映画『The Son 息子』を鑑賞しての備忘録
2022年製作のイギリス映画。
123分。
監督は、フロリアン・ゼレール(Florian Zeller)。
原作は、フロリアン・ゼレール(Florian Zeller)の戯曲『Le Fils』。
脚本は、フロリアン・ゼレール(Florian Zeller)とクリストファー・ハンプトン(Christopher Hampton)
撮影は、ベン・スミサード(Ben Smithard)。
美術は、サイモン・ボウルズ(Simon Bowles)。
衣装は、リサ・ダンカン(Lisa Duncan)。
編集は、ヨルゴス・ランプリノス(Yorgos Lamprinos)。
音楽は、ハンス・ジマー(Hans Zimmer)。
原題は、"The Son"。
ベッドメリーが回転してきらきらと輝く。ベビーベッドのテオを寝付かせようと
ベス(Vanessa Kirby)が子守歌をハミングしている。帰宅したピーター(Hugh Jackman)がしばしその様子を見守り、妻に声をかける。ベスが静かにとダイニングキッチンにいるよう夫にジェスチャーする。
ピーターはキッチンで電話を入れる。ジェシカ(Danielle Lewis)、ジャクソンの資料を送ってくれないか? メールの中に見当たらないんだ。今晩検討しなくちゃならない。また明日。インターホンが鳴る。ピーターが玄関に向かうと、前妻のケイト(Laura Dern)が立っていた。何の用だ? 話さなければならないことがあるの。何の断りもなく来ないでくれ。電話したのよ何度も。でも出なかったでしょ。何が問題なんだ? ニコラスのことよ。何かあったのか? ええ。話してくれ。今日の午後呼び出されたの。学校に。さっき校長に会ってきたわ。状況を説明してくれた。ニコラスがほぼ1ヶ月登校してないって。何だって? ずっと学校に行くフリをしてたの、毎朝。1ヶ月も学校に行かずにいたのに何も気付かなかったのか? 学校に向かったのよ毎朝カバンやら何やら必要なものは全部持って。何も問題は無いみたいに。登校はしていなかったの。学校は? 大量のメールを送ったって、でも受け取ってないの。あいつは1日何をしてたんだ? どこへ行ったんだ? 知らないわ、見当も付かない。私が尋ねてもほとんど答えないの。立ち話をしている2人のところにベスが顔を出す。ケイトはニコラスについて話しに来たんだ。学校に行ってないことが分かったんでね。それだけじゃないの。精神的に参ってる。話す必要があるわ。私にはどうしたらいいか分からないの。父親が必要だわ。見捨てないわよね。見捨てるつもりなんてないさ。何でそんな言い方になるんだ? この前、皿を片付けてとか、何か頼み事をしたの。憎しみの籠もった目を私に向けるの。恐ろしいわ。部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえる。明日話しに行く。仕事が終わったら後に立ち寄ろう。ありがとう。ベスは赤ん坊の世話に戻る。
ピーターのオフィス。持続可能な経営方針について調査しました。この企業の買収は当社の環境戦略にも合致したものです。環境、CSR、ガバナンスにも優れた点が認められました。合併は双方にとって有益です。アレクサンドラ(Shin-Fei Chen)の説明を聞いていたピーターが評価する。必要な情報は全て把握しています。ジェフリーに電話して手続きを進められるか確認します。ピーターがアレクサンドラとその同僚をエレベーターまで見送る。
ピーターが車をケイトの家へ向かわせる。ピーターをニコラス(Zen McGrath)が出迎える。何しに来たの? 大丈夫か? 邪魔したかな? 調子は? まあ。話したくて来たんだ。時間あるか? もちろん。ピーターが家に入り、カバンを降ろす。ニコラスはリヴィングのカウチに腰を降ろした。ピーターが息子の向かいに座る。お前が学校に行ってないって母さんから聞いた。どうなってる? 別に。つらい状況にあるのは分かっている。お前が私に怒っているのもな。だが話し合わない理由にはならない。お前は何で学校に通わないんだ? 分からない。分からないのか? 学校に行かないなんてことがあっていいはずがない。そんな選択肢はない。問題があるのか? なぜ溜息をつく? 別に理由は。あるはずだ。言ってみろ。話したくない。ニコラスは立ち上がり、自室へ。ピーターのスマホが鳴る。ピーターは溜息をつく。ニコラスはベッドに腰を降ろし爪を噛んでいた。ピーターがニコラスの部屋の入口で声をかける。話してくれなきゃ手助けできない。最近は何をやっていたんだ? どこへ行っていた? 歩いてた。歩いてた? 1人で? そう。何故だ? そんなこと許されないのは分かるだろ? しかも共通テストが迫ってるんだ。学校が退学を検討しているは分かってるよな? 母さんは追い詰められている。分かるだろ? ピーターがニコラスの隣に座って息子に訴える。母さんはおまえを寄宿学校へ入れることことを検討してる。それでいいのか? やだ。なら何か手を打たないと。このままじゃいられないんだ。何も出来ないよ。ニコラスは立ち上がり父親から離れる。なんでそんなことを言うんだ? 学校で何かあったのか? 何も。学校以外で? 話し合うことはできるだろ。出来ないよ。どう説明していいか分からない。思い浮かぶまま口にすればいいんだ。…人生。気が滅入っちゃう。うまくいかない原因は何なんだ? 分からない。変えたいけど、何を変えればいいのか。時々考えるんだ。何だ、言ってみろ。父さんと暮らしたい。俺と? 母さんと上手くいっていない。母さんは僕にはもう耐えられないんだよ。ここにいると悪いことばかり考えちゃうんだ。小さな弟と暮らしたい。そうか。寄宿学校に入れられたらおかしくなるよ。そんなことはないさ。なるよ。頭が爆発しそうなんだ。ピーターは息子を抱き締める。ときどき頭がおかしくなる気がするんだ。何を言う。どうなってるのか分からないんだ。心配するな、何とかなるさ。任せてくれ。
ピーターが車を家に向かわせる。ケイトに電話を入れ、メッセージを残す。私だ。今、話してきたところだ。聞いたら折り返しの電話をくれないか。車が橋を渡る。
弁護士のピーター・ミラー(Hugh Jackman)は、大統領予備選挙に出馬する上院議員ブライアン・ハマー(Joseph Mydell)から宿願の選挙参謀を打診され、再婚したベス(Vanessa Kirby)との間にはテオが生まれ、公私ともに順風満帆だった。ある晩、前妻のケイト(Laura Dern)が自宅に姿を現わす。ケイトと暮らす17歳の息子ニコラス(Zen McGrath)が1ヶ月も登校していなかったことが判明し、手に負えないと父親であるピーターを頼ったのだ。翌日ピーターは早速ケイトの家にニコラスを訪ねる。不登校の原因を探ろうとするが、塞ぎ込んだ息子は状況を説明しない。それでもピーターが粘り強く語りかけると、母親との関係がぎくしゃくしてお互いに耐え難いと父親との同居を求めた。乳児の世話で困憊するベスは心証の良くない義理の息子の受け容れに消極的だが、自傷行為に及ぶ息子を放っておけないと言うピーターに折れる。ピーターは顧客の案件の処理に加えハマー議員との打ち合わせを行う一方、ニコラスの転校の手続きやセラピストの手配を行う。
(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)
ピーターの父アンソニー(Anthony Hopkins)は家庭を顧みない人物であったため、ピーターには自分で道を切り拓いて現在の成功を手にしたとの自負がある。ニコラスは、そんな父ピーターと比較して自らの価値を認めることができず、しかも2年前に父がベスと新しい家庭を築いたことで自らの無価値を確証されたと思い込んでいる。ピーターは、アンソニーとは異なる理想の父親であろうとするが結果的に父と同じ轍を踏んでいること――狩猟も狩猟道具も嫌いなピーターがアンソニーから贈られた猟銃を隠し持っていることがその象徴である――に愕然とするとともに、息子にもかつての自らのように学問に励んで立身して欲しい――6歳のニコラス(George Cobell)に泳ぎを教える回想場面で表現――との望みがある。
薄暗い部屋の中で回転するベッドメリーの輝きで物語はスタートする。そこには繰り返しの予兆がある。また、ピーターの家で洗濯機の洗濯槽が大きな音を立てて回転する。ニコラスの立ち直りを目指すことが、妻子を捨てたピーターの罪悪感に由来することが、汚れを濯ぐことで示される。
ニコラスの著作の題名は"Death Can Wait"。それは、「今は死ぬんじゃない」とのピーターからニコラスへのメッセージである。
Hugh Jackmanはやはり画になる。Zen McGrathが父の業を象徴する神経過敏な息子を演じて見事であった。