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芸術鑑賞の備忘録

映画『ヴァチカンのエクソシスト』

映画『ヴァチカンのエクソシスト』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のアメリカ・イギリス・スペイン合作映画。
103分。
監督は、ジュリアス・エイバリー(Julius Avery)。
原作は、ガブリエーレ・アモルト(Gabriele Amorth)の回顧録エクソシストは語る(Un esorcista racconta)』及び"Nuovi racconti di un esorcista"。
原案は、R・ディーン・マクレアリー(R. Dean McCreary)、チェスター・ヘイスティングス(Chester Hastings)、ジェフ・カッツ(Jeff Katz)。
脚本は、マイケル・ペトローニ(Michael Petroni)とエバン・スピリオトポウロス(Evan Spiliotopoulos)。
撮影は、カリッド・モタセブ(Khalid Mohtaseb)。
美術は、アラン・ギルモア(Alan Gilmore)。
衣装は、ローラ・マリー・ムーガン(Lorna Marie Mugan)。
編集は、マット・エバンス(Matt Evans)。
音楽は、ジェド・カーゼル(Jed Kurzel)。
原題は、"The Pope's Exorcist"。

 

「悪魔を嘲笑い、悪魔など存在しないと自らに言い聞かせるとき、悪魔は至福を感じるだろう。」ガブリエーレ・アモルト神父。ヴァチカン首席祓魔師。1986-2016。
1987年6月4日。イタリア、トロペア。ガブリエーレ・アモルト(Russell Crowe)が夜道をスクーターで駆け抜ける。1軒の家の前でスクーターを停め、鞄を手にする。家の周りには人々が集まっている。家の前にいた老人の連れた豚が目に入る。良さそうだ。きっと最高ですよ、神父。ガブリエーレがジャンニ神父(Alessandro Gruttadauria)に案内されて家に入ると、一家が食卓に集まっていた。奥から激しい喚き声が聞こえる。少年が典型的な憑依の兆候を示しています、アモルト神父。医者には診せたのか? 多くの医師に。憑依の兆候は何かね? 英語で話すのです。彼が英語で話したことは? これまで一度もありません。テレビはあるかね? そう思いますが。分かった、ありがとう。ガブリエーレが食卓に近付く。少女(Laila Barwick)が絵を描いている。何を描いてるのかな? 鳥よ。いいね。私にはね、とても大切な仕事があるんだ。主の祈りは知ってるかな? はい、神父様。よろしい。お嬢ちゃんはお兄さんを助けることができるよ。主の祈りを何度も何度も繰り返して欲しい。他のことは考えないで、唱え続けて欲しいんだ。分かるかな? はい、神父様。ガブリエーレに促され、少女は主の祈りを唱え始める。奥の部屋のベッドには青年(River Hawkins)が縛り付けられ、叫び声を上げ続けている。ガブリエーレが十字を切って近付く。私は選ばれし者だ。私はサタンだ。私は口汚い怪物だ。信じられんね。お前は疑うのか? サタンなら私の名前が分かるだろう? 地獄とはどんな所だね? すぐに知ることになるさ。私の質問には答えないんだね。揶揄うのか! ガブリエーレは激昂する青年に十字を彫り込んだメダルを見せる。答えよ、サタン。なぜこの若者に憑依したのか? 何故もっと力のある人物にしなかったのか? 誰でも選んだ者に憑依できるのさ。ジャンニ神父に憑依できるかね? 司教は? 誰でも、何にでもだ! 信じられんね。この豚に憑依なんて出来るものかね。ジャンニ神父が連れてきた老人の豚を若者に示す。力があるんだろう。豚に憑依できるかね? もちろんできるとも。じゃあやって見せなさい。冥府の王たる力を示してくれ。ガブリエーレが豚に憑依するよう何度もけしかける。若者が気を失ったところで老人に銃で豚を撃ち殺させる。血飛沫を浴びたジャンニ神父が驚愕する。ガブリエーレは若者の頭を撫でる。落ち着きなさい。神がお前を祝福する。もう寝ても構わんよ。悪魔は去ったのだ。
1987年7月1日。スペイン、旧カスティーリャ地域。ジュリア・ヴァスケス(Alex Essoe)が運転する車が山道を抜ける。助手席では娘のエイミー(Laurel Marsden)が脚を投げ出して退屈そうにしている。エイミー、アメリカじゃないの。そんな服じゃ駄目よ。母は娘が脚を大胆に露出した服に注文を付ける。なんで? 建設作業員の人たちの目があるからよ。エイミーは露骨に嫌な顔をする。ジュリアは後部座席のヘンリー(Peter DeSouza-Feighoney)にも声をかけるが、ヘッドフォンをした息子からは何の反応も無い。溜息をつくジュリア。車は改修作業中の古い修道院に到着する。
で、全て捨てて来てこれなの? 車から降りるなりエイミーが吐き捨てる。エイミー、言わなくていいわ。私の言いたいことが分かる訳? そうよ、だから聞きたくないの。どう思う? 格好良くない? ジュリアの問いかけにヘンリーは何も答えない。
ヴァチカン。ホールに飾られた大天使聖ミカエルの絵画を眺めるガブリエーレ。通りがかった若い修道女たちを揶揄うのも忘れない。隣にやって来た司教のルムンバ(Cornell John)にガブリエーレが尋ねる。聖ミカエルがサタンを殺害する好機を活かさなかったのは何故かね? それは神学の問題だ。おそらくは慈悲だったんだろう、聖ミカエルが剣を収めたのは。神の愛を妨げるのは人の選択の自由だけだ。たとえ呪われた者であれ、その選択を許すことによってこそ、神は神たりうる。聖ミカエルはそれを知悉している。我々は皆、裁かれる運命にある。確かに、それは愛の大きさによってだ。ガブリエーレ、心配には及ばない。私が弁護しよう。弁護? 私の信仰には弁護など必要ない。ガブリエーレが立ち去る。

 

1987年6月4日。イタリア、トロペア。教皇(Franco Nero)の特命で祓魔師を務めるガブリエーレ・アモルト(Russell Crowe)が1軒の民家を訪れた。案内役のジャンニ神父(Alessandro Gruttadauria)によれば、その家の息子(River Hawkins)が憑依の典型的な症状を見せ、医者にも原因が摑めないという。妹(Laila Barwick)らに祈りを捧げさせると、ガブリエーレはサタンに取り憑かれた青年に対峙する。ガブリエーレが徹底的に挑発して、何にでも憑依できると豪語するサタンを豚に乗り移らせると、その豚を射殺することで折伏した。
1987年7月2日。ガブリエーレは、レッジョ・カラブリア大司教の許可無くトロペアで祓魔を行った廉で、アバート枢機卿(Matthew Sim)の主宰する聴聞に喚問された。ガブリエーレが派遣された事件の98%は医師や精神科医に回す案件であったが、それが不可能な2%で祓魔は効果を上げたとルムンバ司教(Cornell John)が弁護するが、サリバン枢機卿(Ryan O'Grady)は教理省が時代にそぐわない祓魔師の職を廃するよう勧告していると指弾する。悪が存在しないなら教会の存在意義など無いと反論したガブリエーレは、糾弾するなら相手は任命権者の教皇だと言い捨てて立ち去る。
スペイン、旧カスティーリャ地域に立つサン・セバスチャン修道院。ジュリア・ヴァスケス(Alex Essoe)は、夫の唯一の遺産である修道院を改修して売却するため、アメリカから娘のエイミー(Laurel Marsden)と息子のヘンリー(Peter DeSouza-Feighoney)を伴って工事の進捗状況の確認にやって来た。ところが、天然ガスの漏出による火災で作業員が負傷したことをきっかけに建築業者が撤退してしまう。同時に、父の運転する自動車に同乗してその事故死を目撃して以来言葉を失っていたヘンリーが、悪魔に乗っ取られたように口汚い言葉を吐くようになる。医師に診断させるも原因不明、鎮静剤でお茶を濁された。途方に暮れるジュリアたちに、教区のエスキベル神父(Daniel Zovatto)を介して祓魔師のガブリエーレが派遣される。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ジュリアは夫の死とそれをきっかけとした息子ヘンリーの心因性失声症、また娘エイミーの反抗的な態度に悩んでいる。夫の唯一の遺産である修道院を売却するために改修工事を行うことにしたが、その確認のために一家でアメリカからスペインに渡ったところ、天然ガス漏出事故で計画が頓挫してしまう。環境の急変、母親の受けた精神的ショックが、ヘンリーの精神に変調を来すのも当然だろう。
悪魔は実は堕天使である。すなわち誰しも容易に悪魔になってしまう。異端審問官が実は悪魔に乗っ取られてしまっていたという、まさにミイラ取りがミイラになるという発想。悪魔になった人物が逆さ吊りになるというのは、まさに天使が悪魔に逆転する象徴的イメージだ。
ガブリエーレは、理由を付けてはウィスキーに手を出す。清濁併せ呑むバランス感覚は反転の危険を回避することに役立っているのかもしれない。
自らの犯した罪から逃れることはできない(Peccata tua inveniente te)。その罪に対する負い目が悪魔に付け込む隙を与えることになる。
Russell Croweが茶目っ気のある祓魔師ガブリエーレ・アモルト神父を魅力的なキャラクターに仕立てた。エスキベル神父演じるDaniel Zovattoとのバディ・ムーヴィーとしての展開もあり得る。