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芸術鑑賞の備忘録

映画『ロマンスドール』

映画『ロマンスドール』を鑑賞しての備忘録
2020年の日本映画。
監督・脚本は、タナダユキ
原作は、タナダユキの小説「ロマンスドール」。

蝉時雨の中、北村哲雄(高橋一生)はベッドで妻・園子(蒼井優)を抱きしめている。
10年前。美大出身の哲雄は、先輩の紹介を受けてある町工場を訪れる。シャッターが半分降りたままで、声をかけても返事がない。引き返そうとしたところで、買い出しに出ていた田代まりあ(渡辺えり)に声をかけられる。中に招き入れられると、そこはラブドールの工場だった。うたた寝していた造形師の相川金次(きたろう)はどこに眠っていたのか羊羹を取り出してそそくさと切り分けて哲雄に差し出し、ラブドールの歴史を熱く語って聞かせる。何としても哲雄を採用したかったのだ。職がなく金に困っていた哲雄は、相川や田代との温度差を感じつつも、その場で働くことを決める。相川の熱心な指導の下、北村は早速試作品を完成させる。だが社長の久保田薫(ピエール瀧)に、哲雄のラブドールの胸は大きいだけでリアリティがないと却下されてしまう。相川に飲みに連れて行かれた哲雄は、最近いつ女性の胸に触れたのかと問われる。3年は触れていないという哲雄に、相川はそれではリアリティが出せないと嘆く。女性の体から直接型取りするという相川の温めていたアイデアに、哲雄は絵画や彫刻などの美術モデルにお願いしてはどうかと提案する。相川は哲雄の案を採用し、なおかつ確実に仕事を完遂するため、ラブドールではなく、乳房再建用の医療用途であることにして募集しようと言い張る。募集に応じた美術モデルの小沢園子が工場を訪れる。型取りを終えた後、相川は園子に、作品の精度を高めるために哲雄に実際に胸を触らせて欲しいと頼み込む。園子の承諾を得てその胸に触れた哲雄は、園子にこれまでにない強い恋心を抱いてしまう。園子が去った後、彼女がイヤリングを忘れたことに気が付いた哲雄は、彼女を必死に追いかける。駅で園子に追いついた哲雄は、イヤリングを渡すとともに、唐突に園子に付き合って欲しいと告げるのだった。

 

(以下では、結末を含めた内容に触れる点もある。)

 

永遠は、失われることのみに存する。ラブドールを扱い、コミカルな雰囲気を纏わせて、軽やかに切ない機微を伝える。
冒頭の蝉時雨は、蝉の存在から空蝉を想起させ、ダッチワイフ(空気を入れるタイプの古いラブドール)を通じて最後のシーンへとしっかりと結びつけられているのが見事。
妻の願いを聞き入れる形で、妻をラブドールの原型として採用する夫。確実に死が迫っている妻の面影を残したいという欲求が、彫刻のような1点のみではなく、(「限定生産」とはいえ100体を制作するというように)量産されることが前提とされている点がユニーク。そこには、皆が知る貞淑で楚楚とした妻ではなく、夫だけが知る、実は「スケベな妻」を、複数の相手(あくまでもラブドールの相手)をあてがうことで弔うという、夫のユーモアと優しさとが籠められている。これは、女性作家・監督ならではの新機軸ではなかろうか。
イヤリング、指輪、など「ホール」をめぐる縁語が映像に表され、とりわけ洗濯槽を持ち込んだ点も秀逸。
相川(きたろう)の存在が、園子(蒼井優)のラブドールへの偏見をなくしたように、観客とラブドールの世界をつなげるクッションになっている。