可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 近藤恵介個展『さわれない手、100年前の声』

展覧会『開発の再開発 vol.2 近藤恵介「さわれない手、100年前の声」』を鑑賞しての備忘録
gallery αMにて、2023年7月29日~10月14日。

線形思考に囚われ、アートにおいてもはや「新しいことをするのは不可能である」として、「アートの終焉」を美術史の重荷や緊張関係からの贖宥状とする流れに抗し、「新しさ」の価値基準自体を創造する「開発の再開発」を掲げた展覧会シリーズ(キュレーターは石川卓磨)。その第2弾として行われる、近藤恵介の個展。小林古径の模写した伝顧愷之筆《女史箴図巻》をモティーフとした作品などで構成されている。

和紙に描いた絵画(主に膠を接着剤とする「日本画」)などを、その展示のために使用する白木他の什器を含めて「ひとときの絵画」シリーズとして提示している。

床に設置した白木で出来た正方形の簀の子(90cm×90cm)を展示什器とする《ひとときの絵画》[02]は、赤と青の絹の上に、黄と緑の絹を隙間を作るように折り返して重ねた作品。簀の子が作る格子模様を、赤と青、赤と青が重なる黄、黄の上に重なる緑(浮いた部分と浮かない部分との濃淡あり)などが透過させる。簀の子の上に絹を載せただけであるため、瞬く間に失われてしまうという刹那の感覚が印象付けられる。

壁に貼った天色に着彩した半円の鳥の子紙の下部に白木の板を重ねた《ひとときの絵画》[09]は、作品を一部隠すことによって、作品の現われを印象付ける。
壁に取り付けた白木の格子の上に載せた陶板に2羽の鳥(小林古径の模写した伝顧愷之筆《女史箴図巻》に基づく)を描いた《ひとときの絵画》[12]は、格子が鳥籠を、割れた陶板が無辺際の空をイメージさせ、鳥を描いた雅邦紙が縦に長いこと(257mm×123mm)も、鳥が天に飛び去る印象を生む。

静的な絵画を、展示の工夫によって、動的なものに変換している。導入される動きとは、変化であり時間でもある。そして、変化により時間に耐えるものとは、生命に他ならない。

8本の白木の柱(172cm)を12本の横木(200cm)で固定した構造物を展示什器とする《ひとときの絵画》[01]では、小林古径の模写した伝顧愷之筆《女史箴図巻》を写した絵画を最上段の横木(中心より右側)に、灰色に着彩した不等辺五角形の紙を別の面の中段の横木(中心より左側)にそれぞれ貼り付けてある。左奥の角の床には朱で2本の指を描いた石が転がされている。
絵画は、小林古径の手になる絵画の模写である。平面に表わされた絵画から、いかにして小林古径の手=技法を写し取るか。筆遣いという運動を捉えるためには、平面から空間、時間へとより高い次元を洞察しなくてはならない。白木がキューブ(立方体ではないが)であるのは三次元を、木材で組んでいるのは――板で組まれていては構造物の内部は見えない――3面以外の面をも見通すことで四次元的な思考を可能にするためではなかろうか。展示什器の内側に指(手=技法)を描いた石が置かれているのは、その証左である。

顧愷之の《女史箴図巻》を逸名の画家が複製した作品を、かつて小林古径が模写し、作家が描き写す。コピーの連鎖がある。デジタル複製とは異なり、人の手による写しは、手=技倆により個性(差異)が混入する。そこにはDNAによる遺伝情報が継承される生命とのアナロジーがある。「ひとときの絵画」とは、生命≒人間のことであった。