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芸術鑑賞の備忘録

映画『この世界に残されて』

映画『この世界に残されて』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のハンガリー映画。88分。
監督は、トート・バルナバーシュ(Tóth Barnabás)。
原作は、F.バールコニ・ジュジャ(F. Várkonyi Zsuzsa)の小説"Férfiidők lányregénye"。
脚本は、トート・バルナバーシュ(Tóth Barnabás)とムヒ・クラーラ(Muhi Klára)。
撮影は、マロシ・ガーボル(Marosi Gábor)。
原題は、"Akik maradtak"。

 

1948年のハンガリーブダペストの病院の廊下を看護師に導かれて急ぐ産婦人科医のケルネル・アラダール(Hajduk Károly)。不安そうな父親が入り口脇に控える病室に入り、ベッドに横たわる母親から無事に赤子を取り上げる。診察を終えたアラダールは、ユダヤ人の孤児院へ。ぎっしりとプレゼントを詰め込んだ袋を差し入れる。帰宅した後は、誰もいない部屋で一人ドイツの医学雑誌と格闘する。ある日、彼の診察室に16歳のヴィーナー・クララ(Szőke Abigél)が叔母のオルガ(Nagy Mari)に伴われてやって来る。周りの子は大人になっているのにこの子はなかなかで、と叔母が姪の月経不順を打ち明ける。スカートはそのままで。左腕を挙げてみて。ホルモンの問題ではないようですね。生理周期がまだ安定しないのでしょう。先生、でも初潮から2年も経つんですよ。お母さんもそうだったかな? 過去形で言わないで、母は捕まったまま戻って来てないだけ。アルドは食事に関するアドヴァイスをして二人を帰す。しばらくして、クララがアラダールの診察室を訪れる。もう帰るところだ。生理が来たの。クララはアラダールとともに病院を出る。叔母はジャガイモをどうやって手に入れるかしか頭にないの。マッシュポテトにバターを入れないし。ろくに本も読まないのよ。クララは通う価値がないと考え学校を休みがち。登校しても授業中は手紙を書いたり本を読んだりして過ごしていた。カフェに立ち寄り、アラダールが新聞を読む。ソ連支配下で進む社会主義化についての記事が今日も紙面を飾っている。好きなケーキを2つ取りなさい。両方君のものだ。クララはそのままアラダールの部屋にまでついてきた。紅茶を飲むかい? 紅茶は嫌い。レモンと砂糖を入れれば飲める。叔母は紅茶に砂糖を入れないの。お菓子にはたくさん入れるのに。レモンって本物じゃないでしょ? ああ。お茶を飲み終えたクララがアラダールに訴える。私たちの方が不幸よ。誰と比べて? いなくなった人たち。クララはアラダールに縋り付く。アラダールはクララを優しく抱き締める。クララを家に送る途中、クララがアラダールの呼んでいるドイツ語の医学雑誌の名を挙げる。父が医者だったの。アパルトマンの前でクララがねだる。さっきみたいにもう1度抱き締めて。アラダールがクララを抱擁すると、クララは家へ帰って行く。翌日、クララがアラダールの部屋に再び姿を現した。雨に打たれたクララは、アラダールと抱き合う姿を叔母に見られ、家にいられないと訴えるのだった。

 

ホロコーストから逃れた16歳のヴィーナー・クララ(Szőke Abigél)が、やはりホロコーストを生き延びた42歳の医師ケルネル・アラダール(Hajduk Károly)に父親の姿を重ね、その愛を縋るように求めていった顚末。
少女から女性へと性的魅力を高めていくクララに対して、悲しみと孤独を抱えたアラダールが穏やかな表情を保ちつつ接し方に懊悩する。Hajduk Károlyが清潔感を失わずに演じきって魅力的。
祖父母からドイツ語を、母親から翻訳について学んだクララは、妹にフランス語の絵本を翻訳して聞かせるほど語学に堪能。