展覧会『石場文子個展「視点の位置 」』を鑑賞しての備忘録
Miaki Galleryにて、2023年6月24日~7月22日。
空間を平面に、あるいは平面を空間に転換してみせる写真やオブジェ約20点を通じて、平面と立体との視覚認識の曖昧さを表現する、石場文子の個展。
《2.5(ポット)》は、壁際の棚の上に置かれたポットを捉えた写真。白いポットには、それを横から描くときの輪郭線に当たる部分に黒い線を描き入れ、また、棚と壁との境にも黒い線を引いた上で、撮影されている。その「輪郭線」が写真に絵画に見える効果を生じさせる。タイトルの「2.5」は、物体の3次元的形状を、一方向から見える範囲で表す「2.5次元」に由来する。3次元のポットを被写体とした写真が2次元(平面作品)であるのは当然だが、写真を見るときには2次元の平面に現れたイメージではなく、3次元の被写体の姿を思い浮かべてしまっているという現実を浮き彫りにする。
《2.5(ポット)》の右隣には、《2.5(紙)》は、壁際の棚の上に置かれたくしゃくしゃに丸めた白い紙を捉えた写真。丸めた紙、及び棚と壁との間には輪郭線に相当する黒い線が描き入れられている。画角が異なるために、画中における棚の面積がより広い。また、壁には汚れを隠すように白く塗り潰した部分があり、その刷毛目が絵画としての印象をより強めている。つい「騙し絵」としての効果に目を奪われてしまうが、この作品自体、静物画として魅力的である。
《2.5(ポット)》と《2.5(紙)》とは、ともに額装されて、それぞれ秤に置かれている。秤は同じ形状だが、量ることのできる最大重量が異なる。《2.5(ポット)》を載せた秤《wight of image》には黒いマジックで"image"と書かれ、350グラムを指している。《2.5(紙)》を載せた秤《wight of material》には、"material"と記され、1580グラムを指している。《wight of image》は写真《2.5(ポット)》のモティーフであるポットの重さを、《wight of material》は、額装された《2.5(紙)》という作品自体の重さを、それぞれ表示している。写真を見る際、は2次元のイメージではなく、3次元の被写体の姿を思い浮かべていることを重ねて意識に上らせる仕掛けである。
《"(ポット)"のかたまり》は、ポットをビニール製の真空パックに封入し、その表面を黒く塗り潰した作品。ポット自体の提示でありながら、直接に見えるのは黒いパッケージであるという点で、ポットの姿は見えながらポット自体ではない写真作品《2.5(ポット)》と逆の性質を有している。同時に、全面が黒く塗られたビニールのパッケージであるにも拘らず、そこにポットの姿を見てしまうという点では、《"(ポット)"のかたまり》と《2.5(ポット)》とでモティーフのポットを捉えるという同じ認識の仕方をしているとも言える。また、真空パックによりパッケージされたポットという立体作品なのか、あるいはポットを包み込みつつ黒いインクを載せた真空パックという支持体の平面作品なのかという問いかけでもある。黒く塗った真空パックと、インクを載せた紙である写真(あるいは、絵具を載せた布や紙である絵画)との間にそれほどの距離はない。因みに、表面を黒く塗り潰しかけたティーポット(《"(ポット)"のかたまり》のポットとは異なる)を捉えた写真作品《2.5(無題)》と、そのポットの表面の塗り潰された面積を計算して黒いインクの平面作品に置き換えた《ink_(無題)》は、写真や絵画が絵具やインクを見ているに過ぎないという点をより劇的に表現した作品である。
本展のメインヴィジュアルに採用された写真作品《2と3のあいだ(洗面台)》は、洗面台、ヒーター、鏡とそこに映ったエアコンなどに黒い線を描き入れることで、「輪郭線」の効果によって絵画のように平面的な作品との印象が強められた作品である。「2.5」シリーズと同じ主題の作品と言える。とりわけ、洗面台の上の硝子コップと歯ブラシは、描いたものにしか見えない。作家はトリック・アートを制作している訳ではないが(額装して写真作品であることを明確にしている)、ついギャラリーの中に洗面所があるとの誤認を誘う展示を夢想してしまう。
「Laundry」シリーズは、洗濯ハンガーに吊した洗濯物に見える紙を撮影した写真のシリーズ。天井から吊して展示してある。《Laundry#4》は青い洗濯ハンガーに白いタオル1枚と赤と白のストライプのハンカチ2枚が吊されている様子を捉えているように見えるが、タオルやハンカチは実は白い紙と赤と白のストライクを印刷した紙である。2次元の紙を3次元の洗濯物と誤認してしまうという点で、3次元の被写体を2次元に見せる「2.5」シリーズと逆の趣向の作品と言える。なお、作品を吊しているのは、写真自体を洗濯物のように扱っているだけでなく、背面を見せる仕掛けでもある。