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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界 “ただ、いま、ここ”』

展覧会『第八次椿会 ツバキカイ 8 このあたらしい世界 “ただ、いま、ここ”』を鑑賞しての備忘録
資生堂ギャラリーにて、2023年10月31日~12月24日。

資生堂ギャラリーが1947年の活動再開に際し催したグループ展「椿会」。第八次椿会は、杉戸洋、中村竜治、Nerhol、ミヤギフトシ、宮永愛子、目[mé]の6組で構成され、2021年から3年間に渡りパンデミック後の「あたらしい世界」を構想してきた。2021年の「触発」、2022年の「探求」に続く最終回は、「放置」と「無関心」をキーワードに制作された作品が会場を飾る。

会場は地下に広がる展示室。会場へと続く階段の踊り場は、吹き抜けの展示室の一部を見渡せる。そこには、ミヤギフトシのインスタレーションが設置されている。台の上には5枚の紙、インク壺、万年筆、針山が置かれ、青い絹色で"紙に"Ecoute ! Ecoute !"と刺繍されている。自らの小説『幾夜』に登場する最後のセリフ「光を受けきらめく金色のペン先を、私は波のように走らせる」を表現したもの。「聞いて! 聞いて!(Ecoute! Ecoute!)」は、アロイジウス・ベルトラン(Aloysius Bertrand)の詩「オンディーヌ(Ondine)」からの引用である。水の精(オンディーヌ)の訴えに耳を貸すことは、彼女によって水中に引き摺り込まれることになる。
引き摺り込まれる先は、地下の展示室である。ミヤギフトシは壁面に水辺を捉えた写真「Banner(from Ondine)」シリーズを飾る。写真にはベルトランの「オンディーヌ」のからの引用が刺繍されている。実際、会場は海として構想されている。海面の一部を三角錐状に切り出してきたような立体物は、目[mé]の《景体 2#2》である。宮永愛子の《海の頂》は緑のガラスの破片が波を表現する。杉戸洋の《海と芋》は、板ガラスによる波の上にサツマイモの模型を3つ並べている。
Nerholの写真作品は、雑草のように会場の隅にひっそり隠れている。いずれも帰化植物、すなわち海を渡って来た植物をモティーフにしている。杉戸洋のサツマイモも海を越えてもたらされたのであった。列島にやって来た人もまた帰化植物であり、サツマイモであることは言を俟たない。
中村竜治《無関係》は、4つの立体物から成るが、そのうち2つが白い直方体の柱で、展示室の床と天井とを繋いでいる。これは降雨や気化といった水の循環と目される。
宮永愛子の《詩を包む―ホワイトローズ――》は、水たまりのようなガラスの中に香水を染み込ませた石を閉じ込めている。水は変奏しながら循環し、含み込んだメッセージを伝え続ける。タイトルに空かされている通り、水は文学である。
全ては海に流れ込む。無関係だったもの同士が、「ただ、いま、ここ」を共有し、束の間の関係を結ぶ。だがお互いは蒸散してしまう。責めて記憶に留めたいとの儚い願いが、水の中に包み込まれる。「ただいま」と「ここ」での再会の願いが。