可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ベネシアフレニア』

映画『ベネシアフレニア』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のスペイン映画。
99分。
監督は、アレックス・デ・ラ・イグレシア(Álex de la Iglesia)。
脚本は、ホルヘ・ゲリカエチェバリア(Jorge Guerricaechevarría)とアレックス・デ・ラ・イグレシア(Álex de la Iglesia)。
撮影は、パブロ・ロッソ(Pablo Rosso)。
美術は、ホセ・ルイス・アリサバラガ(José Luis Arrizabalaga)。
衣装は、ラウラ・ミラン(Laura Milan)。
編集は、ドミンゴゴンサレス(Domingo González)。
音楽は、ロケ・バニョス(Roque Baños)。
原題は、"Veneciafrenia"。

 

ヴェネツィア。観光客を乗せたゴンドラがゆっくりと水を切る運河沿いを。仮装した人たちが行き交う。アメリカ人のカップルがゴンドラを浮かべた流れに、建物に、一々感動しながら散策している。見て、この建物。立ち入り禁止の表示のある柵に囲まれた壁には、モノトーンで描かれたバンクシー調の鼠のグラフィティがあった。あれ、ロンドンにあるのと同じアーティストの作品じゃない? 男(Francesco Liotti)がカメラを向ける。気に入ったわ。"FUORI GRANDI NAVI"。どういう意味? 女(Arianna Moro)が尋ねる。分からないな。隣にある古い木製ドアには正方形を重ねたマークが描かれている。男が写真を撮っていると、仮面を付けた道化師(Cosimo Fusco)が姿を現わす。驚かせるなよ。僕らの写真を撮ってもらえる? グラフィティの前で肩を組む2人。道化師は手渡されたカメラを落とすフリをする。笑えないよ、気をつけて。道化師はストラップを持ってカメラをぐるぐる回す。何やってんだよ。文句を言う男の顎に道化師はカメラを振り上げ打ち当てる。悲鳴を上げる女性を蹴り飛ばすと、倒れた男性の顔に向かって繰り返しカメラを振り落とす。冗談だよ。お芝居なんだ。大きな身振りと大声で周囲の人々に向かっておどけてみせる道化師。人だかりが出来て、道化師にカメラを向ける。道化師が後方に宙返りを決めると拍手喝采。カーニバル万歳! 道化師は、若い奴は飲み方を知らないからねなどと言って、女性と男性を扉の中へ引き摺り込む。
大型客船から観光客が降りてくる。スサナ(Silvia Alonso)とアランツァ(Goize Blanco)が仮装について話している。何故駄目なの? 合わないからよ。何でよ。お洒落だし、パンツもゴージャス。お下げの金髪のウィッグもあるわ。スサナ、ヴェネツィアカーニヴァルに行くの、ハーレクインで行くわけにはいかないの。じゃ、どんな扮装するわけ? 歴史上の人物よ。ハーレクインだってコミックに登場して随分じゃない? ずっとジョーカーの恋人だぜ。ハヴィ(Nicolás Illoro)が茶々を入れる。歴史上の人物じゃないでしょ? クリノリンのスカートみたいな時代がかった衣装、それに仮面。お伽噺みたいなのでしょ。イサ(Ingrid García Jonsson)が助け船を出す。悲しい奴だろ、とイサの弟ホセ(Alberto Bang)。悲しくない、ミステリアスなの。シンデレラになれるのね。違うわ、ディズニー・プリンセスじゃないの。学校で何を習ったわけ? 歴史的な衣装を借りたの。ここはラスベガスじゃないわ。魅力的な歴史上の人物ならマリー・アントワネットだろ。誰だそいつは? 断頭台で首を斬られたろ。首を斬られたって! フランス革命よ。弟君をいじめないであげて、可愛いじゃない。あなたにとっては可愛いかもしれないけど、勉強せずにパーティー三昧の愚か者なの。パスポートが無い! ホセが騒ぎ出す。ちゃんと見たのか? バッグは見たの? スサナがバッグを探るとコンドームが出て来る。そんなとこにあるとは。ずっと持ってたんだ。ホセは君と使うんだと言うが、スサナが期限切れだと指摘する。お姉さんと一緒に寝られるよね、イサ? ハヴィが揶揄う。スサナに夢中だけど、お前がいるのはアルフォンソ(Nico Romero)が来なかったからだから。思い出させてくれて感謝するわ。3組で来ることになってた。違うわ、2組とスサナ。気付いたら私はいつも1人になってる。弟君との関係が気に触るなら避けるけど。2人とも落ち着いてよ。ここに来たのは楽しむためでしょ。そうよ、みんな、これから何するか言うわ。仮装して飲みに行って踊ってベッドに倒れ込むまでね。問題ある? 何も、私は結婚するから。関係ないだろ。結婚前の独身パーティーかも。やめてよ、独身パーティーなんてしない。
出入国ロビーでは、スサナがペニスを模したピンク色の被り物を取り出して被る。みんなの分もあるよ。皆がはしゃぐ。イサだけは露骨に嫌がるが被らされる。出口の扉が開くと、人集りがしていて、大型クルーズ船は出て行けとシュプレヒコールを行っていた。異様な光景に5人は驚く。通り抜ける最中、アランツァはデモ隊の女性から摑まれ、触れるもの全てを壊すと非難される。アランツァがスペイン語に翻訳して教える。何したって言うんだ? 着いたばっかりじゃないか。スペインから来たばかりなの、独身パーティーなの。アランツァが説得しようとする。イサが行こうとアランツァを引っ張ってデモ隊の中を抜けていく。
水上タクシーの乗り場。おはようございます。アランツァが声をかける。運転手(Enrico Lo Verso)が英語で挨拶する。イタリア語で大丈夫よ。スペインから? そうです。運転手が荷物を受け取り、手を取って順に乗せていく。イサには運転手がジャコモだと名乗った。最後にホセが乗り込もうとしてバランスを崩し、海に落ちる。泳ぐのプールまで待てないの? なんでこんなに不器用なんだ。注目浴びたがるやめてくれない! 私が飛び込んだら助けてくれるんでしょうね。ホセはジャコモと仲間たちに引き上げられる。ホセはスマートフォンが無事かどうか確認しようとしてポケットを探り、取り出したスマートフォンを海に落とす。連絡先が全て消えた! クラウドにデータは? 使わないよ、データが盗まれたり写真が使われたりするだろ。SNSはどうしてるんだ? 使ってないよ。自分の偽物とかネットの戯言なんかに用はない。自由な精神ね。自由な精神が囚われの身か。ホセは毛布にくるまれる。どこにいるか探って脅迫の写真を送りつけたりなんかできないんだよ。誰がお前を脅迫するんだよ。皆が船室に入って坐る。凍えちゃうから服を脱ぎなよ。皆がホセの件で騒いでいる間に、道化師が乗り込んだ。水上タクシーが出航する。

 

イサ(Ingrid García Jonsson)はロンドンで働くアルフォンソ(Nico Romero)との結婚を目前に控え、アランツァ(Goize Blanco)とハヴィ(Nicolás Illoro)のカップル、スサナ(Silvia Alonso)、それに弟のホセ(Alberto Bang)とともにスペインから奮発して大型クルーズ船の乗り込みヴェネツィアへ観光にやって来た。仮装して飲み明かし、羽目を外そうという目論見だ。埠頭では大型クルーズ船の来港に反対するデモに遭遇し、浮かれていた5人は思わず出鼻をくじかれる。気立ての良いジャコモ(Enrico Lo Verso)の水上タクシーに乗り込む際、ホセはバランスを崩し海に落ちてしまう。ホセの世話を焼いている間に道化師(Cosimo Fusco)がボートに乗り込む。彼は寸劇を装っては観光客を惨殺していた。出航した水上タクシーの船室では5人がはしゃいでいたが、突然道化師がドアをたたき、外は寒いからと船室に入って来た。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

大型客船やオーヴァーツーリズムがヴェネエツィアに与える影響をホラー・サスペンスに仕立てた作品。カルネヴァーレのバウタ(仮面)が殺人鬼のシンボルとして利いている。展開の速さや高速再生の導入、何気ないシーンにまで恐怖感を生む音楽によって、スペインから観光に訪れた5人の若者たちが窮地に追い込まれていく状況を演出。
冒頭で描かれる、アルレッキーノアメリカ人観光客を白昼堂々殺害するシーンが良い。旅行客の非日常性と地元住民の日常性との落差が生む悲劇を衝撃的かつ象徴的に示した。
伝染病の隔離施設のあった島ポヴェーリア、ペスト医師の扮装などの疫病のイメージは、旅行者にも重ねられていよう。病気だけでなく災厄をもたらす旅行者との発想は、現地に暮らす人々の閉鎖性が生み出す。そこでは海が通路ではなく壁――客船ターミナルの出口や橋上でのデモの人垣に象徴される――として立ちはだかることになる。ジャコモはデモを行う群衆(=壁)のいる橋の下を水上タクシーで通り抜ける。壁がもたらすものは幸いか禍か。この作品は後者の可能性を見ているのではなかろうか。
バウタを被るときにこそ素が出てしまうとするなら、ある意味日常の方が仮面を被っているとも言える。バウタを被るヴェネツィアカップルが破綻する物語と捉えることもできようか。イサとアルフォンソとの2人の行く末は、イサが旅行についてアルフォンソに黙っていた当初から明らかだったのかもしれない。