映画『ザ・ロストシティ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のアメリカ映画。
112分。
監督は、アダム・ニー(Adam Nee)とアーロン・ニー(Aaron Nee)。
原案は、セス・ゴードン(Seth Gordon)。
脚本は、オーレン・ウジエル(Oren Uziel)、デイナ・フォックス(Dana Fox)、アダム・ニー(Adam Nee)、アーロン・ニー(Aaron Nee)。
撮影は、ジョナサン・セラ(Jonathan Sela)。
美術は、ジム・ビゼル(Jim Bissell)。
衣装は、マーリーン・スチュワート(Marlene Stewart)。
編集は、クレイグ・アルパート(Craig Alpert)。
音楽は、パイナー・トプラク(Pinar Toprak)。
原題は、"The Lost City"。
素晴らしかった。息を切らしながらダッシュ・マクマホン(Channing Tatum)が隣で一緒に横になっているアンジェラ・ラヴモア博士(Sandra Bullock)に語りかける。まだ鼓動が収まらないの。俺にも分かる。剥き出しの強さのおかげよ、ダッシュ。古代アラムの数学の知識もね。2つある博士号とかジェンダーの修士号なんて関係ないね。全ては君のためさ、ラヴモア博士。実はね、失われた都市Dを発見するなんて思っても見なかった。2人は両手首と両足首をロープで縛られ、絵の描き込まれた石畳の上に横たわっている。2人を無数の蛇が取り巻いている。2人の傍にある石段上には、松明を持った3人の男がいる。象形文字の刻まれた柱や壁を持つ石造りの神殿の入口を背に立つボス(Stephen Lang)が2人に告げる。慎重に言葉を選ばせてもらうとしよう。お前たちの最期だからな。お前たちのおかげでカラマン王の墓所と王妃の伝説の炎の王冠に辿り着いた。私は今、富を手に入れることになり、お前たちは死に臨んでいる。ちょっ待てよ、ヘビってあんたの? いや、最初からここにいたのだ。何百匹ものヘビがこの神殿でただ私たちが現れるのを待ってたって言うの? 誰が餌をやるんだよ。餌って何なの? なんでヘビは松明男を咬まないんだ? 手下なんか嚙まないように訓練されてるってのか? ええ、まあ…。ヘビと神殿の比率からしておかしいってことか。バカバカしいわ。消去。神殿の床に群がっていたヘビが消える。動揺するボス。私のキャラクターは必要だと思うがね。消去。3人の悪役たちが消え、松明が転がる。ダッシュが呟く。まだ書くべきストーリーがあるだろ。消去。
ロレタ・セイジ(Sandra Bullock)がラップトップの消去キーを押す。白い壁と白い天井、白い本棚。傾斜屋根に取り付けられた窓を前にした机に向かっているロレタは、髪をアップにして、黒縁の眼鏡をかけ、オフ・ホワイトの衣服に身を包んでいる。ストーリーが思い浮かばない。出版社のベス・ハテン(Da'Vine Joy Randolph)が電話に残したメッセージが響く。最終章を読むのが本当、楽しみだわ。だけどプレッシャーは一切かけないわ。いいえ、実際にはプレッシャーはあるわね。書く気を起こさせるだけの厳密な量のプレッシャーがね。やる気が起きたわよね。ベスからの別のメッセージが流れる。プロモーション活動の準備は万端よ。あとは売り出す本だけね。家を出たくないから書き終えないんじゃないかって勘繰っちゃうわ。いい、ジョンが亡くなったこの5年はしんどかったでしょ。風呂に入って冷やしたワインを飲んでるのが心地いいに決まってる。でもね、あなたとキャンセルの利かない販促イヴェントを世間は待ってるの。書き上げてよね、いいわね?
ロレタの頭の中に神殿の前に立つラヴモア博士とダッシュの姿が浮かび上がる。俺たちは進まなきゃ。扉の向こうに何があるか見てみよう。だけど、何も無かったらどうするのよ。方法は1つしかない。そのとき、ラヴモアは分かった。彼女の求める財宝は永遠に失われたのだと。彼女の冒険は終焉を迎えつつあった。それは間違いじゃないか? ええ、でも、それでおしまい。ジョン、私は行くわ。艱難凌がば甘露は増さん。
ロレタ・セイジの新著『失われたDの都』の発売を記念したトークショーが開催される。控え室で、ロレタは、ピンクのスパンコールのワンジーを身に付けさせられる。フィギュア・スケーターのコスプレのような衣装は食い込んで動きづらい。ロレタはベスに不満をぶつけるがベスは意に介さない。2時間我慢しなさい。呉々も衣装は大切にね。借り物なんだから。なぜ写真を撮ってるの? アリソン(Patti Harrison)よ。ソーシャル・メディアを担当してもらうことにしたの。若い層にもアピールしなきゃって。20代でいたい30代の女性にね。あなたのSNSを引き継いだから今朝ツイートしておいたわ。「ファンの皆さんどこかしら? 夕方5時にホールGでお会いしましょう。#ショーン・メンデス」。
ラヴモア博士の冒険を描いたシリーズで人気を博す小説家のロレタ・セイジ(Sandra Bullock)は、夫のジョンを5年前に亡くして以来、思うように執筆ができないでいた。久々の新刊『失われたDの都』の発売が決まると、出版社のベス・ハテン(Da'Vine Joy Randolph)は大々的なプロモーションを打つことにする。トーク・イヴェントには、シリーズの表紙を飾る、ラヴモア博士の恋人ダッシュ・マクマホンのモデルを務めるアラン・キャプリソン(Channing Tatum)も登壇することになった。アランは登場するや烈しい格闘技の型を見せ、ファンを喜ばせる。ロレタは慣れない派手な衣装で動くこともままならず、アランに誘われ一緒に踊るも身が入らない。ファンからの質問にも、ベスの助言を忘れ、つい堅い受け答で場を盛り下げてしまう。それでも何とかファンの期待に応えようとしたロレタは、アランにシャツを破るパフォーマンスをさせようとして、彼の金髪のウィッグを外してしまう。失態を演じたステージの後、アランはロレタを励まそうと優しく接する。そんなアランに魅了されているロレタは彼との関係を前に進める自信がなく、ついつれない対応をとってしまう。1人会場の正面玄関に向かったロレタは、迎えの車だと思って乗り込んで、見知らぬ2人(Thomas Forbes-Johnson、Héctor Aníbal)に連れ去られてしまう。ロレタを待ち受けていたのは、メディアを牛耳るフェアファックス・グループの創業者一族で、現在グループを率いるレスリーの兄アビゲイル・フェアファックス(Daniel Radcliffe)だった。アビゲイルは、ラヴモア博士のシリーズに描かれる古代都市がジョン・セイジの学術調査に基づくものであることを知り、大西洋の孤島イスラ・ウンディーダの発掘を進めていた。そこに眠る財宝を手に入れるためには失われたD文字を解読しなければならず、そのためにロレタの学識を利用しようとしたのだった。
小説家のロレタは、夫を亡くして以来、執筆が難しくなっていた。彼女の人気シリーズ「ラヴモア博士」に登場する博士の恋人ダッシュ役で表紙のモデルを務めるアランは、自分に対して好意を抱いていることは明らかで、彼女の中にも彼との関係を進展させたいという気持ちが芽生えていたが、亡き夫に対する気持ちとどう折り合いを付けて良いか分からなくなっていたからだ。財宝の眠る神殿の扉は目の前にある。だが、その扉を開けてしまって、そこに何も無かったらどうしたらいいのか。衣服を始め、度々ロレタが拘束されるのは、結婚指輪に象徴される、彼女の夫に対する思いが彼女を縛っていることの反映である。その縛りが利いているために、神殿の扉の前で蛇に囲まれたラヴモア博士とダッシュという作品(構想)で、または壊れた車の中やハンモックの中などイスラ・ウンディーダの地(そもそもおよそ島とは閉鎖空間の象徴である)で、ロレタの小説では烈しい性愛が描かれているにも拘わらず、2人は閉じ込められながら一線を越えることがない。
ジャック・トレイナー(Brad Pitt)こそ、小説に描かれる金髪を靡かせたヒーローダッシュ・マクマホンの具現化であり、アラン・キャプリソンはダッシュのヴィジュアル・イメージを提供する存在に過ぎないことが強調される。そして、アランが艱難辛苦を乗り越えることで、次第にダッシュに近づいてく。アランにとっても、"Dulcius ex asperis."の筋立てとなっている。
Sandra BullockもChanning Tatumもともに素晴らしく、コメディを堪能することができた(私には分からなかったが、往年の映画のネタも多数鏤められているようだ)。
2人に輪をかけて、Brad Pittがすごい俳優であることを改めて実感させられた。おそらく鑑賞者は彼に一瞬にして「おやすみ(Go to sleep)」させられてしまうだろう。