映画『ドライビング・バニー』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のニュージーランド映画。
100分。
監督は、ゲイソン・サヴァット(Gaysorn Thavat)。
原案は、グレゴリー・キング(Gregory King)、ゲイソン・サヴァット(Gaysorn Thavat)、ソフィー・ヘンダーソン(Sophie Henderson)。
脚本は、ソフィー・ヘンダーソン(Sophie Henderson)とグレゴリー・キング(Gregory King)。
撮影は、ジニー・ローン(Ginny Loane)。
美術は、ロージー・ガスリー(Rosie Guthrie)。
衣装は、クリスティ・キャメロン(Kirsty Cameron)。
編集は、クシュラ・ディロン(Cushla Dillon)。
音楽は、カール・ヴォーヴ・スティーヴン(Karl Sölve Steven)。
原題は、"The Justice of Bunny King"。
ニュージーランド。オークランド。早朝の幹線道路の交差点。サングラスを掛け、フードを被ったバニー・キング(Essie Davis)がブラシを手に柔軟体操をしている。渋滞が始まると、動けない自動車の運転手に声を掛けてフロントガラスの清掃をさせてもらう。ペットボトルに入れた洗剤と水を掛けてブラシで擦る。小銭を稼ぐのだ。もっと腕を伸ばして! 同じく洗車をしているセム(Lively Nili)にアドヴァイスをする。すいませんね、彼はペンとノートを買うお金を貯めようとしてるんです。警察だ! 清掃していた連中が一斉に退散する。逃げろと叫ぶ。信号が変わるのを待つ通行人のふりをしてバニーはパトカーをやり過ごす。再び清掃を再開。自動車が流れ始めると、一同は業務を終了する。バニーはトラックドライヴァーからもらった煙草をジャー(Semu Filipo)にプレゼントする。
公衆トイレに入ったバニーは鏡を見て化粧を直し、脇の下を拭う。
家庭支援局の待合室。バニーが椅子に腰掛けている。受付でベビーカーを伴った若い母親(Kiri Naik)が困惑している。本当に? ええ、申し訳ありませんが、あなたの名前がありません。今日予約できるって聞いたんですけど。今日は空きがありません。なけなしの10ドルで来たのに。申請書に記入して下さい。明日の10時15分に予約を入れますから。若い母親がバニーの隣に座り、赤子をあやしながら申請書の記入をする。バニーはウェストポーチから小銭を取り出すと彼女に差し出す。評価シートをもらって苦情を書きなよ。ありがとうございます。
ソーシャル・ワーカーのアイリン(Xana Tang)に伴われて、脚の悪いシャノン(Amelie Baynes)を抱きかかえたルーベン(Angus Stevens)が姿を現わす。ルーベンが歩行器を使って立ってみるようシャノンに促す。シャノンは歩行器に手をかけて何とか立ち上がる。ルーベンが褒める。椅子に座ったまま眺めていたバニーが2人に近づく。ママ! バニーがシャノンを抱き上げる。すごく重いね。
テーブルでシャノンがお絵描きをしているのをバニーとルーベン、そしてが見守っている。シャノンちゃん、他の色を使いたくない? 好きな色を使っていいんだよ。なんでそんな風に言うわけ? シャノンはちゃんと何がしたいか分かってる。ルーベンのギプスに絵を描いていい? シャノンが兄のギプスに絵を描き始める。いつも絵を描いていると刑務所に入れられちゃうの何でだ? 何で? シュウカンになっちゃうから! バニーは親子だけにして欲しいと求めるが、記録の必要があるからとアイリンに断られる。…あ、なんだか息苦しくなって来た。話し合いは玩具の家で続けよう。それがいい! アイリンの制止にも拘わらず、バニーはシャノンを抱えて、テーブルの傍に置かれていた玩具の家に入る。シャノンはすっかり玩具の家を気に入る。クラ(Carrie Green)に誕生日にはここに連れてきて欲しい。あなたの面倒を見てるのはクラ? まま、パーティーに来られる? しょうたいじょうを作ったんだよ。シャノンが? うん。お母さんは来られませんよ。ルール違反です。誕生日までには2人と一緒にいるからね。そんなこと言うなよ。デタラメだろ、シャノンを困惑させることになるんだ。すぐに3人のための家を手に入れるつもりだから。もういいよ、母さん。本当に新しい家で誕生日を過ごせる? もちろん。温水プールにだって行けちゃう! バニー、悪いけど、今日の面会はお仕舞いにします。何で? まだ15分はあるじゃない。シャノンちゃん、行かなくちゃね。その必要はない。ルールはご存じですよね。無視しないで下さい。誕生日に本当にプールにいける? 行けるわ。約束する? 約束する。
あなたの件の評価が終わるまではシャノンの誕生日に訪問することはできませんよ。アイリンはバニーに告げる。住む場所を探すのを手伝ってくれるはずだったのに。公営住宅は非常に長く順番を待たなければならないんです。ご自分で探した方がいいですよ。住宅不足で家なんてない。子育ての集会に参加したことがありますか? まあ。そうですか。予約をしておきましたから、来週は印象の良い服を身につけて下さい。間違いなく参加して下さいね。就職面接にふさわしいきちんとした服をもらえます。まずは敷金を工面して。積み重ねです。いいですか? 分かってる。
バニーおばさん、鞄持ってて! フェニックス(Max Crosby)とミリアム(Penelope Crosby)の兄妹が坂道で鬼ごっこを始める。角で待ってなよ。バニーは妹のグレース(Toni Potter)とビーヴァン(Erroll Shand)に居候する代わり、子供たちの送り迎えや食事・洗濯などの家事をこなしていた。子供たちを連れて帰宅すると、トランプをしている祖母シンシア(Darien Takle)に挨拶する。ビスケット隠した、バニーおばさん? そう。見付けられないよ。果物を食べな。バニーがシンシアの代わりにトランプを切ってみせる。車の大きな音がして、階下のガレージに入ってくる。グレースの連れ子であるトーニャ(Thomasin McKenzie)が部屋に入ってくるが不機嫌そうで口を利かない。ビーヴァンも戻ってくる。今日は別の家を見てきたんだけど。そう。かなり狭かった。私と子供たちに十分広い場所を見付けないと。そう。まあ、好きなだけここにいていいよ。食事作ったり、子供たちの世話をしたりしてくれるならさ。グレースは出て行って欲しいとは思ってない。ところで、後で洗車しておいてくれない? 俺の知る限り一番洗車が得意だろ。もちろん、問題無い。
バニーが食事の用意をしていると、居間でトーニャとフェニックスがテレビゲームの順番で喧嘩になる。フェニックスはトーニャが順番を代わってくれないとバニーに泣き叫ぶ。バニーはトーニャを台所に行くように告げて料理を手伝わせる。触れてさえないのにと愚痴るトーニャ。バニーはテレビを切ると、フェニックスに本でも読んでなと言いつける。フェニックスが膨れる。
バニーが棚の中に隠してある貯金箱代わりの瓶を取り出して、小銭を入れる。
テレビでサッカー観戦をしていたビーヴァンがキッチンに酒を取りに来る。トーニャがいたので欲しかったのかと尋ねる。いいえ。お願いすりゃいい。もう! ごめん。
バニーがソファで寝ていると、グレースが帰宅する。遅くまで働いたのね。シフト2回分だから。子供たちは? 大丈夫。電子レンジに食事が入ってる。ありがとう。凍えそう。入るわよ。グレースがバニーの毛布に入り込む。湯たんぽが欲しかった。働き過ぎ。貯蓄したいだけ。今日子供たちに会ったでしょ? ええ。会いに行くべきよね。いつでも行けるじゃない。分かってるでしょ、引き取れない。頼んでない。
バニー・キング(Essie Davis)は、妹グレース(Toni Potter)の夫ビーヴァン(Erroll Shand)の家に居候させてもらい、渋滞で動けない車のフロントガラスを清掃して小銭を稼いでいる。息子のルーベン(Angus Stevens)と脚の悪い幼い娘シャノン(Amelie Baynes)と暮らすためには自分の家が必要で、出物を見付けるとともに、敷金を工面しなければならない。家庭支援局で、ソーシャル・ワーカーのアイリン(Xana Tang)の監視の下、子供たちと面会したバニーは、シャノンに誕生日を一緒に祝うことを約束してしまうが、それまでに部屋を用意する当てはない。バニーは娘との約束を守るためにビーヴァンにガレージを部屋として使わせて欲しいと頼み込む。ビーヴァンはその願いを聞き入れてくれた。得意になったバニーが住居に改装しようとガレージにいたところ、車でビーヴァンがグレースの連れ子のトーニャ(Thomasin McKenzie)の身体に触れているのを目撃する。
(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)
政府の家庭支援機関は、フランツ・カフカの小説で主人公を翻弄する世界のような不条理さで、冒頭から立ち現われる。ケン・ローチ (Ken Loach)監督の傑作『わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)』(2016)で批判的に描かれる福祉機関も容易に連想されよう。
バニー・キングは、ゲリラ的に自動車の窓拭きを行う「スクイージー・バンディット(squeegee bandit)」の仲間たちに優しい。ライヴァルに仕事を教え、自分が吸わない煙草をもらってプレゼントする。家庭支援局では門前払いになった若い母親になけなしの小銭を気前良く渡して簡単な助言をする。冷酷な福祉機関のスタッフとの対比が鮮烈だ。
バニーは、居候している妹夫婦の家庭で料理、洗濯などをそつなくこなす。のみならず、妹夫婦の子供たちを甘やかすことなく、菓子を制限したり、喧嘩両成敗を徹底したりと、子育ての能力も高い。それにも拘わらず、バニーは自らの子供との面会を厳しく制限されている。
バニーが子供たちとの面会が自由にできないのは、夫を殺害し、服役した過去があるからである。だが、夫を殺害したのは、虐待を受けた子供たちを守るためだった(家庭支援局のデータベースには、司法当局でバニーの主張が認められなかったことが記録されている)。バニーの殺害動機、彼女の人柄や能力、子供たちの望みなどを総合的に勘案すれば、バニーを子供たちから引き離すことが得策とは思えない。確かに、バニーには夫に子供たちが受けた痛みを味わわせたいという強い復讐心があるなど、悪と判断したものに対する彼女の過剰さが不安や誤解を生むことは否めない。それが法秩序や常識とはズレた、「バニーの正義(The Justice of Bunny King)」である。だが、トーニャが義父ビーヴァンに性的虐待を受けても救われることのないように、「バニーの正義」が発動されなければ救われない事態が確かに存在するのだ。
バニーがルールを破って里親のもとにいる子供たちに会いに行ったがために、子供たちは別の場所に移されることになった。子供たちが移ったテムズの家庭支援局で子供たちの住所を教えろと職員に迫る。トーニャが同行している真の理由を知らない職員たちは、トーニャを保護しようと、バニーから引き離そうとする。そのとき再び「バニーの正義」が暴走してしまう。
冒頭、お絵描きしているシャノンはアイリンから他の色を使ってもいいと言われる。シャノンが拘る黄色のペンはバニーを象徴する。アイリンは他の親(里親)のもとで暮らすことを暗に訴えているのだ。少なくともバニーはそう考えた。だからこそ、黄色がいいと拘るシャノンについて、この子は望みがちゃんと分かっていると断言する(なおかつ、ペンが服役した母を擬えていることを暗示するように、"Why do pens go to prison?"という謎々までシャノンが披露する。ちなみに答えは、"To do long sentences!")。
テムズの家庭支援局でのシャノンの誕生日パーティー。なんと凄い演出だろう。家族を引き裂く職員を退去させた後、バニーが束の間の温かい家庭を作り上げる。文字通りの幻想的な空間。パーティーの主役が訪れることは決してない(冒頭、バニーがシャノンと約束する時点から、アイリンにもルーベンにも果たされることのない約束であることが分かっていた。だこらこそルーベンはバニーに厳しい。シャノンに期待を持たせるだけ持たせて、それを裏切ることの方が残酷だからだ)。
酸いも甘いも噛み分ける感のあるソーシャルワーカー、トリシュ(Tanea Heke)の立ち居振る舞いが、あまりにも不安定なバニーを支えるのが、希望を持たせる。