映画『リバー、流れないでよ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
監督・編集は、山口淳太。
原案・脚本は、上田誠。
撮影は、川越一成。
照明は、徳永恭弘と藤川達也。
録音は、平川鼓湖と倉貫雅矢。
美術は、相馬直樹。
装飾は、角田綾。
衣装は、清川敦子。
ヘアメイクは、松村妙子。
音楽は、滝本晃司。
雪深い鞍馬山を1人行く猟師(土佐和成)。
貴船神社の手水舎でヒサメ(久保史緒里)が柄杓で水を掬い、手を洗う。本宮で鈴を振り、頭を下げ、柏手を打つ。遠く離れた人のことを思い浮かべ、祈る。
ヒサメが石段を降りていく。
神社の鳥居の目の前には、旅館ふじやの本館と別館とが通りを挟んで立つ。玄関先で番頭(永野宗典)が落ち葉を掃いている。
ふじや別館・紅葉の間。神社に面した窓辺で紺のスーツのスギヤマ(中川晴樹)が電話している。本当にすいません、相変わらずの状況ではありますが、ようやく手を動かされ始めまして。夜までにはどうにか。電話を切った杉山が振り返る。先生、手、止まってるじゃないですか! 主人子の妻が死んじゃったじゃない。あれがどうも腑に落ちないんだよね…。作家のオバタ(近藤芳正)がテーブルのラップトップを前に呟く。殺したの先生ですから。何で死んじゃったんだってさ…。とにかく、手、動かしましょ。死ぬことは無かったんじゃないかな…。お願いしますよ、書きながら考えましょ。
ふじや別館・時鳥の間。うわー。綺麗。仲居のチノ(早織)が薄切りにした猪肉を並べた皿を差し出す。しゃぶしゃぶでお召し上がり下さい。貴船の冬はぼたん鍋なんすよ。夏だと思うでしょ、冬なんすよ。クスミ(石田剛太)が蘊蓄を傾ける。ノミヤ(諏訪雅)は軽く湯にくぐらせた肉を口にして恍惚となる。
番頭が浴衣に着替えタオルを手にしたスギヤマに気付く。お客様、お風呂は15時からでして。湧いてないの? 湧いてはいますけど…。じゃあ、いいいじゃん。スギヤマは構わず風呂へ向かう。
別館から表へ出て空を眺めスマートフォンで天気予報を確認した女将(本上まなみ)がデザートを運ぶ仲居のミコト(藤谷理子)を呼び止める。ミコトちゃん、今のお二組終ったら、お昼もう閉めちゃうわ。分かりました。
女将が本館の板場に顔を出す。お昼もう閉めちゃいます。はい。板長(角田貴志)はタク(鳥越裕貴)に先に昼に行くよう告げる。
紅葉の間。オバタが1人、PCの画面とにらめっこしている。
時鳥の間。しめは雑炊なんすよ。そう言うクスミから雑炊を装ってもらったノミヤがチノに熱燗を頼む。
板場。お先頂きました。タクが食器を下げると、板前のエイジ(酒井善史)が洗っておくと言ってくれる。あいつ、食うの早いっすね。そうか? 板長は素っ気ない。
タクは客を見送るために表に出ていた女将に食事の礼を言うと、別館で休憩を取る許可を得る。タクは廊下で葵の間の2人連れを玄関に案内するミコトと出会すと、黙って会釈する。
貴船神社の境内。ヒサメは結社にも参拝し、お神籤をおみくじ掛けに結わえる。
スギヤマが誰もいない風呂で一人湯船に浸かる。
チノが徳利を熱湯につける。
時鳥の間。雑炊を食べるクスミとノミヤ。今日は良かったわ、久しぶりにしゃべれて。本当、それだけっすか? そうそう、久しぶりに会おうっていう会。
別館の小部屋でタクが仰向けになってフランス語のテキストを読みながらイヤフォンで音声を聞いている。
女将と番頭とミコトが客を乗せたタクシーを見送り頭を下げる。雪かきの準備しておいてくれない? 降りそうですか? この後降るっぽいの。冬、長いですね。電線また切れなきゃいいですけどね。ミコトちゃん、葵の片付け終ったら休憩して。分かりました。後、ビールも見といて。
ミコトがパントリーに向かい、ビールの在庫を確認する。しばし物思いに耽るミコト。裏口を出て目の前を流れる貴船川を前に佇み、タクを想う。
ミコトは裏口からパントリーの階段を上がると、ちょうど番頭が玄関から入ってくる。手伝うよ。ありがとうございます。雪なんですね。寒い訳よ。2人は葵の間へ。今日、サミットやってるでしょ。やってますね、国際会館で。駅のトイレで不審物見つかったらしいよ。ええ? テロとかですかね。かもしれないね。いかんね。世間はきな臭くて。貴船は平和ですね。2人は食器を盆に移し、卓を拭く。フウカちゃん、そろそろ春休みですか? やっと会えますね。それが大学で彼氏が出来たらしくて。その彼を家に連れて来るって言うのよ。いいじゃないですか。良くないよ、どの面さげて会えばいいのよ。親の面で会えばいいんですよ。でも、早くない? 親の公認が欲しいんですよ。どんな人なんですか? サークルの後輩。年下だ。後は、分からんよ。いいなあ。一緒に写真撮って下さいよ。それはいいよ。2人が食器を載せた盆を持って部屋を出て行く。
ミコトが川の前に佇んでいる。怪訝な顔をするミコト。裏口からパントリーの階段を上がっていく。玄関から女将と番頭が入ってくる。…手伝うよ。番頭の様子がおかしい。ありがとうございます。雪なんですね。寒い訳よ。葵の間に向かうと、卓の上には片付けられず食器が置かれたままだった。何かデジャヴすごいんですけど。君も? 僕もなのよ。そうなんですか? さっきの会話もしたし、この片付けもやったような。私もそうなんですよ。すごい既視感あります。今日ね、サミットやってるでしょ。やってます、国際会館で。駅のトイレで…。不審物! 何で知ってるの? 聞いた気がしますもん。僕も言った気がするのよ。これ、デジャヴの域、超えてますよ。予知ですよ、予知。気持ち悪いねえ…。フウカちゃん、彼氏できました? できた、できた! 今度、家に連れて来るって。その写真をあなた見たがって…。そうです! 彼はフウカよりも? 年下! 番頭が大きく頷く。う~ん、これどういう現象?
ミコトが川の前に佇んでいる。何! ミコトは慌ててパントリーの階段を駆け上がる。
冬。京都。貴船山と鞍馬山の山峡に鎮座する、水神の総本宮・貴船神社。二の鳥居の目の前に、通りを挟んで旅館ふじやの本館と別館が立つ。
15時前。昼食を取り、旅館を発つ2人客とともに仲居のミコト(藤谷理子)が玄関に向かう際、板前のタク(鳥越裕貴)が休憩に行くのと出会す。女将(本上まなみ)と番頭(永野宗典)とともに客を見送ったミコトは、ビールの在庫の確認と葵の間の片付けをして休憩をとるよう言われる。ミコトはパントリーでビールをチェクすると、しばし裏口を出て貴船川を前にタクを想う。ミコトが葵の間の食器を下げるのを番頭が手伝ってくれた。大学生の娘が彼氏を家に連れて来ると戸惑う番頭に写真を一緒に撮って見せて欲しいとねだるミコト。2人が片付けを終えて部屋を出る。ミコトは川の前に佇んでいるのに気が付く。ミコトは番頭とともに葵の間の片付けに向かう。強い既視感に襲われるミコト。それは番頭も同じだった。2人は同じような会話を繰り返し、食器を下げる。ミコトは再び川の前に佇む自分に気付き激しく動揺する。番頭とともに葵の間に行くと食器は片付けられないまま置かれていた。2人が同じ事を繰り返していると女将に訴えるが、女将は腑に落ちない様子。そこに仲居のチノ(早織)が現れ、熱燗の徳利が鍋の中に戻ってしまうと嘆く。板長(角田貴志)も食器を洗っても何故か洗い終わらないと愚痴りながら出てきて、板前のエイジ(酒井善史)はタイムループが起きていると推測する。時鳥の間の滞在客クスミ(石田剛太)とノミヤ(諏訪雅)はぼたん鍋のしめの雑炊が食べても減らないと不思議がる。紅葉の間で缶詰にされている作家のオバタ(近藤芳正)は、編集者のスギヤマ(中川晴樹)の姿がないと言って探しに出て来た。ミコトは川の前に佇む自分に気が付く。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
2分間のタイムループに陥った旅館の人々が原因を究明して脱出の方法を探る。
仲居のミコトは、気付くと、貴船川を前に佇んでいる。平和な貴船で板前のタクとの幸せな日々が続くことを貴船神社の水神に強く願った2分前に。祈りが天に届いたかのようだった。
一緒に葵の間の片付けをした番頭もタイムループに気付く。時鳥の間の客のために熱燗をつけていた仲居のチノも、板長や板前のエイジも。女将はタイムループに気付いていない。ぼたん鍋を食べていた時鳥の間のクスミとノミヤ、紅葉の間の作家オバタも動顚して部屋を出て来る。
板前のエイジはタイムループの原因を探り、対策を練ると言って、皆が参加する会議を催す。本館の3階の大広間で行われる会議に参加するためには、ミコトの場合、通りを挟んだ別館の階下に当たる裏手の川の前から移動しなくてはならない。物理的には初期化されるが、精神的には初期化されない(記憶は残っている)ため、しんどさを感じる。疲労は肉体的だけでなく精神的なものでもあるのだ。
貴船は貴船山と鞍馬山の山峡の地であり、さらに主に旅館ふじやという限定された空間を舞台としたクエストとなっている。言わばリアル脱出ゲームの映画化である。2分間で初期位置に強制的に戻されてしまうというゲーム性ないしスリルが、ミコトのバディ(ないしパーティー)の組み替えと探索場所による変化と相俟って、延々と続く繰り返しを飽きさせないものにしている。
核となるのはミコトとタクとの恋愛である。冒頭、接客中のミコトに対して休憩に入るタクが見せる会釈、それに対するミコトのわずかに辛そうな表情でのみ示唆される。だが、そこに流れる空気の違和感は確実に観客に引っ掛かりを作る。そして、想いが伝わらずもどかしい思いをしているミコトがタクとの幸せを願う。それが時間を歪めてしまう(と思い込む)。ミコトとタクとの恋愛は、タイムループの騒動(とりわけ裸のスギヤマのもたらすドタバタ)に紛れて、一旦は後景に退く。そして、休憩でフランス語を勉強していて同じ音声を繰り返し聞いていたためにタイムループに気付かなかったタク――タクの鈍感さ、不器用さがミコトをやきもきさせていたことが手に取るように分かるではないか――が、ようやくタイムループに気付くところから、ようやくミコトとの恋愛物語が動き出す。そして、2人の「デート」である。ミコトの願いは叶えられるが、それは思いがけず「逃避行」の形をとる。通常のデートにはあり得ない、恰も映画のようなスパイスが振り掛けられる。それは『ローマの休日(Roman Holiday)』のアナロジーであることが明示されるだろう。
とりわけ藤谷理子が乙女心を表現して見事であった。
映画自体、タイムループである。その可能性は果てしない。