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芸術鑑賞の備忘録

映画『弟は僕のヒーロー』

映画『弟は僕のヒーロー』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のイタリア・スペイン合作映画。
102分。
監督は、ステファノ・チパーニ(Stefano Cipani)。
原作は、ジャコモ・マッツァリオール(Giacomo Mazzariol)の小説『弟は僕のヒーロー(Mio fratello rincorre i dinosauri)』。
脚本は、ファビオ・ボニファッチ(Fabio Bonifacci)。
撮影は、セルジ・バルトロリ(Sergio Batroli)。
美術は、イヴァナ・ガルジュロ(Ivana Gargiulo)。
衣装は、ジェンマ・マスカーニ(Gemma Mascagni)。
編集は、マッシモ・クアッリア(Massimo Quaglia)。
音楽は、ルーカス・ビダル(Lucas Vidal)。
原題は、"Mio fratello rincorre i dinosauri"。

 

どんな家族にも真剣な話し合いをするための場所がある。マッツァリオール家にとってそれはディスカウントショップの駐車場だった。
エミリア=ロマーニャ州ボローニャの北郊にある田舎町。ディスカウントショップの店舗脇の駐車場に赤い車がやって来る。車を停めた父親ダヴィデ(Alessandro Gassmann)が後部座席を振り返り、キアラ(Elena Minichiello)、アリス(Victoria Perga Cerone)、ジャコモ(Luca Morello)に家族が増えると告げる。私たち妊娠してるの? 正しく言うとね、妊娠しているのは私だけよ。母親カティア(Isabella Ragonese)が言う。妹? 今度は弟だよ。やったあ、弟だ! もう姉さんたちに命令されないで済むや。ジャック、お前が幸せそうで何よりだ。だがここに来たのはもう1つ理由があるんだ。弟の名前を一緒に決めないとね。何て呼ぶ? アルトゥーロ! ミカエル! ゴクウ! ゴクウというのはまた凄い発想だな。ジェペット! 古くさいかな。ジェス。キリストとは大それた名前だ。ジョヴァンニはどうかしら。ジョーだ。ジョーか、いいな。素晴らしい。興奮したジャコモは車を降りるとジョーと連呼しながら車の周りを駆け回り、ボンネットに乗り上がる。
ジョーが生まれた日のことを覚えている。僕はキアラ、アリス、祖母とともに、エレクトロ・スプリッツというバンドで歌っていたドロレスおばさん(Rossy De Palma)の車で病院に向かった。
病院では出産を終えたカティアがダヴィデとともに赤ん坊に会えずに待たされていた。女性医師が姿を現わす。こんなの当たり前だと思います? 赤ちゃんに会えずに2時間も待たされるなんて。何か情報を頂けますか? 息子の状況はどうなんです? お坐り下さい。お子さんはダウン症です。ダウン症? ダウン症です。出生前の診断は何も行っていませんね? 羊水検査にはリスクがあると思って…。全て順調でしたから、考えもしませんでした。数カ月前の時点で判定できました。中絶の可能性もありました。ダウン症とは何ですか? どのような問題が発生する可能性があるんですか? 知的障害は100パーセント。心臓の異常が45パーセント。屈折異常が50パーセント。白内障が15パーセント…。
新生児集中治療室の前。カティアとダヴィデが沈んだ表情でガラス越しに保育器を見詰めている。カティアがダヴィデの口の端を引っ張り上げて笑顔を作らせる。みんなが来るわ。
キアラ、アリス、ジャコモ、祖母、ドロレスが病室に入って行くと、満面の笑顔を浮かべたカティアとダヴィデが賑やかに迎えた。ジョーはどこ? ジャコモが尋ねる。元気だよ、とても元気、最高に元気だ。完璧で可愛いわ。余分な染色体を持ってるくらいだからな。ドロレスが顔を曇らせる。ダウン症なんだ。ダヴィデがドロレスに伝える。どこにいるの? ジャコモがジョーに会いたがる。特別な管理の下で可愛らしさに磨きを掛けてもらってるとこさ。終ったらここに連れてきてもらえる。キアラ、パパとママは僕が生まれた時もこんなに幸せそうにしてたの? 違うよ。それじゃやっぱり凄い子なんだね。そうかもね。ジャコモは1人病室を抜け出して、新生児集中治療室へ向かう。ジャコモには遠くから眺めるジョーの保育器が鮮やかに光り輝いているように見えた。
両親の満面の笑み、特別な管理、余分な染色体。ジョーは特別だと思った。ジョーは入院が長引き、その間に引っ越すことになった。父が中心部から近い場所に掘り出し物の物件を見付けたのだ。幼かったので、古い家が城のように思えた。
ジャコモが庭にいる姉たちに言う。この家は格好いいね。違うよ、古いだけ。臭いし。キアラとアリスはジャコモの見解を言下に否定する。分かってないよ。ジャコモは家に入り、暖炉の煙突を修繕している父親に話しかける。本当のこと言ってよ。もちろん。ジョーは王様なの? 何でだ? だってこの家はお城だからだよ。ああ、そういう意味でならそうだ。まあ、王様は言い過ぎだな。公爵、いや、男爵か。そのとき呼び鈴が鳴る。ジョーが来た!
ダヴィデ、カティア、キアラ、アリス、ジャコモがバスケットに入ったジョーを覗き込む。キアラ、アリス、ジャコモは、細い目や平らな項、舌を出していること、アヒルみたいな手など、ジョーの特徴を素直に指摘する。他の星から来たんだよね? ジャック、他の星からは来てないよ。ただね、ダウン症っていうだけだ。どういうこと? 子供たちが尋ねる。…そうだな、特別だってことだ。

 

エミリア=ロマーニャ州ボローニャの北郊にあるピエーヴェ・ディ・チェント。ディスカウントショップの店舗脇の駐車場に停めた車の中で、マッツァリオール家の5人が話をしている。父親ダヴィデ(Alessandro Gassmann)がもうすぐ弟が生まれるから名前を決めようと言った。キアラ(Elena Minichiello)、アリス(Victoria Perga Cerone)の2人の姉に押さえつけられているジャコモ(Luca Morello)は弟が出来ると興奮し、母親カティア(Isabella Ragonese)のジョヴァンニという提案に愛称となるジョーを叫んで賛同する。ジョーの生まれた日、祖母とともにドロレスおばさん(Rossy De Palma)の車で病院に向かった3人の子供たちは異常に明るい両親に迎えられるが、ジョーの姿は無い。ダヴィデによれば、ジョーは特別な管理下で素晴らしさに磨きをかけてもらっているという。幼いジャコモは新生児集中治療室に隔離された弟が特別な能力を持っていると信じ込む。ジョーの入院は長引き、一家は中心部に近い建物に引っ越すことになった。姉たちは古いだけだとにべも無いが、ジャコモは王様を迎えるためにダヴィデがお城を用意したのだと興奮する。遂に家に迎えたジョーは、見た目に他の赤ん坊とは違う特徴があった。ジョーはダウン症だった。独自の時間や世界を持っていて幼いままだと聞いたジャコモは、ジョーがピーターパンのような特別な存在だと思い、姉たちに煩わされず兄弟だけで遊ぶ未来を夢見るのだった。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

キアラとアリスの2人の姉に押さえつけられていたジャコモは、弟ジョーの誕生を待ち望んでいた。ダウン症で生まれたジョーを両親や医師は特別な存在、スーパーヒーローだと説明し、幼いジャコモはそれを信じた。ジャコモはジョーの思いを想像してやり、そんなジャコモをダヴィデらが温かく見守った。
だが思春期を迎えてジャコモ(Francesco Gheghi)はジョーのことが次第に足手纏いと感じられるようになる。ジョーから離れようと遠くの高校へ進学した。一目惚れしたアリアンナ(Arianna Becheroni)に対し、格好の良いところを見せたいと背伸びをするジャコモ。音楽や煙草、ドラッグに手を出していく。そして、ジャコモはアリアンナに弟は亡くなったと噓をついてしまい、幼馴染みのヴィットーリオ(Roberto Nocchi)を呆れさせる。
弟に関する噓がバレないようにジャコモが噓を重ねるうち、とんでもない事態を招いてしまう。ジャコモの青春の苦い経験が描かれる。死んだことにしてしまったジョーが変わらず愛情を示す姿に、ジャコモは心を揺さぶられることになるだろう。
原題"Mio fratello rincorre i dinosauri"は、弟は恐竜を追い求める、の意。恐竜のぬいぐるみを持っていたり、博物館で恐竜の骨格モデルに興味を示したり、イヴェントで恐竜の風船を手に入れて喜んだり、ジョーと恐竜との結び付きが視覚的に示される。もっとも、恐竜を愛するジョーを恐竜と等号で結ぶなら、兄は恐竜=弟を追い求めると解することもできそうだ。