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芸術鑑賞の備忘録

展覧会 山下拓也個展『愛、嫉妬、別れ(ムンクやカニエをサンプリングして)』

展覧会『山下拓也「愛、嫉妬、別れ(ムンクカニエをサンプリングして)」by TALION GALLERY』を鑑賞しての備忘録
CADAN有楽町にて、2023年3月15日~4月2日。

巨大な木版画《The Woodcut printings from the bedroom》を中心に、ラップのリリックをモティーフとした「木板でPLAY!」シリーズなど木版画で構成される、山下拓也の個展。

《【後悔】で頭の中がいっぱい!》(436mm×323mm×256mm)は、透明なアクリルの箱の中に、椅子に凭れて涙を浮かぶ女性のイラストと「あんなこと言わなきゃよかった」との言葉とが、紫、青、オレンジなどの紙に刷られた木版画が大量に仕舞われた作品。アクリルケースが象徴する頭の中が「あんなこと言わなきゃよかった」で一杯になっている状況を表わす。シリーズ作品として、頭を抱える女性と「このままだとマジで気が狂う」の《【狂気】で頭の中がいっぱい!》(436mm×323mm×293mm)、暗い部屋に這いつくばってスマートフォンを眺める男と「自分より若くて才能のあるやつがどんどん売れてゆく」の《【嫉妬】で頭の中がいっぱい!》(436mm×323mm×320mm)、1つの飲み物を共有する男女と「その人だれ?? すっごく仲が良さそう」の《【疑心暗鬼】で頭の中がいっぱい!》(436mm×323mm×334mm)も展示されている。

《木板でPLAY!(Maybe so, maybe not)》(483mm×635mm)は、Kid Cudiの"Maybe So"の歌詞"And they say that I'll heal in time / Maybe so, maybe not / Take it slow and you'll soon be fine / Maybe so, maybe not"を刷った木版画。版木である《木板のPlayer(Maybe so, maybe not)》(570mm×804mm)を音楽プレイヤーに、刷り上がった版画をその演奏に見立てている。刷り出す紙には水彩で1枚1枚異なる彩色が施され、同じ版木でも刷るたびに擦り上がりが異なることを――リリックの活字的デザインとの対照と相俟って――強調している。他にKanye Westの"Fade"を取り上げた《木板のPlayer(Fade away)》(420mm×594mm)、Kanye West & XXXTENTACIONの"True Love"を引用した《木板のPlayer(No hard Feeling)》(480mm×635mm)も展示。

展示室の中央に吊されている巨大な木版画《The Woodcut printings from the bedroom》(3200mm×2400mm)は、少女漫画の表現で膝を抱える少女を描いたもの。日本の漫画を和紙に墨で木版で刷りだした少女像は、ロイ・リキテンスタイン(Roy Lichtenstein)がアメリカン・コミックを油彩画にした《ヘア・リボンの少女(Girl with Hair Ribbon)》の向こうを張る作品とも言えよう。とりわけ前者の手描きと手彫りの線と後者の機械的なドット(トーン)の印影表現のコントラストが鮮明である。だが《The Woodcut printings from the bedroom》は実はポップアートの批判的引用を狙いとした作品ではない。別れた妻と過した寝室の床を版木に、彼女の漫画のイメージを刷り出したものであり、作家にとっては離婚の傷を癒やす減感作療法なのだ。併せて展示されている約15分の映像作品では、自宅寝室の畳を外し、床にイメージを掘り込み、ローラーでインクを掘り込み、紙を乗せ、馬楝で刷り、部屋の壁に掛ける様子が紹介されている。蚤を打ち込み、あるいは馬楝でするのは、大工仕事に通じる肉体労働に見える。その動きが、頭の中にあるネガティヴな想念を少しずつ吐き出すことに繋がるだろうか。制作中に雪が降り、作家は部屋の皿の上に雪を乗せ、ピスタチオで目鼻を飾り付けた雪だるまを作る。作者はそれを皿の上で回転させる。恰もターンテーブルを操るDJである。回転運動が象徴する繰り返しによって、雪だるまは溶けていく。版画を刷ることにより蟠りが霧消する願いが重ねられたDJプレイであった。