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芸術鑑賞の備忘録

映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』

映画『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』を鑑賞しての備忘録
2018年製作のフランス・ベルギー合作映画。112分。
監督・脚本は、アレクシス・ミシャリク(Alexis Michalik)。
撮影は、ジョバンニ・フィオール・コルテラッチ(Giovanni Fiore Coltellacci)。
編集は、アニー・ダンシェ(Anny Danché)とマリー・シルヴィ(Marie Silvi)。
原題は、"Edmond"。

 

ドレフュス事件に揺れ、モンパルナス駅では機関車が駅舎を突き破った1895年のパリ。ルネサンス座では『遙かなる姫君』が初演を迎えた。舞台に立つサラ・ベルナール(Clémentine Célarié)が滔滔とセリフを語っている。妻ロズモンド・ジェラール(Alice de Lencquesaing)とともに観劇する詩人・劇作家のエドモン・ロスタン(Thomas Solivérès)は気が気でない。批評家2人(Paul Jeanson、Mathieu Metral)が席を立って出て行ってしまった。今時韻文か。一幕が長すぎる。舞台の幕が下りる。客が劇場を後にする中、妻は良かったとエドモンを慰めるが、どこが良かったか尋ねると口ごもってしまう。劇場の支配人(Dominique Besnehard)からは1週間での打ち切りを告げられた。エドモンは、雪の降り始めた夜道を1人歩き、偶然目に留まった活動写真に立ち寄ってみる。素晴らしい。時代は活動写真だ。家に辿り着くと、妻に告げる。パリを離れよう。パリは美しい所だわ。あなたは執筆に専念していればいいの。
1897年。エドモンは行き詰まっていた。買い物に行くというロズモンドに渡す金もない。またツケにしてもらうわ。そんなエドモンのもとを突然サラが来訪する。才能あるあなたをコンスタン・コクラン(Olivier Gourmet)に会えるようにしてあげた。何か作品を持って行きなさい。約束の時間まで2時間。エドモンは自らを執筆に追い込もうとカフェに向かう。席に着いて紅茶を頼み、ノートを開く。だが何も浮かばない。ある客(Bernard Blancan)がカフェのオーナーであるオノレ(Jean-Michel Martial)に向かって黒ん坊と呼びつけた。オノレは何か他の言葉はご存じないかと問う。黒ん坊を黒ん坊と呼んで何が悪い。例えば地理学者ならアフリカ人やメラネシア人などの言葉で表すでしょう、語彙が貧困な方にはお引き取り願います。男は這這の体で退散する。このやり取りにエドモンはシーンの着想を得る。オノレが執筆するエドモンに声をかけ、詩人であると知ると2階に案内する。そこにはオノレが父親から引き継いだ詩のコレクションがあった。ポルト・サンマルタン劇場ではマチネの上演中。エドモンはサラの紹介で来たと舞台監督のルシアン(Dominique Pinon)に話をつけてコクランの楽屋へ向かう。気難しいコクランに用心するよう言われたが意外にもコクランはエドモンを歓迎する。アンジュ(Simon Abkarian)とマルセル(Marc Andréoni)が債権回収に訪れていたからだった。一刻も早く芝居で当てたいコクランがエドモンに尋ねる。喜劇か悲劇か? 喜劇だな。タイトルは? シラノだと? 剣術家で作家、理学や哲学にも通じたシラノ・ド・ベルジュラックか。鼻がでかい? どんな風に? ルシアンが幕が上がるとコクランを呼び出す。コクランと歩きながら、鳥籠の鳥、ピクチャレスクな風景画など目に入るもので大きな鼻を次々と形容してみせる。エドモンに書き上げて持って来るよう指示して、コクランは舞台に上がる。エドモンは友人の俳優レオ・ヴォルニー(Tom Leeb)に遭遇する。俳優として芽が出ていないが女性には目がない。レオはエドモンをムーランルージュを連れていく。レオは友人同伴を条件に衣装係のジャンヌ・ダルシー(Lucie Boujenah)と落ち合うことになっていた。同僚(Sophie de Fürst)とともにやって来たジャンヌは、目の前に座る人物が詩人その人だとは知らず、エドモンの詩を高く評価する。ジャンヌの言葉に、涸れていたエドモンの才能から再び言葉が湧き始める。

 

サラ・ベルナールの舞台やムーラン・ルージュのカンカンなどベル・エポックのパリを背景に、舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』の誕生秘話を描くコメディ。『シラノ・ド・ベルジュラック』は徐々に完成へと向かう劇中劇であり、シラノ、クリスチャン、ロクサーヌというその劇中人物が、エドモン・ロスタン(Thomas Solivérès)、レオ・ヴォルニー(Tom Leeb)、ジャンヌ・ダルシー(Lucie Boujenah)にそれぞれ重ね合わされている。
カフェのオーナーであるオノレ(Jean-Michel Martial)が人種差別発言を放つ客をやり込めるシーンは第1幕第4場を元にしている。しかし、それを知らなくとも、エドモン・ロスタン(Thomas Solivérès)がコンスタン・コクラン(Olivier Gourmet)に対して「大きな鼻」を様々に形容するアイデアの着想源になっていることが分かるように構成されている。かなり端折られてはいるが『シラノ・ド・ベルジュラック』を知らない人にもその魅力をしっかりと伝えつつ、エドモン・ロスタンの物語として成り立たせているのは見事というほかない。
Micha Lescotによるアントン・チェーホフの再現が素晴らしい。