可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 川内理香子個展『Myth & Body』

展覧会『川内理香子「Myth & Body」』を鑑賞しての備忘録
MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERYにて、2020年7月29日~8月10日。

油彩画16点、鉛筆と水彩によるドローイング14点、針金による作品2点から構成される川内理香子の個展。

油彩画では、絵筆を豪快に振るって、鮮やかな色合いの赤、緑、青、白といった色が画面上で混ぜ合わされるように塗り重ねられ、パステル調の淡いグラデーションを生みだしている。ペインティングナイフで積み重ねられた絵具の層を削り取るように描画されたイメージは、描線の両側に盛り上げられた絵具と、下地から露出した濃い色味とで、力強く立ち現れる。
展示作品中、最大の画面を誇る《Forest of the night》では、多数の海星のような星が瞬く中、樹冠にそれぞれ心臓と脳とが描かれた椰子の木が左右に配され、中央には四肢を開いた豹のような獣が下向きに描かれる。神話(Myth)がテーマに掲げられているが、この作品が具体的にどのような神話に基づいているのか(あるいは基づいていないのか)定かでは無い。闇(=夜)の持つ力を無数の目のような皮を持つ獣の姿で可視化するとともに、星に象徴される光、すなわち知恵によって闇の力に対する畏怖を克服したことを、獣を捕らえられた姿に描くことによって表すのだろうか。"EATING=THINKING"という文字が画面中央最下部、獣の頭部の近くに書き込まれている。獣の皮の模様は森に潜む無数の目ではなく口の表象なのかもしれない。噛み跡と評すべきだろうか。食べることは、他者を破壊するとともに取り込む行為である。他者の取り込みは他者との同一化であるから、食べることは他者の思考を自らの規範として受容することである。これもまた恐怖の克服を表すものであろう。
《stars》はピンクを基調とした画面に海星のような星が描かれている。それとともに、心臓、肺、大動脈、腎臓が描かれている。星によって表されるマクロコスモスと、臓器によって象徴されるミクロコスモスとの照応だろう。前述の《Forest of the night》、虹蛇を描いたような《snake》、壺中の天を表すような《vase》、後述の《pond》など、作者の作品の多くには臓器が描き込まれており、それらの作品においてもミクロコスモス(そしてマクロコスモスとの照応)が表されているのかもしれない。
《pond》は池(=池)をイメージさせる青を基調とした地塗りを、四隅に余白を残しながら施している。余白には海星の形の星を描き、地塗りの外周部分にはpondという文字を繰り返し書き込んでいる。pondは「産卵する」を表す"pondre"の3人称単数現在形でもあり、水の中における生命の循環を表すのかもしれない。中央上から魚、肝臓、頭蓋骨が描かれる。肝臓の傍にLIVERとRIVERとの書き込みがあり、魚(=poisson)のそばにはpoison(毒)との書き込みがあることからすると、生命の循環はpondのような閉鎖環境において行われており、もしその中に毒が流れ込んでしまえば死は必定であるという警句的表現であろうか。

ドローイング作品の中では、アンリ・マティスのように、身体のプロポーションを自在に操ることで画面における絶妙なバランスを生みだしている、《like a ball》や《RIVER and FISH》といった作品がとりわけ印象に残る。前者では人物の人頭がボールのように転がり出て行き、後者では川に見立てられた人物が伸ばした両腕の間を転がる複数の人頭が魚に見立てられている。

《laying》は、画面に打ったピンに針金を引っかけていくことで、横たわる(lying)人物を針金で表したもの。身体内部に広がるミクロコスモスを横たえている(laying)。