可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『ライダーズ・オブ・ジャスティス』

映画『ライダーズ・オブ・ジャスティス』を鑑賞しての備忘録
2020年製作のデンマークスウェーデン・フィランド合作映画。
116分。
監督・脚本は、アーナス・トーマス・イェンスン(Anders Thomas Jensen)。
撮影は、キャスパー・テュクセン・アーナスン(Kasper Tuxen)。
美術は、ニコライ・ダニエルセン(Nikolaj Danielsen)。    
衣装は、ビベ・クーノブラウス・ヘーウダム(Vibe Knoblauch Hededam)。
音楽は、イエッペ・コース(Jeppe Kaas)。
編集は、アーナス・エスビャウ・クレステンスン(Anders Albjerg Kristiansen)とニコライ・モンベア(Nicolaj Monberg)。
原題は、"Retfærdighedens ryttere"。

 

エストニア。タリン。教会の傍にある小さな自転車販売店。老人(Raivo Trass)が少女(Marta Riisalu)を伴って訪れた。こんばんは。クリスマスにこの娘に自転車を贈りたいんだ。店員(Kaspar Velberg)は赤い自転車を取り出して見せる。可愛いけど、赤は好きじゃない。青は無い? 青いのを注文するかい? そうしてもらえる? 人生に確実なものなどない。クリスマスまでに手に入っているかもしれん。入っていないかもしれん。手に入るわ。
青い自転車が支柱にチェーンで固定されている。1人の男がボルトクリッパーでチェーンを切断すると、バンに自転車を積み込み立ち去る。
デンマーク郊外。自宅の前に1台の自動車が停まっている。助手席に娘のマチルデ(Andrea Heick Gadeberg)を乗せ、運転席のエマ(Anne Birgitte Lind Feigenberg)がエンジンをかける。電話が鳴る。夫のマークス(Mads Mikkelsen)からだ。俺だよ。ああ、あなた、大丈夫なの? 万事順調だ。マチルデはもう出たか? いいえ、駅に駐めたマチルデの自転車が盗難に遭って、車で送るところよ。でもエンジンがかからなくて。掛け直そうか? いいのよ、どうせ遅刻だから。何かあったの? 残るよう求められたんだ。どれくらい? 3ヶ月。通話を終えた母に、自分の電話をいじりながらマチルデが尋ねる。お父さんは帰らないの? そうよ。納屋に座ってぼんやり宙を見つめてるってことはなくなったね。駅まで歩きましょう。電話を置きなさい。今日はお休みにしましょう。
会議室ではオットー(Nikolaj Lie Kaas)がレナート(Lars Brygmann)と取り組んできた研究について発表している。アルゴリズムは、最低の所得グループが起亜、フィアットヒュンダイを運転すると明確に結論付けました。中間所得層はより大きなトヨタ、フォード、ボルボを運転し、最上位層は主にメルセデス、テスラ、アウディを選択します。このような選択はいかになされるのか。そこで理事長(Stine Lee Bruhn Schrøder)が質問を挟む。あなた方はこのアルゴリズムにどれくらい時間を費やしました? 正確に言うのは難しいとオットーが言い淀むと、レナートが46週間、主に夜間だと返答する。それでは低所得層が起亜を、富裕層がメルセデスを運転することを理解するアルゴリズムに私たちが1年という時間と大金とを費やしたことになりますね? 慌ててオットーが答える。しかし、興味深いのは、アルゴリズム自体が82,504の登録証明書を見つけて、46の自治体からの納税申告書とを並列することで統計的根拠を生成したことです。オットー、私たちの利益との相関関係がありますか? もちろんです。しかし、それが目標ではありません。大局的観点が必要です。このアルゴリズムは、理論上、計算能力の発展によって、事象の事前予測を可能にするのです。説明してもらえますか。どのような事象でしょう? あらゆる事象は一連の先行事象の結果です。しばしばデータが不十分なために事象を偶然の一致に分類します。しかし、そうではありません。吹雪の最中に酩酊した運転手が車を衝突させるなら、それを偶然の一致とは呼びません。偶発的な結果を形成するのに必要なデータを正確に把握しているからです。私たちはしばしばそれを明白であるとさえ言いますね。しかし、衝突の発生前に欠陥が分かったらどうでしょう。理事(Jesper Groth)が質問を挟む。「先天性四肢障害」というのは? 内反足のことだとレナートが返答する。ホーセンス市に暮らす私の叔母は両足に症状があります。それでは、あなた方のアルゴリズムは内反足と難聴との相関関係について調査したのですか? アルゴリズムは1912年から2020年までの41,534人の患者の記録を収集しました。最初期の記録は…。それでは内反足と難聴の間に相関関係はありましたか? いいえ、全くありません。理事たちは話にならないと判断する。
段ボールに私物を詰め込んで、オットーが職場を後にする。傷心のオットーが地下鉄のロングシートに座っている。隣の車両の窓際の席に座っている強面の男(Christian Hornhof)が目に付いた。途中の駅で、ほとんど口を付けていないサンドイッチや飲み物をごみ箱に捨てて降車する男(Omar Shargawi)が気になった。荷物を抱えた女性が娘とともに乗り込んできたので、オットーは女性に席を譲る。エマは男も段ボール箱など荷物をたくさん抱えているので遠慮するが、是非にと言われて厚意にすがることにする。間もなく、激しい衝撃と大音響音とともに、一瞬でオットーの目の前で座席が消え去った。擦れ違う地下鉄の車両が傾いて衝突する事故が起きたのだった。

 

軍人のマークス(Mads Mikkelsen)は派遣先のアフガニスタンで妻エマ(Anne Birgitte Lind Feigenberg)の死を知らされて急遽帰国する。任務が3ヶ月延長になったと連絡を入れた日に、エマが乗車した地下鉄が衝突事故を起こし、犠牲になったのだ。エマと一緒にいた娘のマチルデ(Andrea Heick Gadeberg)は目の前で母を失いショックを受けていたが、マークスは心理カウンセリングを一緒に受けようという娘の提案を拒絶する。統計学の研究者オットー(Nikolaj Lie Kaas)は地下鉄でエマに席を譲った結果、自らは事故を生き延びることになったことに良心の呵責を感じていた。テレビのニュースでギャング団「ライダーズ・オブ・ジャスティス」の首領カート・オルセン(Roland Møller)の裁判に出廷予定だった重要な証人であるヨハン・ウルリッヒセン(Christian Hornhof)が地下鉄の事故で死亡したことを知る。隣の車両に入れ墨を入れたヨハンの姿があったこととともに、事故の起きる前に最後に停車した駅でサンドイッチと飲み物にほとんど口を付けないままごみ箱に捨てて降車した不審な男のことを思い出したオルセンは、警察に事故が仕組まれたものであった可能性を訴えるが相手にされない。オットーはレナート(Lars Brygmann)やエムンターラー(Nicolas Bro)の協力を得てあらゆる情報をハッキングし、不審な男がカートの弟パレ・オルセン(Omar Shargawi)である可能性が高いことを突き止める。オットーとレナートはマークスを訪ね、地下鉄の事故が暗殺のために仕組まれたものであると伝える。

不幸な出来事が起きたとき、その原因を突き止めたい。だが仮に「真相」が判明したとして、それは自らの哀しみや怒りの捌け口として見出された(あるいは捏造された)ものに過ぎないのではないか。地下鉄事故の真相をめぐるサスペンスは、真実と正義を求めて奮闘するのけ者たちの姿をコミカルに描きつつ、世の中で生起する問題の多くが不幸に耐えられず他者に転嫁してしまう人間の弱さにあるかもしれないと訴える。タリン(エストニア)での情景を描き、そこからデンマークの出来事を「接続」する冒頭の展開はまさに本作を象徴して秀逸である。