可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『カモン カモン』

映画『カモン カモン』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。
108分。
監督・脚本は、マイク・ミルズ(Mike Mills)。
撮影は、ロビー・ライアン(Robbie Ryan)。
美術は、ケイティ・バイロン(Katie Byron)。
衣装は、カティナ・ダナバシス(Katina Danabassis)。
編集は、ジェニファー・ベッキアレッロ(Jennifer Vecchiarello)。
音楽は、ブライス・デスナー(Bryce Dessner)とアーロン・デスナー(Aaron Dessner)。
原題は、"C'mon C'mon"。

 

デトロイトにあるホテルの1室。ジョニー(Joaquin Phoenix)が手にしたマイクに向かって考えながら少しずつ話し、録音している。これから続けざまに質問します。正しい答えとか間違った答えといったものはありません。11月2日土曜日。未来について考えるとき、どのようなものを想像しますか? 君の住む街はどのように変っていますか? 家族は同じままでしょうか? 何が記憶に残っていて、何を忘れますか? 何が怖いですか? 何に怒りますか? 孤独を感じますか? 何が幸せですか?
デトロイトの様々な場所で、ジョニーとロクサーヌ(Molly Webster)が子供たちにマイクを向けて、生活や未来についてインタヴューしている。答えたくない質問や気に入らない質問の場合、答えなくて構いません。気持ちを楽にさせたいだけなので、話したくない内容について質問していたら、本当に答えて欲しくないんです。未来はどうなると思うか、正しい道を確実に選択するために大人たちに何が出来たと思うか、といった質問が子供たちに投げ掛けられる。
夜、ホテルに戻ったジョニーが、夕食をとりながら、ノートパソコンでインタヴューの音声を確認している。ジョニーはマイクを握ると、自らの語りを録音する。デトロイトは未来でした、車は未来でした。工場は未来でした。しかし、未来は私達が思い描いていたようなものではなかった。だからデトロイトを訪れて子供たちや若者たちと話した。子供たちは物事がどう進展すると考えているのか。子供たちの生活とは今どんなものなのか。録音装置を置くと、ジョニーは物思いに沈む。病室のベッドにいる母親。ジョニー。そして、妹のヴィヴ(Gaby Hoffmann)の姿が思い浮かぶ。
ジョニーがヴィヴに電話をかける。やあ。電話くれたのね。電話して良かった? さあ、良かった? 今日になって最後まで電話するかどうか迷ってたんだ。相応しい日よ、話すのに。母さんも聞いてくれてるって思わない? 1年経ったなんて思えないよな? ええ。とっても変な感じ。今日何をすることになってたんだっけ? ジョニーとヴィヴの脳裡に、母親の介護を巡って激しく争った日々が思い返される。分からない。仕事するだけじゃ自分がろくでもない人間のように思えてさ。分かるわ。暗いホテルでただ母さんのことを考えてたらキツくてさ。だから電話したんだよ。どこなの? デトロイト。一日中子供たちにインタビューしてたんだ。この前、ジェシー(Woody Norman)がラジオで兄さんが話すのを聞いてたわ。そうか。そうなのよ。ラジオに出でたでしょ。息子にはあなたの声だって伝える必要があったけど。子供の1年って3年分あるようなもんじゃない? 確かに。声を聞けて良かったよ。自分の妹の声だって…。ジェシーは元気か? 大きくなって、人間らしくなったわ。元気よ。ポール(Scoot McNairy)はオークランドに転勤になったの。旦那が引っ越したのか? そう。それはいいの。ジェシーはかなりうまくやれてるわ。でも私は向こうに行かなくちゃならないの。夫には世話する人が必要だから。落ち着かせないとね。そうだね。そうなの。だから向かおうとしてるところなの。ジェシーは一緒かい? 私だけよ。誰がジェシーの面倒を見るんだ?
ロサンゼルス。ジョニーがタクシーを降り、ヴィヴの住まいに向かう。ジョニーを出迎えにヴィヴ。ジェシーも出てくるが誰だか分からず警戒している。ジョニー。伯父さん。私の兄。ヴィヴはジェシーに兄を紹介すると、どんな挨拶をすべきか伝え、ジェシーが鸚鵡返しに伝える。ジェシーがジョニーに家の中を細々と案内して回る。あんたは今晩ここで寝るんだって、母さんの特大の気持ちいいベッドでさ。この家で一番のベッドなんだよ。3人は食卓を囲む。ジェシーは菌類で樹木が繋がっている話を熱心に語る。ジェシーを風呂に入れた後、兄妹は二人だけで2階で話している。ポールに何があったんだ? サンフランシスコ交響楽団に好条件で招かれたの。彼の待遇にふさわしいものよ。だけど移籍したせいで彼はおかしくなってしまった。おまけに犬を飼うことにしたのよ。そんなことしちゃいけなかった。滅茶苦茶よ。で、お前が対処しなくちゃならないってことか? そう、ポールをね。ジェシーにはどう説明してるんだ? 父さんがオークランドでの生活をするのに助けがいるって。大したことじゃないし、父さんには別の機会に会いに行けるわよって。 ジェシーは俺だけで大丈夫か? 私がいない方がいいくらいよ。ジェシーが2人の前に姿を現わす。ヴィヴがジョニーに階下に降りるよう促す。大丈夫? 何が? 夜になると私を訪ねてくる「孤児」がいるの。兄さんも彼から訪問を受けるかもしれないわ。場合によってはその「孤児」は、私が子供を亡くしてて、その子がどんな子でどんなことをしたか知りたがるわ。ジェシーが外からやって来たふりをしてヴィヴに語りかける。ひどい場所からこっそり逃げてきたんだ。今晩ここで寝させてもらえない? もちろん。寒くない? そこにある私の子の部屋で、彼はここにいないから彼のベッドを使っていいわ。ありがとう。ジェシーの部屋に入る2人の後をジョニーが追う。ジェシーの奇妙な孤児ごっこは続いた。

 

ジョニー(Joaquin Phoenix)は、子供たちの声を聞いて回るジャーナリスト。仕事でデトロイト滞在中、母キャロル(Deborah Strang)の一周忌に当たる夜、母の介護を巡って諍いのあった妹ヴィヴ(Gaby Hoffmann)に電話を入れる。妹の窮状を知ったジョニーはすぐさまロサンゼルスのヴィヴの家を訪れる。ヴィヴの夫ポール(Scoot McNairy)が楽団の移籍と単身赴任とをきっかけに妄想症を発症したため、ヴィヴがオークランドに滞在する間、彼女の息子ジェシー(Woody Norman)の面倒をジョニーが引き受けることにしたのだ。ヴィヴは夫を入院させてすぐに戻る予定だったが、ポールが抵抗するために滞在が延びた。ジョニーは引き続き甥の世話をするため、予定されていたニューヨークの仕事にジェシーを帯同することにする。

ジョニーは、録音の良いところは、何気ないことを不朽にすることだとジェシーに語りかける。ジェシーは忘れてしまうだろうけれど、それでも伝えずにはいられない。子供たちの声の聴き取りの仕事もまた、どんな意義や効果があるのかは定かではない。それでも、ジョニーはその仕事に価値があると日々録音を重ねていく。そこに映画のメッセージが籠められている。"Common, common, common."か。なお、"C'mon"は字幕では「前進」とされていた。
ライマン・フランク・ボーム(Lyman Frank Baum)の『オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)』を、ジョニーやヴィヴがジェシーに読み聞かせる。また、ジョニーによって、ヴィヴの一家の状況が重ねられたAngela Hollowayの"The Bipolar Bear Family"や、Jacqueline Roseの"Mothers: An Essay on Love"から不可能な課題の解決を押し付けられた母親についての一節が作中で読まれるのが印象的。
モノクロームの画面は、視覚的情報を減らして音への感覚を高めさせるとともに、アナクロニズムの視覚的効果が狙われている。