映画『福田村事件』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
137分。
監督は、森達也。
脚本は、佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦。
撮影は、桑原正。
照明は、豊見山明長。
録音は、臼井勝。
美術は、須坂文昭。
装飾は、中込秀志。
衣装は、真柴紀子。
ヘアメイクは、清水美穂。
編集は、洲崎千恵子。
音楽は、鈴木慶一。
1923年。京城で教師をしていた澤田智一(井浦新)は妻・静子(田中麗奈)を伴い、故郷・千葉県東葛飾郡福田村に帰るべく、北総鉄道に揺られていた。遺骨の入った白い箱を抱えた喪服の女性(コムアイ)に静子が話しかける。シベリアですか? これになって帰って来ました。寒かったでしょうね。涙も小水も凍ると手紙にありました。どうしてそんなところで戦争なんて。金持ちも貧乏人もない国を潰そうとしたんですよ。智一が呟く。いけない戦争だったんですか? 戦争に良いも悪いもありません。でも、夫は名誉の戦死なんですよね? そうです、名誉の戦死ですよ。静子が女性を励ます。
北総鉄道の終点・野田町駅。遺骨を抱えた島村咲江が、駅舎の前で待ち構えていた家族や村の関係者に頭を下げる。義母・フネ(岩崎聡子)は息子の遺骨が入った箱に縋り付いて泣く。そんなフネを義父・幸定(大久保鷹)は、お国ために戦ったのだと宥める。在郷軍人会の福田村分会長の長谷川秀吉(水道橋博士)が英霊を記事にしてくれるそうだと『千葉日日』の記者・恩田楓(木竜麻生)らを咲江に紹介する。遺骨の迎えに来ていた福田村村長の田向龍一(豊原功補)が、智一に気付く。20年ぶりだな。村長になったんだな、おめでとう。世襲だよ。俺も師範学校に行きたかった。長谷川は在郷軍人会か、適材適所だな。俺は百姓になるよ。智一と龍一が話していると、長谷川が割り込んでくる。お前、朝鮮に骨を埋めるんじゃなかったのか? 静子が長谷川を遮るように日傘を開き、智一とともに立ち去る。
香川県三豊郡。薬の行商団が高瀬川の長い橋をぞろぞろと渡り始める。一行を追って川島ミヨ(葉山さら)が現われた。ノブちゃん、ちゃんとお別れしたんじゃないのかい? ミヨちゃん、よその男に盗られちゃうよ。冷やかされてどうしていいか分からない谷前信義(生駒星汰)に、親方の沼部新助(永山瑛太)が行ってこいと指図する。信義がミヨのもとに駆け付けると、ミヨはお守りを差し出す。昨日もろうた。別のお守り。じっとしてて。ミヨは信義の首にお守りを提げる。
田向村長と長谷川分会長に先導された島村幸爾の葬送の列が福田村へ向かう。村の入口では、村人たちが挙って戦没者の遺骨を出迎える。客を待たせて慌てて駆け付けた渡し守の田中倉蔵(東出昌大)を、矢島ツネ(辻しのぶ)らはこれでこそこそしないで済むねと嘲る。倉蔵と咲江との関係は村では周知の事実だった。長谷川の合図で千葉日日の香原大輔(朝井大智)が村人たちの撮影を始める。
洋装で通す静子が日傘を差して初めて訪れた夫の故郷を散策する。村の女たちが雨でも無いのに傘差すなんて何人だと静子を言い腐す中、下条トミ(MIOKO)は静子の洋装に興味を示す。
寺の境内。山伏姿の沼部が高らかに訴える。咳止め、強壮、痛み止めなら生姜の汁か煎じたオオバコ。だが難病に効く万能薬ならこの薬だ。沼部の巧みな口上に載せられ、あっとういう間に人集り。だが新米の信義はうまく立ち回ることができない。宿で夕餉の時分になっても落ち込む信義は箸が進まない。ミヨちゃんと乳繰り合ってもまだねんねだね。坂下イシ(さいとうなり)は大きな腹をさする。ノブちゃんは字が読めるからすぐに口上を覚えられるさ。西村厚(高橋雄祐)は字が読めないから自分には無理だと開き直る。藤岡敬一(杉田雷麟)は貸本屋の本を只管読んでいる。沼部の妻ユキノ(ミズモトカナコ)が器に食べ物を装ってやると、ようやく信義が箸を持つ。
島村家。土間で三和土咲江が売り歩く豆腐を用意している。居間ではフネが幸爾の位牌に手を合わせている。
智一が鍬を振り下ろして土を耕す。今日も一人か。田向村長が幼い娘(神野舞姫)を伴って現われた。村長に付いてきた長谷川は、鍬の使い方がなっていないと、腰を入れて鍬を振り下ろすよう智一に言う。澤田、もう1回頼むよ。先生、やってくれないか? 田向は長谷川とともに村の学校で教鞭を執るよう智一を説得しに来たのだった。
1923年。京城で教師をしていた澤田智一(井浦新)は、三・一独立運動の最中に起きたある出来事がトラウマとなり、妻・静子(田中麗奈)を伴い、千葉県東葛飾郡福田村に帰郷して就農することにした。北総鉄道では、シベリア出兵で戦死した夫・島村幸爾の遺骨を抱える島村咲江(コムアイ)と乗り合わせる。野田町駅では、遺族や福田村の関係者が島村幸爾の遺骨を出迎えた。その中の福田村村長の田向龍一(豊原功補)や在郷軍人会分会長の長谷川秀吉(水道橋博士)は智一と旧知の仲だった。デモクラシーを信奉する田向村長は智一に村で新教育運動の推進を求めるが、智一は兵隊に取られては意味が無いと固辞する。夫との関係が冷えていた静子は、渡し守の田中倉蔵(東出昌大)に惹かれるが、倉蔵は咲江と長く関係を持っていた。倉蔵は村の寄合で軍人を愚弄したと井草茂次(松浦祐也)から殴られる。茂次は出征中、妻マス(向里祐香)が父・貞次(柄本明)に寝取られたことで鬱屈していた。
香川県三豊郡の薬の行商団が沼部新助(永山瑛太)に率いられて出立した。新助の妻・ユキノ(ミズモトカナコ)と3人の子どもたち、新助の補佐役の坂下彌市(コガケースケ)と妊娠中の妻イシ(さいとうなり)と息子、ムードメーカーの西村厚(高橋雄祐)と妻ソデ(伊藤歌歩)と息子、高畑朝明(浦山佳樹)・サダ(金井美樹)の夫婦、読書に耽る藤岡敬一(杉田雷麟)、それに新入りの谷前信義(生駒星汰)が加わった。川島ミヨ(葉山さら)が一行を追いかけて来て、信義に前日に渡したものとは別のお守りを付けさせる。きっと守ってくれる日が来ると。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
関東大震災で結成された千葉県の自警団が香川県出身の行商人を殺害した「福田村事件」を題材とするフィクション。京城で教師をしていた教師・澤田智一が福田村に帰郷するという設定により、三・一独立運動時の日本人による朝鮮人虐殺を象徴的な出来事として、朝鮮人に対する差別・虐待が、いつか朝鮮人から報復を受けるのではないかという恐怖心を生み出していたことが事件の背景として示される。
そして、関東大震災という大きな災害が人々を襲う。夫が東京に出稼ぎに出て震災で安否不明とままとなっている、幼子を抱えた下条トミの心裡を想う。彼女の耳に入ってくる数々の噂は不安だけでなく敵のイメージを作り、勝手な復讐心を育ててしまう。
是枝裕和監督が映画『怪物』(2023)について、自分なら事件を描くが、脚本の坂元裕二は事件までの経緯を丁寧に書いていることを作家性の違いとして挙げていたが、本作でも、事件の背景事情が丁寧に描写されている。例えば、戦争による夫婦の離間が家族関係を破綻させ、その忿懣が捌け口を求めることに繋がっていく。また、新聞社が政府の宣伝機関に堕していることが、人々の認識の形成に影響し、流言飛語を増幅させたことが示される。
長谷川はアイヒマンの役回りを果している。虐殺に手を染めた長谷川の虚しい言い訳をして責任を回避するのみならず、自らを被害者の立場に置こうとする。長谷川になることを、否、長谷川の下で長谷川の命令で動く人物になることを自戒しなくてはらならない。
沼部新助が武装して殺気だつ福田村の面々を前にして放った科白、朝鮮人なら殺していいのか、に尽きる。メッセージは何より「殺すな!」だ。
個性豊かなキャストの誰もが作品の魅力を高めていて、挙げきれない。井浦新は眼鏡をかけて物思いに沈んで画になる。コムアイの色気とか、コガケースケの依怙地さとか、浦山佳樹の面構えもいい。朝鮮飴の売り子を演じた碧木愛莉もインパクトがあった。