可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ベイビー・ブローカー』

映画『ベイビー・ブローカー』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
130分。
監督・脚本・編集は、是枝裕和(고레에다 히로카즈)。
撮影は、ホン・ギョンピョ(홍경표)。
美術は、イ・モグォン(이목원)。
衣装は、チェ・セヨン(최세연)。
音楽は、チョン・ジェイル(정재일)。
原題は、"브로커"。

 

烈しい雨の降る晩で、プサンの住宅密集地に人通りは無い。フードを被った黒い人影が坂道を登って来る。坂の上には教会があった。フードの人物は教会の事務所の脇に設置されたベイビー・ボックス(赤ちゃんポスト)の前まで来ると、赤ん坊をボックスに預けるのではなく、その手前の地面の上に置いて、その場を立ち去った。近くに停めた車の中で張り込みをしていた地元警察署・女性青少年課の刑事アン・スジン(배두나)は、女性(이지은)が赤ん坊を置くのを目視した。捨てるなら生むなよ。スジンは部下のイ・ウンジュ刑事(이주영)に女性を追わせるとともに、自らは遺棄された赤ん坊をベイビー・ボックスに預ける。
教会の事務所ではハ・サンヒョン(송강호)が赤ん坊をあやしている。ユ・ドンス(강동원)は窓から外の様子を伺う。戻って来てないか? サンヒョンがドンスに尋ねる。ああ、誰もいない。映像、消しといてくれ。ドンスはPCを使って監視カメラの映像から赤ん坊の姿を消去する。サンヒョンはおくるみに紙片を見付ける。「ウソン、必ず迎えに来るよ。」だとさ。名前も連絡先もないけどな。まあ、戻ってこないよ。
サンヒョンが赤ん坊を連れてバンに乗り込む。スジンは車でサンヒョンを追跡する。サンヒョンの車は橋を渡り、郊外の住宅地にあるクリーニング店「OK洗濯」で停車した。
ウンジュは赤ん坊を遺棄した女性を尾行する。地下鉄に乗り込んだ女性は高速バスのターミナルへ。大勢の人でごった返す構内には赤ん坊の泣き声も響いている。団体客に視界を遮られ、ウンジュは、尾行対象者の姿を見失う。若い母親はトイレに入って気持ちを落ち着かせると、意を決する。
サンヒョンは1人でクリーニング店を切り盛りしている。洗濯したり、縫い物したり、馴染みの客と挨拶を交わしたり。その合間にはウソンの世話を焼く。サンヒョンにドンスから電話が入る。ウソンを引き取りに若い女性が現れたという。サンヒョンは彼女が警察に連絡するようだったら連れて来るようドンスに指示する。クリーニング店に血で染まった白いシャツを手にした暴力団組員がやって来る。この汚れを落としてくれ。それと5000万耳揃えて返さないと、カジノに行ってもらわなくちゃならない。サンヒョンは当てはあるとその場を凌ぐ。組員と行動をともにしていたシン・テホ(류경수)に母親の飲食店を継がないのかと尋ねると、テホは吐き気がすると捨て台詞を吐き出て行った。
教会では牧師がウソンの母親の対応に当たる。彼女の言う時間帯に引き受けた赤ん坊はいなかった。ボックスに預けてくれていれば常駐のスタッフが応対したんだがねえ。牧師は当直だったドンスに赤ん坊について尋ね、現在引き受けている赤ん坊のいる部屋に彼女を案内させる。15歳の母親の子どもやパキスタン人の子どももいますよ。失意の母親は教会を後にする。公衆電話で警察に通報しようとしたところで、彼女の後を付けていたドンスが制止する。
ドンスに連れられてウソンの母親がOK洗濯にやって来た。サンヒョンが彼女に切々と訴える。書き置きに名前や連絡先が無かったウソンは養子縁組ができない。するとウソンは児童養護施設に預けられることになる。それではウソンの将来の可能性は狭められてしまう。私は善意からウソンの養親を探そうとしているのだ。善意? 善意なんて言葉、久々に聞いたわ。キューピッドだよ。キューピッドじゃなくてブローカーでしょ。いくら入るの? 男の子なら1000万。ウソンの母親はソナと名乗り、山分けを条件に里親希望者との交渉に付き合うことにする。
クリーニング店近くの路上に停めた車で張り込みをしているスジンとウンジュが食事をとっていると、スジンの夫のソノ(이무생)が着替えなどを差し入れにやって来る。スジンの素っ気ない対応に、ウンジュは車を降りてお礼を言うべきではと驚く。作家だからたまには外に出るのがいい運動になるのとスジンは意に介さない。そんなに気に入ったのなら譲ってあげようか? クリーニング店で動きがある。ブローカーたちのバンに赤ん坊を遺棄した母親の姿があるのに気付いた2人は目を疑う。
プサンのホテルで殺人事件があった。刑事課の刑事チェ・ヒョンサ(백현진)が現場に向かうと、被害者は首の骨を折られて死亡していた。血は苦手だと室内のテーブルに置かれたワイングラスには口紅の跡があった。

 

ハ・サンヒョン(송강호)は、教会の保育スタッフであるユ・ドンス(강동원)と結託し、教会のベイビー・ボックスに預けられた赤ん坊を横取りして里親に売りつけるビジネスに手を染めていた。ユ・ドンスが当直の激しい雨の夜、ベイビー・ボックスに赤ん坊が預けられた。「ウソン、必ず迎えに来るよ。」とのメモには母親の名前も連絡先もなかった。ドンスが監視カメラの映像から赤ん坊の姿を消去すると、サンヒョンが自宅を兼ねたクリーニング店へウソンを連れ帰る。ベイビー・ボックスの張り込みをしていた地元警察署・女性青少年課の刑事アン・スジン(배두나)はサンヒョンのバンを追い、スジンの部下の刑事イ・ウンジュ(이주영)は赤ん坊を遺棄した女性(이지은)を尾行した。高速バスのターミナルで赤ん坊の泣き声を聞いた母親は思い返し、教会へウソンを迎えに戻る。ところが教会は息子を預かっていないという。失意の母親が警察に電話をかけて被害を訴えようとしたところ、ドンスに制止され、サンヒョンのクリーニング店に案内される。2人が赤ん坊を里親に仲介するビジネスに従事しているのを知った母親はソナと名乗り、上がりの半分を求めて2人の交渉に同行することにする。スジンとウンジュは赤ん坊のブローカーたちを現行犯逮捕しようと張り込みを続けていた。サンヒョンがドンスとソナを乗せてバンを走らせる。向かったのはウルチンの漁港。現れた里親候補が赤ん坊の容姿にケチを付けて値切ったため、ソナが怒りを爆発させ、交渉はたちまち決裂した。

冒頭、若い母親は烈しい雨に打たれて夜の坂道を1人登っていく。これまでずっと彼女には雨から守ってくれる傘が無かった。子どもの頃、赤いイチゴの絵の入った赤い傘が羨ましくて盗んで捨てたことをドンスに告白するが、それは彼女が傘の象徴する庇護を求めてきたことを表わしている。後に彼女は雨が降ったら傘を持ってきてとドンスに求めるが、ドンスは正面から受け止めきれずにはぐらかしてしまう。それでも彼女のアピールはドンスに確かに響くことになる。
児童養護施設から脱走してサンヒョンのバンに乗り込んだ少年ヘジンは、バンが洗車機を通る際、わざと窓を開けたままにして、皆に水を浴びせる悪戯をする。皆で「雨」に打たれるなら、どんなにつらくとも幸せを感じることはできる。そもそも横殴りの「雨」に傘など役に立たないのだ。雨降って地固まる。整備不良のバンで旅は続くだろう。
ウソン(羽星)には自らの境遇とは異なる遠い世界へ飛び立って欲しいという母親の切なる願いが籠められている。だから母親は息子に声をかけようとしない。
サンヒョン(=ジニョン)は自らキューピッドだと称する。キューピッドはぽっちゃりした少年の姿で表わされる。ヘジンとは、キューピッドとしてのサンヒョンだ。

アメリカ合衆国の連邦最高裁判所が6月24日に人工妊娠中絶を「憲法上の権利」と認めた1973年の判例を覆した。犯罪被害その他の事情で人工妊娠中絶を行なう権利は当然認められるものと考えていたし、その考えは今も変わらない。だが、ウソンの母親が(捨てるなら産むなよと吐き捨てる)スジンに突き付ける、中絶(胎児を殺めること)と出産後の遺棄との間にある評価の違いという問いに、中絶を単純に捉えていた嫌いがあったこと(例えば、法律論としては、人の始期の設定により殺人か否かの判断が分かれる)に気づかされた。やはり胎児や赤ん坊を妊娠・出産する者の責任に帰着させることが問題の根底にあるのだ。その意味でも、サンヒョン・ドンス・ソナ・ヘジンによって構成されるウソンを守り育てる連帯組織は、『万引き家族』における「家族」同様、その問題の解決の糸口となる。