可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ディナー・イン・アメリカ』

映画『ディナー・イン・アメリカ』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のアメリカ映画。106分。
監督・脚本・編集は、アダム・レーマイヤー(Adam Rehmeier)。
撮影は、ジャン=フィリップ・ベルニエ(Jean-Philippe Bernier)。
原題は、"Dinner in America"。

 

虚ろな表情のサイモン(Kyle Gallner)が食堂の席に着いている。男性看護師(Yancey Fuqua)から吐き気を10段階で評価するよう求められて、「11」と答える。耳鳴りがしませんか? …金属音が…。手先がピリピリしたりしませんか? …口の中がピリピリする…。見せて下さい。看護師がサイモンの舌にライトを当ててチェックする。斜向かいの席では女性(Hannah Marks)が女性看護師(Jennifer Kincer)から同じような聴き取りを受けていた。サイモンはその女性がトレイに載せられた料理を指で弄ぶ姿を目にする。サイモンは堪えきれずに目の前に出された食事の上に嘔吐してしまう。
サイモンは治験を継続できないと判断され、8日間の参加条件を満たさなかった以上、謝礼金の満額支給はできないと医師(Ricky Wayne)から言い渡された。そんな条件無かっただろ! 当方も厳しい状況にあるのでね。施設を後にすると、バス停で一緒に治験を受けていた女性に遭遇する。もう30分待ってるのにバスが来ないの。日曜だからじゃない? 日曜だったの! ねえ、ウチに来ない? ディナーを食べていったら? その後、口でしてあげる。
ベスの家での夕食に招かれたサイモンは、缶ビールを一気に飲み干す。ベスの弟・ボビー(Sean Rogers)がサイモンを見詰める。何見てんだ? いや、…髪型が変わってるなって…。あら、素敵じゃない? ベスの母親・ベティ(Lea Thompson)の言葉には、どこか色目を使うような気配があって、ベスの父親・ビル(Nick Chinlund)は渋い顔をする。俺がいるのが気に入らない? そんなことはない。ビルとボビーは部屋の隅に置かれたテレビに流れているアメフトの試合に気を取られていた。シャワーを浴びるから後で階下に来てと言い残しベスが席を離れる。食事を終えたビルとボビーはカウチに座ってアメフトのテレビ観戦に夢中になった。ガレージに出て煙草を一服していたサイモンは、ガソリン携行缶を目にすると、それを手にして花壇の脇にガソリンを撒く。家の中に戻ったサイモンがベティに近づく。髪型を褒めたのって和ますため? ベティはそれを否定してレコードを掛ける。踊ってよ。ディナーに来てくれて嬉しいわ。ベティにサイモンが近づく。2人は相手の身体を強く求め合う。何してんの! 2人の姿を目にしたベスが叫ぶ。ベスの叫び声にビルやボビーもやって来る。彼に襲われたの。おい、違うだろ。出て行け! ビルが手にしていた缶ビールを投げつける。ボビーはサイモンに向かって突進する。怒りに駆られたサイモンは料理の並んだテーブルをひっくり返し、椅子を投げつけて窓を割り外へ飛び出す。去り際、サイモンは先ほど撒いたガソリンに火を付ける。通報しろ! ビルが叫ぶ。
青々とした芝生が広がるグラウンドには誰の姿も無い。その脇にあるバス停のベンチに座って、パティ(Emily Skeggs)が1人でハワイアン・ハンバーガーを頬張っていた。そこへジャージ姿のデレク(Nico Greetham)とブランダン(Lukas Jacob)が通りがかり、パティに卑猥な言葉を浴びせかける。パティが一言も言い返さないため調子に乗る2人は、パティ断りもなくハンバーガーに齧り付き、無地の包装紙に包まれたハンバーガーは不味いとか、ジャージが汚れたらどうしてくれるんだとか言い散らかして立ち去る。
勤め先のペットショップの店長ハンリー(Sidi Henderson)が、仔猫が糞でケージを汚しているから清掃しろとか、そのためのシャンプーを買って来いとパティに要求する。パティが裏口でジュースを飲みながら休憩していると、老人(Robert Skrok)が現われ、突然排泄を始める。
仕事帰りのバスでは、デレクとブランダンがジーナ(Lena Drake)やニッキ(Shelby Alayne)とイチャついている。パティに気が付いた4人は、彼女を負け犬だと馬鹿にして喜んだ。
パティの一家が夕食を取っている。父・ノーマン(Pat Healy)はトルティージャ・ボートがスパイシーだと目を白黒させている。母・コニー(Mary Lynn Rajskub)はレシピ通りに作っただけと答える。パティは週末にシシー(Brittany Sheets)やカレン(Sophie Bolen)と一緒にライヴに行きたいと両親に訴える。グループ名は? 「アライアンス」。何だか軍事的じゃない? 照明の明滅が身体に良くない。ロックコンサートは駄目だ。両親がパティの望みを退ける間、弟・ケヴィン(Griffin Gluck)は、姉のことを小馬鹿にして茶々を入れた。シシーとカレンを呼んでパジャマ・パーティーするのはどう? お父さんが腕に縒りを掛けてアイスクリームを作ってくれるわ。私は二十歳なのっ!
パティは自室に籠もると、カセットテープでパンクバンド「サイオプス」の音楽を流し、1人踊り狂う。ベッドに飛び込んだパティは下着の中に手を差し入れ激しく陰部を刺激する。その下半身に自らインスタント・カメラを向けて撮影する。

 

パティ(Emily Skeggs)が職場の裏口で休憩していると、警察から追われているサイモン(Kyle Gallner)に出くわす。大学に通っていたとき、音楽の講義で教授からステープラーを投げつけられるという出来事のせいで、サイモンの顔はパティの記憶に残っていた。サイモンに匿って欲しいと頼まれたパティは、彼を家に招く。サイモンは、パティがパンクバンド「サイオプス」の熱烈なファンであることを知る。彼こそ、「サイオプス」の覆面を付けたリードボーカル「ジョン・Q」だった。

以下、全篇について触れる。

パティは、「うすのろ(retard)」と周囲のあらゆる人たちに馬鹿にされ、自らもそれを自認している。両親はそんな彼女を心配して過保護に走る。パティは鬱憤の捌け口を、パンクバンド「サイオプス」の激しい音楽とメッセージに求めている。
サイモンは豊かな家庭に育ちながら、その偽善的な環境に馴染めなかったために、それに反抗するようにパンクバンドを始めた。彼が覆面を被るのは、自らの出自を消し去りたいという願望からだろう。それでも、パティの家ですらすらと祈りの文句が口を突いて出るところなどに、育ちの良さが現われる。
ところどころジョークを差し挟みながら、音楽の力も借りてストーリーを軽快に前へと進める中、パティがサイモンと「デート」した日を人生で最良の日だとサイモンに告げたり、翌日、今日は昨日以上だとサイモンに溢すシーンが一際感慨深いものとして浮かび上がる。そして、パティがサイモンに自分が「うすのろ(retard)」と思うかと尋ねると、サイモンがそれを強く否定し、「お前は完璧なパンクだ!」と訴えるシーンが、この作品で一番鑑賞者の胸に迫る場面となっている。
コメディ要素や音楽を用いた展開の軽快さだけでなく、Emily Skeggsが冴えなさとかわいらしさとを併せ持つ存在としてパティを造形したからこそ、「うすのろ(retard)」と虐げられる陰惨な場面の印象が緩和された。緑の芝生の開けた場所を背景にベンチに座ってハンバーガーを食べる登場シーンで、パティのキャラクターを示す監督の手腕も鮮やかだ。
偽善的な社会を揺るがす火を放つパンク・ロッカーをKyle Gallnerが魅力的に演じた。パティの救世主的存在は、無敵のスーパー・ヒーローではない。失敗もする人間味溢れる存在だ。自らを救うことも出来ないという意味では、かえってキリスト的なイメージが重ねられているのかもしれない。