可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『355』

映画『355』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のイギリス映画。
監督は、サイモン・キンバーグ(Simon Kinberg)。
原案は、テレサ・レベック(Theresa Rebeck)。
脚本は、テレサ・レベック(Theresa Rebeck)とサイモン・キンバーグ(Simon Kinberg)。
撮影は、ティム・モーリス=ジョーンズ(Tim Maurice-Jones)。
美術は、サイモン・エリオット(Simon Elliott)。
衣装は、ステファニー・コーリー(Stephanie Collie)。
音楽は、トム・ホルケンボルフ(Tom Holkenborg)。
編集は、ジョン・ギルバート(John Gilbert)とリー・スミス(Lee Smith)。

 

コロンビア。ボゴタの南、森の中にあるサンティアゴ(Pablo Scola)の屋敷を、麻薬カルテルの首領イライジャ・クラーク(Jason Flemyng)が訪れる。サンティアゴはクラークに酒を勧めるも仕事中だと断られると、やおら息子のヘロニモ(Marcello Cruz)を紹介する。ヘロニモはラップトップに接続した装置を携えていた。あらゆるシステムに接続可能な暗号解読プログラムだとサンティアゴはクラークに売り込む。麻薬取引の現場を強襲するために屋敷の周囲に潜伏していた、コロンビア国家情報局のラミレス(Eddie Arnold)の率いるエージェントたちは、想定外の展開に面喰らう。反応が薄いクラークに対し、ヘロニモが南の空を見ろと指示する。飛行中の飛行機が突然炎上げ、急降下した。続いて停電させてみせると告げると、ボゴダ一帯の送電が停止した。この装置はヘロニモしか生み出せないという言葉を聞いたクラークは、ヘロニモの脳天を撃ち抜くと、サンティアゴの一味を一掃しようとする。ところがラミレスのチームが急襲したため、クラークは屋敷から逃走するのに精一杯だった。残されたヘロニモの装置をエージェントの1人ルイス・ロハス(Edgar Ramírez)が入手する。
ロハスから装置の買取を打診されたCIAのラリー・マークス(John Douglas Thompson)は、ニック・ファウラー(Sebastian Stan)に装置の受取を委ねる。2人は格闘訓練中のメイソン・ブラウン(Jessica Chastain)に、ニックとともに任務に当たるよう伝える。
ロハスの指定したパリに到着した2人は、滞在先のホテルの一室で、地図を前に、当日の行動計画を検討する。チームで当たるべきじゃない? 単純な交換だから。ロハスは闇で高く売ることもできただろうが、家族との平穏な生活を望んで300で手を打ったんだ。ニックはメイソンに指輪を渡し、新婚旅行でパリを訪れた夫婦を演じるよう求める。考えたことないのか? 国家に刃向かうこと? それとも家族を持つこと? どちらでも。考えたこと無いわ。仕事を愛してるからだろ。私たちのどちらかは愛さなきゃね。ニックはメイソンを口説くが、メイソンは無二の親友だからと断る。それでも諦めを付けないニックを、メイソンは受け容れる。
ニックとメイソンが夫婦を装い、取引場所であるカフェに向かう。テラス席のロハスの姿を確認すると、荷物を交換するため、彼の隣のテーブルに着く。メイソンの注文を受けた店員(Diane Kruger)が、ニックのバッグをひったくると、人混みの中に向かって駆け出した。

 

麻薬カルテルの掃討作戦中、あらゆるシステムに接続可能な暗号解読プログラムを組み込んだ装置を入手したコロンビア国家情報局のルイス・ロハス(Edgar Ramírez)は、CIAに買取を打診する。CIAのラリー・マークス(John Douglas Thompson)は、ニック・ファウラー(Sebastian Stan)とメイソン・ブラウン(Jessica Chastain)の2人の部下をロハスとの取引のためパリに派遣する。ロハスと落ち合ったカフェで交換しようとした矢先、突然現金の入ったバッグを店員が摑んで走り去る。ドイツ連邦情報局のマリー・シュミット(Diane Kruger)が装置を奪おうと店に潜入していたのだった。マリーをメイソンが追うが、地下鉄で取り逃がしてしまう。一方、危険を察知して逃走したロハスをニックが追うが、ニックはやはり装置を入手しようとしていたコロンビアの麻薬カルテル、イライジャ・クラーク(Jason Flemyng)の手にかかってしまう。ラリーから任務の失敗について尋問されたメイソンは、ニックが殺害されたと知り、復讐を企てる。メイソンは、かつてイギリス秘密情報部に属し、今は情報技術の研究者であるハディージャ・アデイェミ(Lupita Nyong'o)のもとを訪れた。

スピーディーな展開のスパイ・アクション。スマートフォンくらいのサイズの装置という物の取り合いにさせるのは、分かりやすさを求めてのことであろうし、マーシャル・アーツや銃撃戦はアクション作品の見せ場であろう。だが、様々な「国」の情報機関が機能せず、それに代わって「一時的」な「個人」の「ネットワーク」が「見えない敵」に立ち向かうという構図を描くのであれば、そのような争奪の目的や戦い方は旧態依然とした印象が強く浮き上がってしまう。スパイ・アクションの主人公を1人の男性(作品中ではジェームズ・ボンドについての言及がある)から複数の女性に移し替えただけに見えてしまう。実際、女性キャストの魅力が十全に発揮されている作品とは言えない(なお、心理学者のグラシエラ・リヴェラ(Penélope Cruz)の役回りは、ジェンダーに関する考え方の多様性を示すものだろう)。もしそれが意図的であるならば、男性の役割は女性にも担えることを示しつつ、単に役割の交換だけでは、女性ならではの能力を発揮することはできないと、男女間の役割交換の先(これまでとは異なる制度設計)へと鑑賞者の思考を促そうとするのかもしれない。