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芸術鑑賞の備忘録

映画『山女』

映画『山女』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の日本・アメリカ合作映画。
100分。
監督は、福永壮志。
脚本は、福永壮志と長田育恵。
撮影は、ダニエル・サティノフ。
照明は、宮西孝明。
美術は、寒河江陽子。
録音は、西山徹。
整音は、チェ・ソンロク。
装飾は、柴田博英。
衣装は、宮本まさ江
メイクは、金森恵。
かつらは、荒井孝治。
特殊メイクデザインは、百武朋。
VFXスーパーバイザーは、オダイッセイ。
編集は、クリストファー・マコト・ヨギ。
音楽は、アレックス・チャン・ハンタイ。

 

18世紀後半。陸奥国遠野。冷害2年目の夏。
息め。農家で産婆を務める老女が声をかける。産婦が天井からぶら下げた綱を握って息む。男は表に出て藁の荒打ちをしている。凛(山田杏奈)が少し離れた位置で籠を脇に置いて待機している。赤ん坊の泣き声がすると、男が家に入る。仕方ない。男は赤子を抱き、老女から渡された布で包む。しばらくして、赤ん坊の鳴き声が止む。涙を流す男。凛が門口に立つ。女が布に包まれた嬰児の亡骸を差し出すと、凛が受け取って、籠に入れる。凛は袋を取り出し、銭を受け取る。ありがとがんす。礼を言う凛を女は黙って睨み付ける。凛は嬰児の亡骸を背負い、家の前の田を抜けて行く。田では籾の生育を確認する角松(川瀬陽太)の姿がある。注連縄の張られた場所を潜り、薄の原を抜け、河原へ向かう。次は人さ生まれて来ては駄目だよ。赤ん坊に囁いて川に流した凛は、その流れの先に聳える早池峰山に向かって手を合わせる。
巫女の老女(白川和子)が部屋に設えた祭壇に向かって祈りを捧げる。その後ろでは、名主(品川徹)や組頭の治五郎(でんでん)と何名か本百姓の男たちが控え、婆様のお告げを待っている。巫女が人形を手にすると、これから辛抱しなければならないとの言葉を伝える。
凛が鍬で穴を掘っている。まだ終らないのか。父の伊兵衛(永瀬正敏)が手押し車を押してやって来る。もうそれくらいでいい。伊兵衛が藁で覆ったものを置いて立ち去る。
凛が水を汲みに行くと、井戸端には3人の女がいる。離れた場所からおはようと声を掛けるが、誰も凛に反応しない。水を汲み終えた春(三浦透子)が黙って立ち去った。お前はここで水を汲むな、穢れる。先日嬰児を託した女は凛に吐き捨てるように言う。
帰ったよ。お姉ちゃん、お帰り。庄吉(込江大牙)は家の前で草鞋作りをしている。水瓶に汲んできた水を移すと、凛は弟の隣に行く。途中で摘んできた白い花を手渡す。庄吉はその匂いを嗅ぐ。白い竜胆は珍しいからきっといいことがあると凛は弟に告げる。
夜。一家3人で火を囲む。伊兵衛は器を凛に差し出しお代わりを求める。父は続いて庄吉の器を取って、弟の分も凛に求める。庄吉は姉が食べていないのではないかと遠慮する。鍋にはほどんど残っていないが、凛は大丈夫だと言う。伊兵衛は庄吉に食べるよう促す。
火を囲んで凛と庄吉が草鞋作りをする。凛が弟に藁の編み方について助言する。庄吉は、昼間に雀のの雛が落ちて来たので埋めてやったが、雛は早池峰山に行かないのかと疑問に思ったと口にする。凛は早池峰山に行くのは人間の魂だけだと言う。人間ならみんな行けるのか? んだ。罪人も善人も、貧乏人も金持ちも、みんなだ。早池峰山の女神は誰だって迎えてくれる。優しい女神様だな…。うわっ! 突然眠っていた伊兵衛が声を上げる。悪夢から覚めた父親は子供たちに薪がもったいないと早く寝るように言う。
名主の屋敷の前に村の男たちが殺到する。治五郎が並べと言い付ける。お救い米はこれでお仕舞いだ。大事に食え。この先は辛抱しねえと駄目だぞ。治五郎は1人1枡の米を渡してやる。伊兵衛の番になると、治五郎は一旦枡で掬った米を減らしてから差し出す。何でこれだけ? 田の広さに応じてだ。お前は持ってねえ。恨むならお前の曾爺さんを恨め。いつまで恨めばいいってや! 汚れ仕事する奴いなくなるぞ! 治五郎に食ってかかる伊兵衛を村人たちが殴る。
泰蔵(二ノ宮隆太郎)が馬を引いて山道を歩いていると、行き倒れた男がいた。声を掛けて反応がないのを確認すると、手を合わせてから懐のものを盗み取る。
泰蔵が山に水を飲ませに河原に立ち寄ると、そこには凛の姿があった。

 

18世紀後半。陸奥国盛岡藩領、遠野にある村。凛(山田杏奈)は家事をこなし、盲目の弟・庄吉(込江大牙)の面倒を見るだけでなく、父・伊兵衛(永瀬正敏)の引き受ける汚れ仕事の手伝いをさせられている。曾祖父の犯した罪で田畑を没収された伊兵衛の一家を、、村人たちは皆蔑んでいた。凛に想いを寄せる馬子の泰蔵(二ノ宮隆太郎)だけが親切だった。冷害が起きて2年目の夏を迎え、村人の生活は困窮を極めていた。名主(品川徹)には打つ手が無く、巫女(白川和子)も辛抱せよと告げるだけだった。僅かな施米を組頭の治五郎(でんでん)に削られた伊兵衛が楯突くと、村人たちは伊兵衛を痛めつける。ある晩、伊兵衛は米を盗み出すが、すぐに露見し、名主や組頭が村人たちを率いて伊兵衛の家に押しかける。

(以下では、冒頭以外の内容、結末についても言及する。)

村で差別される伊兵衛の一家で、凛は父親に搾取される立場にある。凛が縋るのは、人々の魂を受け入れる早池峰山である。現世に絶望する凛には、死者の世界が救いとなる。
凛は父親の罪を被って山に逃げ込む。注連縄を潜り、山の神の領域との結界を越える。そこで凛は俗世のしがらみから解放され、人間らしく存在できる。衣を脱ぎ捨て裸になるのは、その象徴である。
だが村人たち、そして父親は、凛の解放を許すことはない。自らの利益のため凛を文字通り犠牲にしようとする。
早池峰山(の女神)は、凛の祈りを聞き入れる。業火の責め苦に苛まれることのないよう雷を落とす。稲妻は、稲に実りをもたらすだろう。そして、凛は早池峰山に迎えられるのだ。