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芸術鑑賞の備忘録

映画『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』

映画『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』を鑑賞しての備忘録
2024年製作のアメリカ映画。
110分。
監督は、ジェームズ・ワトキンス(James Watkins)。
原作は、クリスチャン・タフドルップ(Christian Tafdrup)監督の映画『胸騒ぎ(Gæsterne)』(2022)。
脚本は、ジェームズ・ワトキンス(James Watkins)、クリスチャン・タフドルップ(Christian Tafdrup)、マッズ・タフドルップ(Mads Tafdrup)。
撮影は、ティム・モーリス=ジョーンズ(Tim Maurice-Jones)とマーク・モリアーティ(Mark Moriarty)。
美術は、ジェームズ・プライス(James Price)。
衣装は、キース・マデン(Keith Madden)。
編集は、ジョン・ハリス(Jon Harris)。
音楽は、ダニー・ベンジー(Danny Bensi)とソーンダー・ジュリアーンズ(Saunder Jurriaans)。
原題は、"Speak No Evil"。

 

トスカーナ地方の山中。街灯が無く未舗装の道を車が進む。電飾を施した城館に車が到着する。運転していたパトリック・フィールド(James McAvoy)と助手席に坐っていたシエラ(Aisling Franciosi)が車を降りる。2人が寄り添って立つ姿を後部座席に坐ったまま息子のアント(Dan Hough)が見詰める。
城館のホテルに付属するプール。アグネス・ダルトン(Alix West Lefler)が脚を水に浸して坐っている。ママ、10分って言ったでしょ。違うわ、暖まるまでって言ったの。寝椅子に寝そべるルイーズ・ダルトン(Mackenzie Davis)が娘に言う。ママ! 声を抑えなさい。外だもん。でも利用している人が他にもいるでしょ? 父親のベン・ダルトン(Scoot McNairy)はルイーズの隣の寝椅子で我関せずで読書に耽っていた。そこへ男が現われる。この椅子空いてるか? アグネスの使っていた椅子だったが、ベンがぬいぐるみをどかして譲る。男は椅子をガラガラと引き摺って家族のもとへ向かった。ウェイトレスからビールを受け取ると男は妻と乾杯した。その姿を眺めていたベンはルイーズにビールを飲むか尋ねる。ちょっと早過ぎるわ。でもあなたが飲みたいなら。いや。そのとき水しぶきをあげて男がプールに飛び込んだ。
ホテルの部屋。ルイーズがベビーシッターに寝る前にアグネスに林檎ジュースを飲ませないように確認する。ホッピーは持った? うん。アグネスを部屋に残してルイーズとベンがディナーに向かう。外階段を降りながらベンが妻に言う。ウサギのぬいぐるみはいい加減卒業させないと。初めて訪れた場所で知らない人と一緒なのよ、安心材料が必要でしょ。そうだけど、もう11だよ。下の部屋の窓が開け放され、先ほどの男とその妻が音楽をかけて半裸で踊っているのが目に入った。今晩はデンマーク人の夫婦の隣を避けよう。料理教室の話題は懲り懲りだ。
ディナーのテーブルでは、トーステン(Jakob Højlev Jørgensen)が今日はキノコのラビオリを作ったと興奮して話している。向かいのルイーズがトーステンの話に耳を傾け、ベンは辟易している。その様子を見て下の階の部屋の夫婦が笑っていた。
ダルトン一家3人は城塞の町を見学に訪れていた。昼時、1軒のレストランの前でベンがメニューを確認する。リゾットが46ユーロか。パパ! どうした? ホッピーがいない。落ち着いて。車の中に忘れてきたんだよ。教会では一緒だったの。心配するな、見つかるから。大丈夫よ、パパが見つけてくれるって。ルイーズは発作が起きないようにアグネスとベンチに坐って待つと言う。やむを得ずベンは1人でウサギのぬいぐるみを探しに行く。ベンは立ち寄った場所を引き返して片言のイタリア語で尋ね廻って歩いた。ベンが戻ると、ルイーズが下の階の部屋の夫婦と談笑していた。アグネスの手にはホッピーがいた。パパ、この人たちが見つけてくれたの。アントがホテルで目にしてね。夫のベンよ。あなたの椅子を持ち去ってしまったんだった。パトリック・フィールド。妻のシエラ。ベンが2人と握手する。君がアントだね? 黙っているアント。ごめんなさい、コミュニケーションをとるのが苦手で。娘のアグネスよ。これがホッピー。いいヴェスパだね。だろう? フロントのパウロに借りたんだ。最高だから試してみなよ。パパ、お願い! 試してみないのか? じゃあ、乗せてあげよう。ヘルメットは? 安全運転するから。でも違法じゃないか? パパ、お願い! 断れないよな? 分かったわ、しっかり捕まるのよ。ルイーズはアグネスからホッピーを受け取り、パトリックに任せる。アグネスを前に乗せたパトリックがヴェスパでゆっくりと走って行く。クラクションの音などにベンとルイーズが心配するが、シエラは問題無いと言う。間もなく一回りしたヴェスパが戻ってきた。すごく楽しかった。フィールドさんにお礼を言って。パディでいいよ。ありがとう、パティ。ところで昼食は済ませた? 面白いデンマーク人夫婦とぶらつく予定だったんだ。ご存じかな? …冗談だよ。真面目な話、角の先に素敵なレストランがあるんだ。

 

シカゴのベン・ダルトン(Scoot McNairy)は勤務先の支社開設のためロンドンに転居したが、経済状況の変化を理由に解雇されてしまった。それでもロンドンに留まり、求職中である。妻ルイーズ・ダルトン(Mackenzie Davis)も広報の仕事を辞めて娘アグネス・ダルトン(Alix West Lefler)とともにベンの転居に従ったが、人間関係を切り離されてしまった。アグネスはウサギの人形ホッピーが手放せない。ダルトン家の3人はトスカーナ地方の歴史ある城館を改葬したホテルで夏の休暇を過ごすことにした。古城を見学した際、アグネスのなくしたホッピーを見つけてくれたことをきっかけに、デヴォンの農村に居を構える医師パトリック・フィールド(James McAvoy)と若い妻シエラ・フィールド(Aisling Franciosi)、それに先天的に舌を欠いて話せない息子アント・フィールド(Dan Hough)と知り合いになった。ロンドンに戻った後、パトリックから旅行中に撮影した両家の写真の絵葉書が届き、美しい田舎で過ごさないかと誘われた。仕事が見つからず、また、ルイーズの浮気に気付き鬱屈していたベンがいい気分転換になると乗り気のため、ルイーズも渋々承諾し、ダルトン一家3人はデヴォンのフィールド家を訪問する。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

ダルトン一家を迎えたパトリックは、菜食主義のルイーズに対しガチョウの丸焼きを提供する。ベッドにはシーツにシミが残り、アグネスにはアントの屋根裏部屋の床に敷いたマットレスが用意されていた。ルイーズはパトリックの言動に対して不快感を募らせていく。だがルイーズがパトリックやシエラに対して不快感を抱くのは、彼らが思いや欲求に対して率直だからである。
それに対し、ルイーズは自分の欲求をベンに突き付けることができずに抱え込み、ベンに従ってきたのだ。
ルイーズはベンのロンドン転居により、仕事や友人を失ってしまった。2人目の子供が欲しいという思いも叶えられない。アグネスの友人の父親との性的な内容のメールの交換は、その不満の捌け口である。もうすぐ12歳になるアグネスがウサギのぬいぐるみホッピーを手放せないのは孤独感・不安感からであるが、そのホッピーとパラレルである。
パトリックは、ルイーズの首の痛みに対して池に飛び込む一種のショック療法を提案する。ベンに対しても大声を出させてストレスを発散させる。欲望を解放させることが問題解決に連なるのである。
フィールド夫妻はダルトン夫妻の陰画である。ルイーズは食事の取り方についてシエラに指図されることが気に入らない。娘の躾に介入して欲しくないと訴える。ところが直後に、パトリックのアントに対する躾を非難する。パトリックの粗暴さによって見えづらくなっているものの、実際には、フィールド夫妻はダルトン夫妻の鏡といっていいのだ。この構造が、原作映画『胸騒ぎ(Gæsterne)』(2022)と終盤の展開を大きく違えることになった理由と思料する。
パトリックはベンを狐狩りに連れ出す。パトリックは「殺し」ではなく「狩り」だと言う。すなわち殺しには必然性のあるものとないものとがあるということである。環境保護とともに動物福祉を訴えるルイーズも、最後には「狩り」に手を染めることになる。ルイーズが振る舞われたガチョウの肉を口にした――ベンからもなぜ口にしたのかと問われる――のが、その予兆であった。結果として、ルイーズの望み(2人目の子供を得る)も叶えられることだろう。