可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『君が世界のはじまり』

映画『君が世界のはじまり』を鑑賞しての備忘録
2020年製作の日本映画。115分。
監督は、ふくだももこ。
原作は、ふくだももこの小説「えん」及び「ブルーハーツを聴いた夜、君とキスしてさようなら」。
脚本は、向井康介
撮影は、渡邊雅紀。
編集は、宮島竜治。

 

2019年。大阪郊外の町「東雲」。真夜中の人っ子一人いない直線の道路。サイレンを鳴らしたパトカーが駆け抜けていく。
あるアパートの前で、警官がマスコミや野次馬を制している。腹部を刺された男性は、死亡。容疑者は、現場に同居する男性の子。パトカーへと連行されていくフードを被った人物。
冬の朝。向かい側に貯蔵タンク2基が並ぶ線路脇で、東雲高校の縁(松本穂香)が自転車に乗ったまま佇んでいる。遠くから走って来た琴子(中田青渚)が寒さを愚痴りながら、縁の自転車の荷台に飛び乗り、出発を促す。学校で数学教師の桑田(板橋駿谷)にスカートの丈の短さを見咎められた琴子は、桑田の脇をすり抜けて校舎へと全力疾走、女子トイレへと逃げ込む。その後、琴子は朝礼をふけて、老朽化して閉鎖された建物に潜り込み、タバコを吸っていた。そこへ縁も忍び込む。二人の秘密の場所、のはずだったが、物音がする。様子を窺うと、そこには涙を流す男子生徒(小室ぺい)の姿が。その姿に、二人は雷に打たれたような衝撃を受ける。慌てて去ろうとする彼に、琴子が思わず何組か確認する。5組と答えた彼が立ち去る。彼に一目惚れした気が多い琴子は、彼の名が「ギョウヘイ(業平)」だと知る。優等生のエン(縁)から「ナリヒラ(業平)」だと訂正されるが気にしない。付き合っていた彼氏を公衆の面前でふってフリーであることを全校に印象づけると、業平への積極的なアプローチを開始する。
古典の授業のテスト返却の際、サッカー部主将で女子から圧倒的な人気を誇る岡田(甲斐翔真)が、満点の縁に相談を持ちかける。後輩の女子から受け取ったラブレターの和歌を解釈して欲しい。あなたのことを思う夜は明ける気がしないくらい長く感じるという意味かな。縁と岡田が親しげにしている様子を、多くの女子生徒たちが遠巻きに注視している。返事はどうするの。気持ちは嬉しいけど、部活で余裕がないって答えるよ。たまたま通りかかった琴子の姿を追う岡田に、思わず縁はあの子は危険だと忠告する。
純(片山友希)は、母親が出て行った原因をつくった父親(古舘寛治)を憎んで、父親を無視している。近々閉店する地元のショッピングモール「ベルモール」のフードコートで友人と時間を潰していたが、彼女を慕う後輩の女子が部活が早く終わったとやって来て二人で立ち去ったため、純は一人取り残されることに。モールを歩いていると、友人同士、恋人同士、親子連れなどの姿ばかりが純の目に入る。不安と孤独に苛まれた純は、偶然「気が狂いそう」で始まるザ・ブルーハーツの楽曲(「人にやさしく」)を耳にする。音楽を聴きながらモールを徘徊し、偶然駐車場に出る。広い駐車場にぽつんと停まった黄色い軽自動車。その助手席に東京からの転校生・伊尾(金子大地)の姿があった。運転席の女性(億なつき)と交わす濃厚なキス。車を降りた伊尾と鉢合わせた純は、伊尾から「キスしてほしい?」と声をかけられる。慌てて打ち消す純に、伊尾は、純のイヤホンから漏れるザ・ブルーハーツの「キスしてほしい」を指摘する。人気の無い非常階段に向かう伊尾についていき、あれこれ詮索する純。車の女性が父の若い再婚相手であること、このモールの地下の食品売場で働いている女性であることなどを次々と聞き出す。そして、純は、衝動的に伊尾を求める。

 

高校生6人の青春群像劇。
校舎、とりわけ教室での描写が少ない。普通=標準を求める学校の建前や空虚さは数学教師の桑田(板橋駿谷)に象徴されている。ベクトルは異なるが標準から離れる琴子(中田青渚)と縁(松本穂香)は、学校の規範が死んだ廃墟に避難所を求める。そして、二人は、たまたまそこに迷い込んできた「本音」に遭遇し、痺れてしまう。この構造は、純(片山友希)がザ・ブルーハーツを偶然知って打たれるのとパラレル。両世界が交わる伏線になっている。
通学路、廃校舎、何よりショッピングモールが重要な舞台となる。閉店するショッピングモールは、あらゆる可能性を身近に感じさせながら同時に物足りなさや空虚さを感じさせる、学校という期間限定の閉鎖環境のメタファーでもあるのだろう。
冒頭から印象的に現れる貯蔵タンク。毎日目にしていながら、その中に何が入っているのか分からない。同級生、友人の心の裡の象徴。
沈痛に傾きすぎるのを大阪弁や大阪人らしい(?)ボケによって見事に救っている。
縁(松本穂香)と琴子(中田青渚)のコンビが秀逸。縁のルックスは髪型も含め、最高。
純の一触即発の精神状態を片山友希が好演。
この作品でも劇団子供鉅人の劇団員(億なつき)に遭遇。