可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『うみべの女の子』

映画『うみべの女の子』を鑑賞しての備忘録
2021年製作の日本映画。107分。
監督・編集は、ウエダアツシ
原作は、浅野いにおの漫画『うみべの女の子』。
脚本は、ウエダアツシ平谷悦郎
撮影は、大森洋介

 

これと言った特色の無い海辺の町。夏でも人のあまり来ない海水浴場。季節外れに、イヤホンで音楽を聴きながら1人歩いているのは、高校1年生の佐藤小梅(石川瑠華)。何か漂着していないか期待して、砂浜を見ている。落ちているのは、ガラス瓶だとか、昆布だとか、風で飛ばされた帽子だとか。本当は、初めから期待なんてしていないのかもしれない。音楽のせいで気付くのが遅れたけれど、誰かが大声で呼んでいる…。
中学2年生の小梅が海岸に佇んでいる。何で同じところで待ってないんだよ。同じクラスの磯辺恵介(青木柚)が文句を言いながら小梅のもとにやって来る。ピザまん無かったから、もう1つ先のコンビニまで行ってた。いいのに。俺と付き合ってくれる気になった? そうじゃないけど、1年生のときに付き合ってって言ってたでしょ。キスしようよ。キスはしない。何だよ、先輩にしゃぶらされてやけになっただけかよ。
お姉ちゃん、ご飯だよ。弟に呼ばれた小梅は、部屋のベッドに座り、膝まで降ろした下着に付いた血を眺めていた。
教室のベランダで、小林桂子(中田青渚)が小梅に尋ねる。先輩とのデートどうだった? 別に何も。小梅は先輩を呼び出し、校舎裏で2人で会った。私と付き合ってくれませんか。三崎秀平(倉悠貴)は、それは無いわ、とにべも無い。でも、またしゃぶってくれない?
恵介は今日も家に誰も居ないと言う。小梅は恵介と一緒に下校し、啓介の部屋に上がり込む。壁際に並ぶ大きな書棚には漫画がびっしりと収められている。アニメのポスター、フィギュアなども並ぶ。棚の向かいには二段ベッド。そして窓際にはPCの置かれたデスクがあった。クッションに腰を降ろした小梅が、制服を着たまま恵介を迎え入れようとする。もっと脚開いてくんないかな?

 

思いを寄せていた上級生の三崎秀平(倉悠貴)にフラれた中学2年生の佐藤小梅(石川瑠華)は、1年生のときに告白してきた磯辺恵介(青木柚)と、「ただの気分転換」としてセックスする。小梅は、両親が不在の恵介の家に頻繁に上がり込んで、「付き合っていない」恵介とセックスを重ねても気持ちは満たされないままだった。

以下、全篇について触れる。

冒頭、ビーチコーミングする佐藤小梅(石川瑠華)の映像に、彼女の独白が重ねられる。何かあると期待と、何も得られずに終わるときのダメージを軽減するための、初めから期待なんてしていなかったとの打ち消しの感情。このシーンは、小梅の磯辺恵介(青木柚)に対する感情のメタファーになっている。「ビーチ」とは、「磯部」のことである。
チャラい先輩・三崎秀平(倉悠貴)への小梅の片想いは、背伸びして大人として振る舞いたいという欲求と不可分になっている。先輩とのデートに漕ぎ着けたものの、先輩にフェラチオだけして終わってしまう。小梅は欲求不満を恵介とのセックスで解消する。だが、小梅は恵介にキスを許さない。もともと小梅に想いを寄せていた恵介は、付き合うことができず、小梅の「ただの気分転換」として性欲処理の道具とされている(小梅に帰り際に性器を見せて欲しいと頼まれるシーンがそれを象徴する)。啓介は小梅に対する愛情を持つが故に振り回されてしまい、自己の愛情が叶えられない反動から、かえって小梅を自分の性欲処理の対象としようとする。だが、小梅は、恵介と肌を重ねるうちに、次第に彼に対する愛情を膨らませていく。その変化に気が付くきっかけが、誕生日に父親からプレゼントされたカメラのメモリが不足した際、恵介から譲り受けたSDカード(以前に恵介が浜辺で拾ったもの)に入っていた水着の少女(高崎かなみ)の写真である。彼がその少女に想いを寄せることに小梅は腹を立てるのだ。一方、恵介は、(もともといじめを受けていたのでこの町に引っ越してきたにも拘わらず)いじめが原因で自殺した(表向きは海難事故とされている)兄を持つ弟として、兄を死に追いやった者たちへの復讐を心に秘めていた。報復計画を実行した後、兄の命日(9月15日。恵介の誕生日でもある)には命を絶とうと考えていた啓介は、愛する小梅を巻き込みたくないとの想いから、小梅を遠ざける。
ピロー・トークで、小梅は恵介が望むような優しい人になると宣言する。そのまま寝入ってしまった小梅に唇を重ねようとして、恵介は思い留まる。このシーンのために、この映画があると言っても過言ではない。実際、終盤でも、恵介に思いの丈を訴えてフラれた小梅が、全てを忘れる条件としてキスを求めるが、恵介はそれに応じない。そして、高校生となった小梅が、付き合い始めた大津克俊(平井亜門)に求められて簡単にキスをすることで、かえって、小梅と恵介との間の、キスの不在という目には見えない絆が可視化されるのだ。
セックス(≒身体、感覚)をきちんと描写する(石川瑠華と青木柚とが躊躇無くさらりと演じる)ことで、「頭」(≒思考)が行動の枷として働いてしまう状況が浮き彫りにされた。その違和は、登場人物間の気持ち(恋心の対象)のズレの相似ともなっている。