映画『オークション 盗まれたエゴン・シーレ』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のフランス映画。
91分。
監督・脚本は、パスカル・ボニゼール(Pascal Bonitzer)。
撮影は、ピエール・ミロン(Pierre Milon)。
美術は、セバスティアン・ダノス(Sébastien Danos)。
衣装は、マリエル・ロボー(Marielle Robaut)。
編集は、モニカ・コールマン(Monica Coleman)。
音楽は、アレクセイ・アイギ(Alexeï Aïgui)。
原題は、"Le Tableau volé"。
名門オークション会社スコティーズの競売人アンドレ・マッソン(Alex Lutz)が、新人のオロール(Louise Chevillotte)を伴い、ドガの絵画を鑑定するために老婦人(Marisa Borini)の住まいを訪れている。状態は良好だったが2箇所ほどあった小さな疵をオロール(Louise Chevillotte)に記録させる。アフリカ系女性の家政婦が老婦人に珈琲を差し出すが、彼女は今はいらないわと撥ね付ける。80万から跳ね上がるでしょう。アンドレが告げると、駆け付けた依頼人の甥(Eric Marcel)が保証を求めるよう伯母に私語く。100万は保証して欲しいの。また甥が口を挟むので老女がうるさがる。競売人は整形外科医のようなものだから信じるしかないのよ。賢明ですね。修復を施したら見栄えがしますよ。目が見えないの。身内の方がご覧になりますよ。娘ではないわね。売り立てに出すことにしたのは娘に相続させないためなの。パーティー三昧で黒人と交際するから勘当したの。それはお辛いですね。黒人と付き合うのがね。支払いについては? すぐに全額受け取りたいわ。支払いは即時、一括ですね。アンドレがオロールに記録させる。ご出身は? 女主人がオロールに尋ねる。母はロスコフです。ブルターニュね。私の夫はヴァンヌでね。愚か者だったわ、医師は皆そうだけど。センスの欠片もなかったの。でもね、目は世界で一番綺麗だったわね。
階段を下りる際にオロールが手帖を落とした。アンドレが拾い上げて渡す。大丈夫か? 顔色が悪いぞ。確かに、私は黒人ではないわ。車中で気分が悪くなることはないよね? 掃除しにくいんだ。依頼人は彼女みたいな人ばかりなの? わんさかいるさ。2人がアンドレの車に乗り込み、出発する。オークションに関わりたいなら何でもする覚悟ないと。他社に乗り換えられてしまうからね。覚悟はできてます。身体を差し出すことも? 秘宝に出会えるのは醍醐味だが、大抵は娼婦のように振る舞うだけだ。身体を差し出すわ。あなたのためなら喜んで。聞こえなかった。21世紀だからね。私が言ったのも譬喩としてです。君の母親は本当にロスコフ出身なのか? モントーバンよ。
ミュルーズ近郊にあるケレール家。太ったんじゃない? 太った。感染症騒ぎで運動辞めたら。更年期障害も始まったし。リヴィングでシーヌ・ケレール(Laurence Côte)が友人のマリア(Lucia Sanchez)と喋っていると、呼び鈴が鳴る。パコ(Matthieu Lucci)とカメル(Ilies Kadri)がやって来た。マルタンはまだ起きてないかも。起きてます、電話したんで。パイをどうぞ。マリアがパイを差し出す。丸ごと? 食べきれないよ。
マルタン・ケレール(Arcadi Radeff)の部屋。マルタンとパコ、カメルがカードで遊ぶ。マルタンとカメルがカードの出し方のルールを巡って言い争う。その間にパコがカードを出して上がりだと宣言する。パコ、口の中を空にしてから喋ってよ。女の子をデートに誘ったときに自分の歯を見たことがあるって言われたんだ。意地の悪い女だな。いつの話? 昔。正確には? 随分前。教えろよ。5年生のとき。マルタンの告白にパコとカメルが笑う。煙草が切れた。サッカーくじを買いに行く。カメルが出て行く。
カメルが商店で店主からくじを購入する。店主に番犬のシェパードについて尋ねる。ベルギーかドイツか。お前さんの出身は? ストックホルムだよ。分からなかった? カメルが出て行こうとして入口脇のラックに並ぶ美術誌に目を惹かれる。馴染みのある絵が表紙だったのだ。エゴン・シーレ特集だった。カメルが買い求める。
アンドレのオフィス。不機嫌なのか、オロール? 全く不機嫌なんかじゃありません。アンドレが手紙の山の上にあった封筒を手にする。スザンヌ・エジェルマン(Nora Hamzawi)、ミュルーズの弁護士か。要件は把握してるか? 分かりません。本当に? なぜ疑うんです? 不機嫌だな。不機嫌な研修生とは仕事するつもりなんかない。仕事に支障を来すからな。笑顔で礼儀正しく。眼鏡がない、代わりに読んでくれ。彼女は顧客が所有するエゴン・シーレの鑑定を求めています。何だって? エゴン・シーレの絵画です。彼女に連絡しよう。エゴン・シーレの作品の価値がどれほどのものか分かるか? 高額です。しかし、存在しないんだ。30年前を最後に1点も見つかっていない。シーレの作品は全て美術館の収蔵品になっている。つまり贋作ってことだ。電話番号が見えない、代わりに入力してくれ。「お願いします」。何だって? 「お願いします」をお忘れです。礼儀正しさは大事ですから。
名門オークション会社スコティーズの競売人アンドレ・マッソン(Alex Lutz)はオロール(Louise Chevillotte)の研修を担当することになった。不機嫌なオロールに手を焼くアンドレの元にエゴン・シーレの絵画の鑑定依頼が舞い込む。アンドレは贋作と踏んだが念のため依頼主であるミュルーズの弁護士スザンヌ・エジェルマン(Nora Hamzawi)に作品を実見するよう伝えた。スザンヌは絵画の相談を持ちかけてきた化学工場の夜勤労働者マルタン・ケレール(Arcadi Radeff)を訪ねる。マルタンの暮らす家屋は母親シーヌ・ケレール(Laurence Côte)がヴィアジェ(売主の死亡を解除条件とする継続的金銭給付債務を買主が負担する家屋売買契約)によって入手したもので、ひまわりを描いた作品は額装され、裏面にバーゼル美術館所蔵の符丁があった。スザンヌの報告を受けたアンドレは元妻で鑑定士のベルティナ(Léa Drucker)とともに作品の鑑定に向かう。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
ヴィアジェで入手した家屋から発見されたエゴン・シーレ(Egon Schiele)の《ひまわり(Sonnenblumen)》(1914)が2005年に競売された実話に基づくフィクション。
アンドレにとって、ごく稀ではあるものの秘宝に間近に接する機会が得られる喜びが、競売人として働く原動力である。職業柄、贋作や詐欺に接する機会が多いため、真贋を見破る力は磨かれている。研修中のオロール――父(Alain Chamfort)との関係などに問題を抱えている――が平然と繰り出す嘘もすぐに見破ってしまう。
虚言癖紛いのオロールの存在は、正直で純朴なマルタンの存在を際立たせる。ナチスによって頽廃芸術の烙印を押された絵画の辿る数奇な運命をモティーフに、マルタンの正直さや謙虚さこそ希少な宝であることが訴えられる。