可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『フェアウェル』

映画『フェアウェル』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のアメリカ映画。100分。
監督・脚本は、ルル・ワン(Lulu Wang)[王子逸]。
撮影は、アンナ・フランケスカ・ソラーノ(Anna Franquesa Solano)[安娜·法兰奎萨·索拉诺]。
編集は、マシュー・フリードマン(Matthew Friedman)[马修·弗里德曼]とマイケル・テイラー(Michael Taylor)[迈克尔·泰勒]。
原題は、"The Farewell"。中国語題名は、"别告诉她"。

 

早朝のニューヨーク。ビリー・ワン[王比莉](Awkwafina[林家珍])が歩きながら、チャンチュン[长春]で暮らす「ナイナイ(奶奶:父方の祖母)」(Zhao Shu-zhen[趙淑珍])に電話する。25年前、ビリーがまだ6歳のとき、父ハイイェン・ワン[王海燕](Tzi Ma[马泰])と母ジエン・ルー[陆建](Diana Lin[林晓杰])とともにアメリカに渡ったが、それでもビリーはずっとナイナイを慕っていた。ナイナイは妹(Lu Hong[卢虹])の付き添いで肺の影について精密検査を受けるために病院に来ていたが、孫娘に心配をかけまいとそのことについては説明しない。まだ寝ていないのかい? こっちは早朝だよ。寒いんじゃないかい? 大丈夫だけどナイナイは? いつの間にか居着いたリー(Yang Xuejian[杨学建])さんと安穏だよ。一人じゃ何かと淋しいからね。作家を志すビリーは収入が安定せず、家賃も1月分滞納している。グッゲンハイム奨学金に応募していたが、不採用の通知が届いてしまった。実家を訪ねると、いつもの通り母の口からは次々と小言が繰り出される。そして、ビリーの従兄であるハオハオ(Chen Han[陈涵])の結婚式に出席するため、二人は近々チャンチュンに行くと言う。唯一の従兄なのだからと出席を望むビリーに母は来なくていいという。ビリーは父がいつもと違って元気のないことに気が付く。何か隠しているんじゃないかと両親に問い質すと、ナイナイが肺癌のステージ4で、余命が3ヶ月もないと告げられる。衝撃の事実。しかも結婚式は皆がナイナイに会うために集まる口実だという。診断結果はナイナイには伝えない方がいいと決めたんだ。何がいいの? 中国の人たちは癌ではなくて、癌に対する怖れで亡くなるからよ。なぜ私が行ってはいけないの? お前は表情に出してしまうからさ。ビリーは一人地下鉄のホームで電車を待っていると、恰もスリットアニメのように、走り抜ける電車越しにナイナイの姿を見た気がした。居ても立ってもいられなくなったビリーは両親の後を追うように飛行機に乗ってチャンチュンに向かう。ナイナイの住むアパルトマン。ビリーを迎え入れたのはリーさん。部屋に入ると、日本で生活している父の兄ワン・ハイビン[王海滨](Jiang Yongbo[姜永波])の家族をはじめとした親族と「花嫁」役の愛子(水原碧衣)が大きな円卓を囲み食事をしていた。表情の硬いビリーの予定外の登場に両親や兄夫婦は怪訝な表情を浮かべるが、ナイナイは大喜び。痩せたと聞いていたけど全く変わらないねえなどとビリーを歓迎するのだった。

 

肺癌で余命3ヶ月を宣告された祖母に告知をしないまま、親族が集まって祖母に別れを告げる口実として行われる結婚式を描く。癌告知という重いテーマを扱いながら、また親戚が集まるといろいろな問題も起こり得るだろうが、ウィットに富んだ軽やかで暖かい作品に仕上げている。観客を選ばない佳品。
愛する祖母との別れが迫ってることの悲しみに加え、告知する方が人生を悔いなく生きられると考えながら秘密を守る葛藤を抱く孫娘ビリー・ワンをAwkwafinaが好演。表情が素晴らしい。ナイナイ(Zhao Shu-zhen)やその二人の息子(Tzi MaとJiang Yongbo)をはじめ、一族の面々がいかにも親戚にいそうなキャラクターをうまく演じていて、親近感が湧く。
ビリーが作家として未だ成功せず、奨学金も得られないという鳴かず飛ばずの状況を冒頭で描いていることが利いている。期待を寄せてくれている人に期待に応える姿を見せられないことくらい切ないことはないのだ。ましてや相手は死期が迫っていて、「またの機会」はないのだから。
故郷が姿を変じ、馴染みのある風景が失われてしまった中、ナイナイこそが故郷そのものである。