映画『ニューヨーク 親切なロシア料理店』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のデンマーク・カナダ・スウェーデン・ドイツ・フランス合作映画。115分。
監督・脚本は、ロネ・シェルフィグ(Lone Scherfig)。
撮影は、セバスチャン・ブレンコフ(Sebastian Blenkov)。
編集は、キャム・マクロークラン(Cam McLauchlin)。
原題は、"The Kindness of Strangers"。
アメリカ。バッファローにある住宅。未明、クララ(Zoe Kazan)は夫リチャード(Esben Smed)を起こさないようにベッドをそっと抜け出す。子ども部屋に向かい、息子のアンソニー(Jack Fulton)とジュード(Finlay Wojtak-Hissong)を起こすと、3人は荷物を持って密かに家を出る。クララは自動車に息子たちを乗せるとニューヨークへ向かう。
ニューヨークにある病院の救急救命病棟。手術室から姿を現した看護師のアリス(Andrea Riseborough)に男(Pat Thornton)が声をかける。妻はどうだ? 俺は愚かな夫だ。後悔してるよ。慰めの言葉をかけるアリスに男が切り出す。ところであんた独り身か? …ええ。ネブラスカに農業をやってる知り合いがいるんだ。ずっと片付けのできない変わり者だけど、あんたには合うんじゃないか? 仕事を辞めるわけにはいきませんから。医師(David MacLean)が通りすがりにアリスに何をしてるんだと言い捨てる。
ニューヨークのマット販売会社のオフィス。ボス(Gugun Deep Singh)がジェフ(Caleb Landry Jones)に対して解雇を突きつける。うちはマットを売ってなんぼの会社だ。ほんのちょっとでも貢献したことがあるか? みんなお前が役に立たねえって言ってんだよ。職場の連中は皆離れたところからジェフを冷たい目で見ている。お前に1つでも取り柄があるのか? ジェフは咄嗟に椅子を持ち上げると、窓に向かって投げつける。ガラスが割れ、窓を飛び出した椅子はアスファルトへと落下し、綺麗に着地を決める。
クララの息子たちは道で拾った立派な椅子に大はしゃぎ。アンソニーがジュードを椅子に座らせてカートのようにして押している。この椅子持っていこうよ。車に乗らないから駄目。旅行するんだよね? そうよ。家ヘは戻らない? あそこへ行くの。クララは二人にマンハッタンの高層ビル群を示す。学校は? ニューヨークが学校みたいなものよ。
ニューヨークにあるロシア料理店「ウィンター・パレス」。マーク(Tahar Rahim)は弁護士のジョン・ピーター(Jay Baruchel)とテーブルを囲んでいた。僕が負け続けても何とか弁護士を続けられているのはセラピーの会合に参加しているからだよ。君にも是非来てもらいたい。明日は朝8時から法廷なんだ。そろそろ行くよ。席を立つジョンが伝票を持とうとするのを制して、マークは刑期短縮の祝いとして俺が持つとジョンを帰らせる。マークが会計を頼もうと向かった先には、オーナーのティモフィー(Bill Nighy)がセルゲイ(Nicolaj Kopernikus)とアレクサンダー(Kola Krauze)を相手に談笑しているテーブルだった。もう帰るのかい? この店はこいつの祖父さんが始めたんだ。祖父さんがニューヨークに来たのは革命前でな。クレムリンには極めて忠実だったんだが。今時、こんな内装の店が受けるわけがない。ここのセロリは食えたもんじゃないだろ。私はレストラン経営に疎くてねえ。レストランのことなら詳しいですよ。コントラバスのバラライカは弾けるか? 気にするな、こいつは誰にでもそれを尋ねるんだ。
クララは息子たちを車に残したまま義父ラース(David Dencik)のもとを訪ねる。何だ突然、ご無沙汰じゃ無いか。リチャードが来させてくれないから。孫たちも一緒か? ええ。ラースの愛人(JoAnn Nordstrom)が身支度を終えて出ていく。しっかり身体を洗えよ。余計なお世話だよ。息子はここに来ていることを知らないのか? リチャードには言わないで。あいつは立派な警官だよ。絶対にリチャードに連絡しないで! 息子のことを殴るの。流しにスプーンを置きっぱなしにしたことくらいで。数日間ここに居させてもらえない? 息子たちにはおとなしくさせるから。あんたと息子の板挟みになるのは御免だよ。ならガソリン代と食事代を出してくれない? カードは夫の名義で使えないの。無理な相談だな。クララは車に戻り、息子たちとともにニューヨークを徘徊する。
夫リチャード(Esben Smed)の暴力から逃れるために息子のアンソニー(Jack Fulton)とジュード(Finlay Wojtak-Hissong)とともにニューヨークを徘徊するクララ(Zoe Kazan)、ホームレスや前科者に対する支援活動のヴォランティアに取り組む看護師のアリス(Andrea Riseborough)、発達障害で職場にうまく溶け込めないジェフ(Caleb Landry Jones)、弟の事件に巻き込まれて実刑判決を受けた元レストラン経営者マーク(Tahar Rahim)らの群像劇。
クララ、アンソニー、ジュードは、リチャード(の暴力)を非常に恐れている。リチャードが暴力を振るうシーンは一切見せないまま、その恐れ具合のみからリチャードの凶暴性を想像させある構成が巧み。
看護師アリス(Andrea Riseborough)の優しさが、彼女の抱える空虚さを目とした台風のように表れていることが、見事に伝えられている。
クララが自らもホームレスの境遇に陥りながら、施しを受けることに抵抗する姿を描いていること。とりわけ、ホームレスの男を無視するシーンが、ホームレスの人々に対する眼差しを強く鑑賞者にも突きつけるものとして、利いている。行き場を失ったジェフが野宿して凍死しかけ、救出された上で死を自認する台詞も観る者の胸に刺さる。
日本では、クリスマス前の公開になったこともあり、チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の読後感のような感懐をもたらす。