可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』

映画『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』
2019年のアメリカ映画。
監督は、ジョナサン・レビン(Jonathan Levine)。
脚本は、ダン・スターリング(Dan Sterling)ととリズ・ハンナ(Liz Hannah)。
原題は、"Long Shot"。

ジャーナリストのフレッド・フラスキー(Seth Rogen)はネオナチ系団体の会合に潜入取材中、身元がばれるもののかろうじて脱出に成功する。出社したフレッドは、上司(Randall Park)からメディア大手のウェンブリーによる買収を告げられる。激高するフレッドに、過激ではあるが現場主義を貫く人物として彼を高く評価する上司は解雇されるまでとどまるよう慰留するが、ウェンブリーのスタンスを敵視するフレッドはすぐさま辞意を表明して会社を去る。フレッドが友人で会社経営者のランス(O'Shea Jackson Jr.)のもとを訪れると、ランスは急遽会社を休みにして、フレッドをチャリティー・イヴェントへと連れ出す。渋るフレッドだったが、ランスからボーイズ・Ⅱ・メンが出演予定だと聞かされるとすっかり乗り気に。チャリティー会場でボーイズ・Ⅱ・メンのパフォーマンスが始まると、ステージの周りに参加者が殺到する。フレッドはその中にシャーロット・フィールド(Charlize Theron)の姿を認める。今やチェンバーズ(Bob Odenkirk)政権の国務長官として世界的に脚光を浴びる存在だが、かつてはフレッドの隣人であり彼のベビーシッターを務めていた憧れの女性だった。ランスはフレッドがフィールド国務長官と知り合いであることに驚き、アプローチするよう勧めるが、フレッドは昔の話だと意に介さない。だが、シャーロットのボディ・ガード(Tristan D. Lalla)が現れ、国務長官がフレッドに話があると告げられる。旧交を温める二人。そこに割って入ったのは、以前からシャーロットにご執心のメディア王パーカー・ウェンブリー(Andy Serkis)だった。会社を乗っ取られた恨みもあり、フレッドはウェンブリーに食ってかかる。だが、その勢いで階段から滑り落ちてしまう。
シャーロットは、チェンバーズ大統領から再選を目指さず映画俳優の道を進みたいと告げられ、その際、彼の後継として支持を得ていた。次期大統領選に向け密かに起ち上げた選対チームから、有権者の高い評価を受けているがユーモアのセンスだけは改善の余地があると指摘されていた。シャーロットは参謀のマギー・ミリキン(June Diane Raphael)の反対にも拘わらず、失業中のフレッドをスピーチ・ライターに登用することを決意するのだった。

 

次期大統領を目指す国務長官とスピーチライターとの恋を描くコメディ。Charlize TheronとSeth Rogenという主演二人の演技と魅力とに支えられた佳作。とりわけCharlize Theronがその美しさを「解禁」していることに新鮮な驚きがある。
音楽・映画などのネタを鏤めながら、政治の世界を舞台に展開する。それらに通じているとより楽しめるだろう。

展覧会 藤井健仁個展『アブジェクションX』

展覧会『New Personification vol.6 藤井健仁 アブジェクションX』を鑑賞しての備忘録
日本橋髙島屋美術画廊Xにて、2019年12月18日~2020年1月6日。

「転校生」、「海から離れて」、「2Hours Object」の各シリーズで構成される、藤井健仁の彫刻作品展。

《転校生/突風》は、セーラー服をまとう少女が髪の毛とスカートとを強い風になびかせている様を鉄で表した作品。髪の部分だけ見れば、鉄を切り出した無骨な造形である。だが、手足の伸びやかさなど身体のプロポーションと少女のとるしなやかな姿勢との全体から受ける印象は、極めて軽やかである。そして、その軽やかさを裏切るインパクトを生むのが顔の造形だ。除雪用のスコップを連想させる仮面のような顔面に目と口とが穿たれている。安産や多産への祈りとも考えられている、女性の出産に関わる身体をデフォルメした土偶との対比で、出産とは切り離されたセックスのイメージを象った像と言えそうだ。保護対象として生殖行為から切り離された少女の身体に、仮面という護符を打ち付け、視野を狭窄させるとともに口を開かなくさせ、欲望を封印している。だが、禁忌を訓育する拘束衣であるはずのユニフォームは、かえって欲望を誘引し、禁圧に反して性的イメージへを高めてしまうのだ。

展覧会『至近距離の宇宙』

展覧会『日本の新進作家 vol.16「至近距離の宇宙」』を鑑賞しての備忘録
東京都写真美術館〔2階展示室〕にて、2019年11月30~2020年1月26日。

6名の作家の作品を通じて、身の回りにある「深遠な宇宙」を目を向けさせる企画。

冒頭は藤安淳の「empathize」のシリーズ。ダイアン・アーバスの写真に代表される双子のイメージは、アイデンティティーに対する揺らぎのような不安を駆り立てる要素が強く前面に出ている。実際、そのような図像はホラー映画などでも多用されている。双子をテーマにしたネガティブな表現は、双子である作家自身が打ち破りたいものでもあった。双子の被写体への共感を籠めて、双子の一人一人を取り上げ、それらを別個の作品として並列させることで、新たな双子のイメージを創出しようと試みていて、それに成功している。続く井上佐由紀は、祖父の臨終の際の、何をもとらえようとしない目を撮影した経験から、生まれてたばかりの赤子の目を撮影するようになったという。世界に対してパカッと割れたばかりの隙間から深淵が姿を見せている。世界もまた初めてその姿をとらえているのだ。齋藤陽道の《星の情景》は、メインヴィジュアルに採用されている作品。暗がりに仰向けになっている赤ん坊の上の中空を舞う埃が光を浴びて7色に輝くさまをとらえている。部屋と宇宙とのつながりが、幼子の持つ限りない可能性を示す。相川勝の「landscape」のシリーズは、ゲームの中に再現された空間を撮影し、モノクロームでプリントしたもの。それもまた風景の写真ではあるが、現実には存在しない風景の写真である。だが、日常目にする風景の多くは、メディアを通じて見ている風景に異ならない。現実・仮想現実の区別もまたそれほど明瞭なものではないことが明らかにされている。濱田祐史の「Primal Mountain」のシリーズは、アルミ箔をくしゃくしゃにして陰影を施し、空を背景に撮影することで、山岳写真らしきイメージを生み出している。相川・濱田の作品は、ポスト・トゥルースの時代状況を如実に反映したスタイルとも言えそうだ。もっとも、視覚はそもそも曖昧で不確かな感覚であり、視覚・映像技術の発展という時代状況がもたらす以前の根源的問題であるということが、八木良太の作品により示される。

映画『冬時間のパリ』

映画『冬時間のパリ』を鑑賞しての備忘録
2018年のフランス映画。
監督・脚本は、リビエ・アサイヤス(Olivier Assayas)。
原題は、"Doubles Vies"。

作家レオナール・シュピーゲル(Vincent Macaigne)が、老舗出版社ヴェルトゥイユを訪れ、編集部部長で、自身の長年の担当編集者でもあるアラン・ダニエルソン(Guillaume Canet)に会う。レオナールは付箋をびっしり貼ったキャルスタン(Jean-Luc Vincent)の政界を舞台にしたモデル小説『沼地(Marécage)』に目をとめる。政治家が内容をめぐり提訴して話題になっていた。二人は、近くの食堂に場を移し、電子書籍など近時の出版事情について語り合う。レオナールの訪問目的は自身の恋愛遍歴を赤裸々に綴った最新作『終止符(Poin Final)』の原稿の扱いの確認であった。アランは内容に目を通してくれてはいたが、最終的に聞き出せたのは出版しないとの返答だった。アランの帰宅を、長年連れ添う妻セレナ(Juliette Binoche)が出迎える。ルードヴィヒ(Lionel Dray)やヴィクトリーヌ(Sigrid Bouaziz)らアランの親しい仕事仲間が既に集まっている。人は本を読まなくなり、本は売れなくなったが、ツイートやブログなどのを通して多くのテキストが生産され消費されている。飲みながら出版業界の展望が取り沙汰される。セレナは1冊の本を持って行けば、電子リーダーで「書棚」を持ち運ぶ必要も電源を気にする必要も無いと主張するが、アランは老舗出版社が変わらないためには変わる必要があると、電子書籍化事業をロール・ダンジェルヴィーユ(Christa Theret)を起用して進めていた。そして、アランはロールと密かに関係を持っていた。セレナは舞台からテレビに活躍の場を移した女優で、心理分析官の復讐劇『共謀(collusion)』(よく衝突(collision)と間違われる)シリーズで主役をはっていた。ヒットしているためシーズン4の依頼も舞い込んでいるが、暴力的な展開に情熱は冷めている。撮影の休憩中、マネージャー(Stéphane Roger)に仕事の愚痴とともにアランの浮気を相談する。レオナールは、パートナーのヴァレリー(Nora Hamzawi)に、1年かけて書き上げた原稿が出版されないと泣き言を言う。慰めて欲しいのと尋ねるヴァレリーにレオナールは頷くが、尊敬する国会議員ダヴィッド(Nicolas Bouchaud)の秘書として飛び回るヴァレリーは忙しいと拒否、アランは有能なのだから彼が認める内容に書き換えればいいと突き放す。失意のレオナールは、多忙なヴァレリーに養われながらも、セレナと密会を重ねていた。レオナールは制作のためにも女性との関係を重ねることは重要だった。だが、アルルの書店のブレイズ(Antoine Reinartz)に招かれてトークショーを開催すると、聴衆(Raphaël NealとBenjamin Bellecour)から、女性のプライヴァシーを売って自分だけ稼いでいると厳しい非難を受けるのだった。

 

会話劇。出版をめぐる事情に関心がある向きはより入り込める。
原題は"Doubles Vies"。カップルのそれぞれが別の人物との関係を持っているということを始め、二重性・二面性、あるいは裏表がモティーフとして至る処に鏤められている。それを追うだけでも面白い(例えば"Juliette Binoche"という女優まで会話に登場させている!)
Vincent Macaigneが理由はもう一つ定かではないがモテるのが腑に落ちる作家役を好演。

映画『パリの恋人たち』

映画『パリの恋人たち』を鑑賞しての備忘録
2018年のフランス映画。
監督は、ルイ・ガレル(Louis Garrel)。
脚本は、ルイ・ガレル(Louis Garrel)、ジャン=クロード・カリエール(Jean-Claude Carrière)、フロランス・セイボス(Florence Seyvos)。
原題は、"L'Homme fidèle"。

大学でジャーナリズムを専攻したアベル(Louis Garrel)は、学生時代からの恋人マリアンヌ(Laetitia Casta)の部屋に同棲し、市井の声を集めるジャーナリストとして活動している。ある朝、出勤前に、マリアンヌから妊娠の報告を受ける。だがその子の父親はアベルではなく、アベルの学生時代の友人ポールだという。1年近く前からポールと関係があったというマリアンヌは、ポールの家族にも挨拶を済ませ、結婚を決めたという。日取りまで決めたのかと問うと、10日後だと告げられ、それまでに荷物をまとめて出て欲しいとせがまれる。アベルは取り乱すことなく冷静に受け答えし、その理性的な対応にマリアンヌは感謝する。アベルはそれほどのショックではないと考えるが、歩き慣れたアパルトマンの階段を踏み外すほど衝撃は大きかった。10年近くの歳月が流れた頃、アベルのもとにポールの訃報が届く。マリアンヌとポールの夫婦のことはすっかり頭から消え去っていたが、葬儀でマリアンヌの姿を目撃したアベルは、マリアンヌに対する想いが変わらずにあることを悟る。車でマリアンヌと息子のジョゼフ(Joseph Engel)をアパルトマンまで送り、マリアンヌに連絡して欲しいとねだる。後日、マリアンヌから連絡をもらったアベルは、食事に出かけることにする。マリアンヌのアパルトマンで食後の珈琲を飲むことになったアベルは、マリアンヌが珈琲を淹れている隙にジョゼフから父は母に毒殺されたと告げられる。アベルは検視の手続などを説明してジョゼフを諭そうとするが、母親と肉体関係のある医師が死亡診断書を書いたから死因は問題にならなかったのだとジョゼフに切り替えされる。アベルが医師の名を問うと、ジョゼフは花みたいな名前だったとしか記憶しておらず、アベルが次々に花の名を挙げると、Pで始まる花の名前だったと言うのだった。
ポールの妹イヴ(Lily-Rose Depp)は兄の友人アベルに対して恋心を抱いていた。街でアベルにすれ違ってもイヴは全く気付かれることがなく、余計に恋心は募っていった。陰から写真を撮ったり、果ては鍵のかかっていなかったアベルの車に入り込んだこともあった。アベルでない男性と交際したこともあったが、ときめくことはなかった。兄の葬儀でアベルを見かけたイヴの心は高鳴ったが、それと同時にアベルがマリアンヌに未だ愛着を抱いていることを悟ることにもなった。それでも街で遭遇したアベルがイヴに気付き、かけていたマフラーをかけてくれたことに有頂天になり、自分が成長したことを実感する。そして、イヴは、恋敵であるマリアンヌに対してアベルをめぐり対決を挑むことにする。

 

二股をかけて悪びれるところのないマリアンヌ、ストーカーのように暴走する思春期をこじらせたイヴ、サスペンス・ドラマのマニアで刑事気取りのジョゼフ、訪れる状況に抗うことなく受け入れていくアベル。それぞれの性格は誇張され戯画化されながらも、それによって人間関係の機微や気持ちの複雑さをうまく描き出している。
レストランのオーナー(Bakary Sangaré)と従業員(Kiara Carrière)とのやり取りをはじめ、ちょっとしたコメディの要素を挟み込むことで、軽やかさをうまく保つバランス感覚も心憎い。