映画『マッド・ハイジ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のスイス映画。
92分。
監督は、ヨハネス・ハートマン(Johannes Hartmann)。
共同監督は、サンドロ・クロプシュタイン(Sandro Klopfstein)。
脚本は、サンドロ・クロプシュタイン(Sandro Klopfstein)、ヨハネス・ハートマン(Johannes Hartmann)、グレゴリー・ビトマー(Gregory D. Widmer
)、トレント・ハーガ(Trent Haaga)。
撮影は、エリック・レーナー(Eric Lehner)。
美術は、ミリアム・ケイリン(Myriam Kaelin)。
衣装は、ニナ・ジョーン(Nina Jaun)。
編集は、ジャン・アンドレッグ(Jann Anderegg)、クラウディオ・セア(Claudio Cea)、アイザイ・オズワルド(Isai Oswald)。
音楽は、マリオ・バトコビッチ(Mario Batkovic)。
原題は、"Mad Heidi"。
スイス。アルプスの巨大な峻嶺を臨む集落。家並を見下ろす山頂にある大統領マイリ(Casper Van Dien)の居城。城はロープウェーで麓にあるマイリズ・チーズ社の巨大な工場と繋がっている。チーズで強くなる。満面の笑みを作るマイリがポーズを取るマイリズ・チーズ社の看板。スイスの国旗。銃を構えた兵士。工場の前に詰めかけた群衆からシュプレヒコールが起き、マイリは私のチーズでも大統領でもない、などのプラカードが掲げられている。兵員輸送トラックが到着し、新たに兵士が群衆の前に立ちはだかる。女性が手にしたチーズを投げると1人の兵士の顔に命中する。兵士たちは一斉にデモ隊に向かって銃撃を行う。血の海の中で斃れた夫を抱き抱える、チーズを投げた女性の下にクノール(Max Rüdlinger)が近付く。クノールは女性の頭を撃ち抜く。
軍隊を掌握して独裁的権限を手中にした大統領マイリ(Casper Van Dien)は、チーズ製造を自社の専売とし、密造品の製造・流通を徹底的に取り締まった。
デモ隊の惨劇から20年が経過した。アルムの小屋ではハイジ(Alice Lucy)がペーター(Kel Matsena)と藁の上で肌を重ねていた。俺のシャツを取ってくれないか? 行かなきゃ。もうちょっといてよ。もう1回どう? 本気? 何よ。もうお仕舞いなの? 殺す気かよ。一緒にいたくないわけ? 分かってるだろ、ヤギにも愛情は必要さ。ヤギ飼いペーターって綽名は伊達じゃないぜ。うける。行きなさいよ。ハイジがシャツを投げ捨てる。出て行くペーターの尻をハイジが叩く。ペーターが出て行くと、ハイジはペンダントの2人の写真を見詰める。
ハイジの祖父アルペヒ(David Schofield)が家の扉から出て大声でハイジを呼ぶ。
ハイジがアルペヒと食卓を囲む。またペーターのところに行ってたな。どんな一日だったの? いいか、あの男は問題だ。あれくらいの年の男の頭にあるのは1つのことだけだ。傷つく前に別れた方がいい。分かってるけど、すごく好きになっちゃたの。もう大人だもの、自分のことは自分で決められるわ。分かってるだろう、わしが望むのはお前の幸せだけだ。お前はわしの全てなんだ。食事をしましょうよ。アルペヒは険しい表情のまま食事を始めるが、すぐに匙を置く。奴はいかがわしい取引に関与してるとの噂だ。出所は? 村人たちだよ。他人の噂話なんて信じないで孫娘の判断を尊重したらどうなの? お祖父さんに何が分かるの? もう食事は結構よ。ハイジが席を立つ。山羊飼いのピーターと私は相思相愛なの。それだけのことよ。ハイジが出て行くと、アルペヒはスピリッツを注いで窓辺に立ち、1人酒を呷る。分かってくれればな。
毛皮を羽織ったペーターが村の目抜き通りを降っていく。ペーターは村人たちの目を惹く。ペーターが1軒の建物に入っていく。お前か? 密売人(Dominique Jann)が尋ねる。いかにも。ペーターはバッグからチーズを取り出してテーブルに載せる。話が早い。気に入った。手下(Pascal Holzer)がナイフでチーズを切り出し口にする。濃厚でクリーミー、滑らかな食感、絶品だ。このヤギのチーズはずば抜けてる。かつて流通してたものとは比べものにならない。密売人が札束を渡す。お前さんの噂は間違いじゃなかった。幸せなヤギが幸せなチーズを生むんだ。
スイス。アルプスにあるグラウビュンデン州マイエンフェルト。ハイジ(Alice Lucy)は祖父アルペヒ(David Schofield)とともに、アルムで生活を送っている。ハイジは山羊飼いのペーター(Kel Matsena)と相思相愛だが、ペーターには闇取引に手を染めているとの噂があり、アルペヒは孫娘の山羊飼いとの交際にいい顔をしない。ある日、ハイジとペーターが村へ降りると、ペーターが兵士に逮捕されてしまう。独裁者マイリ大統領(Casper Van Dien)の下、チーズは大統領経営のマイリズチーズ社の専売とされていたが、ペーターは自家製チーズを流通させていたのだ。クノール司令官(Max Rüdlinger)は見せしめに村人たちの前でペーターを射殺する。恋人の殺害場面を目の当たりにして絶叫するハイジをマイリ好みだと見たクノールは彼女を手に入れようとする。アルムの祖父の家に逃げ込む直前でハイジはクノールに捕まってしまう。アルペヒは孫娘を奪還しようと狙撃するが、運悪く打たれた兵士の誤射により燃料に引火して爆発が起き、アルペヒの家は焔に包まれてしまう。護送車でハイジはクララ(Almar G. Sato)と一緒になる。2人はロットヴァイラー(Katja Kolm)が管理する女子矯正監獄に連行された。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ヨハンナ・シュピリ(Johanna Spyri)の『アルプスの少女ハイジ(Heidis Lehr- und Wanderjahre/Heidi kann brauchen, was es gelernt hat)』を下敷きとしたアクション・コメディ。スプラッター作品としてR18+に指定されているのだろうか。リアリティではなく過剰な効果が狙われているために、ホラー要素は薄い。児童文学が下敷きになっているために高いハードルを掲げておく必要があったのかもしれない
マイリ大統領とスイス政府はアドルフ・ヒトラー総統のナチス・ドイツのパロディとして描かれている。マイリは自ら経営するマイリズ・チーズ社によるチーズの専売を行うとともに、チーズを通じた世界征服を目論む。そのため、シュヴィルゲーベル博士(Pascal Ulli)に従順で強靱な肉体を生むチーズの開発を急がせている。
ペーターの伝統的な手法によるヤギのチーズが、シュヴィルゲーベル博士の科学的製法のチーズに対置される。そこにはミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq)の『セロトニン(Sérotonine)』と共通の問題意識が窺える。そして、動物の福祉の問題と人間の家畜化の問題とが同根であることにも主張は及んでいる。マイリズ・チーズ社の工場で家畜として扱われる女性たちは、スタジアムで格闘を見せる矯正された女性たち、さらには女性たちの格闘を眺める群衆たちに等しいのだ。