスメントと、オライリーとフォックスニューズ社による被害女性の口止めとを報じたのをきっかけに、ビル・オライリーはフォックスニューズから追放された。レベッカ・コーベット(Patricia Clarkson)はセクシャルハラスメントの調査対象を拡大し、その構造的問題を明るみに出すことを記者たちに指示する。ジョディー・カンター(Zoe Kazan)は、女優のローズ・マゴーワン(Keilly McQuail)をレイプしたのは、映画界の大立者であるミラマックスの創業者ハーヴェイ・ワインスタイン(Mike Houston)であるとの情報を摑み、ハーヴェイ・ワインスタインの被害者に接触する。だが彼女たちは口を閉ざす。ジョディーは、前年の大統領選挙前に、ドナルド・トランプ(James Austin Johnson)のセクシャルハラスメントの被害者レイチェル・クルックス(Emma O'Connor)への取材を成功させていた同僚のミーガン・トゥーイー(Carey Mulligan)に相談する。

(以下で、冒頭以外の内容についても言及する。)

#MeTooのきっかけになったニューヨークタイムズ誌のハーヴェイ・ワインスタインに関する調査報道が記事になるまでを描いた作品。
ビル・オライリーセクシャルハラスメントの追及に成功したニューヨークタイムズレベッカ・コーベットは、セクシャルハラスメントが蔓延し、対処が困難なのは何故かという、その構造を明らかにするよう指示する。ジョディーやミーガンがぶつかる大きな壁が口止めのために被害女性が守秘義務契約を負わされていることである。法が性的虐待を行う男たちを守っている。それが構造的問題の1つである。
性的被害については被害女性の証言以外にはホテルの部屋などの間接的な描写に留めている。犯行が密室で行われ、なおかつ犯行から時間が経過している場合、それを証拠立てるものは証言に限られる。直接映像で描き出すセンセーショナルなやり方を回避したことで、事件の立証の難しさ自体を浮き彫りにした。それもセクシャルハラスメントが蔓延する構造的問題の1つである。
憧れの映画界に希望を持って飛び込んだ若き女性たち。彼女らを食い物にしたハーヴェイ・ワインスタインと、彼を支え、被害女性たちを見捨てたミラマックス社の幹部たち。その結果加害者は野放しになり、被害者は増え続けた。他方、被害を受けたローラ・マデン(Jennifer Ehle)がなぜ断ることができなかったと自らを責める姿があまりにも悲痛だ。
嘘吐きは誰もが自分のように嘘吐きだと思っている(あるいは噓を吐く)。
ジョディが取材のために長期に家を空け、ヴィデオ通話で、(気が利くませた子として描かれていたとは言え)まだ幼いタリア(Dalya Knapp)からレイプという言葉が出てきたこと、まわりの子たちも言っているという話を聞いたときのジョディの衝撃が描かれる。それだけ当時、社会でレイプが話題になっていたということなのか。