映画『最後の決闘裁判』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のアメリカ映画。153分。
監督は、リドリー・スコット(Ridley Scott)。
原作は、エリック・ジェイガーのノンフィクション『最後の決闘裁判(The Last Duel: A True Story of Trial by Combat in Medieval France)』。
脚本は、ニコール・ホロフセナー(Nicole Holofcener)、ベン・アフレック(Ben Affleck)、マット・デイモン(Matt Damon)。
撮影は、ダリウス・ウォルスキー(Dariusz Wolski)。
編集は、クレア・シンプソン(Claire Simpson)。
原題は、"The Last Duel"。
暗い室内で、髪を三つ編みにして垂らしたマルグリット・ド・カルージュ(Jodie Comer)が侍女に衣装を着せてもらっている。窓を雪が打ち付ける。
1386年12月29日。パリ。雪の舞う闘技場には多くの観衆が詰めかけている。観覧席の中央には、興奮して落ち着かない国王シャルル6世(Alex Lawther)と、血なまぐさい行事を控えて眉を顰める王妃イザボー(Serena Kennedy)の姿もある。聞け! 諸侯、騎士、従騎士、その他の者ども! 布告者(William Houston)が大声を挙げる。国王の許可無く武器を持つ者は死罪に処すとともに財産を没収する。剣や短剣を携帯できるのは国王の特別な許可を得た者だけだ。決闘者各自は騎乗か徒歩で闘い、呪文や魔術をかけたものなど神や教会が禁じるものを除き、武具や防具は何を用いても良い。ジャン・ド・カルージュ(Matt Damon)とジャック・ル・グリ(Adam Driver)が、それぞれ鎖帷子、篭手、鎧といった防具を次々と従者の手を借りて身につけていく。身支度を調えたマルグリットは、闘技場の中に設えられた火刑台の上に立つ。そこは国王らの観覧席の真向かいに位置していた。装備を終えたジャン・ド・カルージュとジャック・ル・グリが競技場の裏手にある小屋を出て馬に跨がると、闘技場内へと馬を駆る。両者を前に国王が始めよと宣言すると、ジャン・ド・カルージュは右手に、ジャック・ル・グリは左手へと進み、兜を付け、盾を持ち、槍を構える。ジャン・ド・カルージュが雄叫びを挙げて相手に向かって突進すると、ジャック・ル・グリも槍を構えて突撃を開始する。
騎士のジャン・ド・カルージュ(Matt Damon)は、妻のマルグリット・ド・カルージュ(Jodie Comer)が従騎士のジャック・ル・グリ(Adam Driver)によって強姦されたと、国王シャルル6世(Alex Lawther)に訴えた。ジャック・ル・グリはアランソン伯ピエール(Ben Affleck)の寵臣であったため、国王に直訴しなければジャック・ル・グリが無罪放免となることは確実だったからだ。国王は高等法院での審理の結果、真偽不明であったため、決闘裁判を裁可する。
以下、全篇について触れる。
ジャック・ル・グリによる、ジャン・ド・カルージュの妻マルグリット・ド・カルージュ強姦事件の経緯を、三者それぞれの視点から描く3章構成になっている。
登場人物の証言の食い違いという点では「藪の中」的構成ではある(但し、第3章には真相としての位置づけが与えられている)。例えば、ジャン・ド・カルージュの観点から描かれる第1章では、リモージュの戦いで橋頭堡の守備を担当していたジャン・ド・カルージュが、対岸のイギリス軍が住民を惨殺する挑発に乗って渡河攻撃に打って出る場面から始まる。ジャック・ル・グリが危うく敵兵の手にかかりそうになったところをジャン・ド・カルージュが救うという、ジャン・ド・カルージュがジャック・ル・グリの命の恩人と自負することになるエピソードが描かれる(なお、その場面では、イギリス兵が住民の首を斬る際に大量の血が流れ、続く両軍の白兵戦でも血飛沫が上がるなど、血生臭い世界を描くことも示される)。また、ロベール・ド・ティブヴィル(Nathaniel Parker)の娘マルグリット・ド・ティブヴィルとの婚姻に際しては、ジャン・ド・カルージュがオヌルフォコンの土地も含め持参金として受け取ったとされる。これらを始めとするジャン・ド・カルージュの「証言」が、ジャック・ル・グリの視点の第2章、マルグリット・ド・カルージュの視点の第3章でどのように描かれるかが見所となる。
第3章では、ジャン・ド・カルージュの母ニコル・ド・カルージュ(Harriet Walter)が、義理の娘であるマルグリット・ド・カルージュに対して、強姦の被害を訴えることによって家名を汚したと非難する場面がある。自らもかつて強姦の被害を受けたが隠し通したと言うのだ。マルグリット・ド・カルージュは真実を直隠しにして得られる平穏に価値はないと、真実追求の必要性を訴える。また、高等法院の審理では、司法官(Brontis Jodorowsky、Peter Hudson)によるマルグリット・ド・カルージュに対する尋問は、夫との性交渉に関する露骨な内容を含み、「セカンド・レイプ」を描き出す(なお、これ以前にも、ニコル・ド・カルージュが、マルグリット・ド・カルージュの不妊を不感症のためと吐き捨てるシーンもあった)。マルグリット・ド・カルージュの視点で描かれる第3章が「真実」として扱われている(章題で示される)ことからも、フランス中世を舞台に#MeToo支持を訴える作品であることが明確である。なお、王妃イザボー(Serena Kennedy)やアランソン伯ピエールの妻マリー・シャマイアー(Zoé Bruneau)はマルグリット・ド・カルージュに同情的であることが視線・表情に微かに示されており、連帯の可能性を示す。
ジャック・ル・グリの視点で描かれる第2章では、マルグリット・ド・カルージュを姦淫は犯したが、強姦ではなかったとジャック・ル・グリが主張する。かつての教え子の女性から、指導教授の立場を利用してセックスを強要されたと訴えられた男性美術評論家が、彼女の主張を「あまりにも事実とかけ離れた『作られたストーリー』」と一蹴しているのを思い出す。上智ならぬ痴情から相手も自分に愛情を持っていたと信じたいゆえか、訴訟戦略上不利にならないようにするためか、いずれにせよ、愛情を注いでいた相手の心情に寄り添えない(想像力を働かせられない)のは悲しい現実である。
才気煥発で好色のジャック・ル・グリを演じたAdam Driverに魅力を感じたら、映画『パターソン(Paterson)』(2016)の詩作に耽るバス運転手と見比べて欲しい。無骨で陰鬱な騎士ジャン・ド・カルージュを演じたMatt Damonについては、映画『オデッセイ(The Martian)』(2015)と比較するのが良い。彼らの向こうを張ったヒロインJodie Comerは映画『フリー・ガイ(Free Guy)』(2021)でも観客を魅了したのが記憶に新しいところ。ジャン・ド・カルージュの敵役と言える、放埒な生活を送るアランソン伯ピエールを金髪にしてイメージを大きく変えたBen Affleckが好演。同じくヴァロワ家出身の王シャルル6世の暗君ぶりをAlex Lawtherが印象的に演じた(彼がいたからこそ決闘裁判が行なわれた?)。