可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『サイレント・ナイト』

映画『サイレント・ナイト』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のイギリス映画。
90分。
監督・脚本は、カミラ・グリフィン(Camille Griffin)。
撮影は、サム・レントン(Sam Renton)。
美術は、フランキー・ディアーゴ(Franckie Diago)。
衣装は、ステファニー・コーリー(Stephanie Collie)。
編集は、ピア・ディ・キアウラ(Pia Di Ciaula)とマーティン・ウォルシュ(Martin Walsh)。
音楽は、ローン・バルフェ(Lorne Balfe)。
原題は、"Silent Night"。

 

英国。森の中に立つ白い瀟洒な洋館。寝室では白いブラウスのネル(Keira Knightley)が鏡に向かって口紅を塗っている。鏡に立て掛けてあった昨年のクリスマスの写真を手に取り眺める。皆がツリーの前でクリスマスのデザインのセーターを着た集合写真。階下では双子のハーディー(Hardy Griffin Davis)とトーマス(Gilby Griffin Davis)が騒いでいる。ハーディが悪さしてる! してない! ネルはラジオのスイッチを入れる。マイケル・ブーブレの「クリスマス・セーター」が流れ出す。庭では夫のサイモン(Matthew Goode)が鶏を捕まえようと追い回している。
ベラ(Lucy Punch)が同性の恋人アレックス(Kirby Howell-Baptiste)の運転で洋館に向かっている。ラジオからブーブレの曲が流れている。クソみたいな曲で私たちのクリスマスが台無し。ベラが愚痴る。この歌好きだけど。クリスマスっぽい。アレックスは意に介さない。また酒に手を出したの? それはないんじゃない。酔わずに聞けない。気分が悪いのは私でしょ、素面であんたの古いクラスメイトと過ごすんだから。クリスマスの写真にマジックで落書きしていたベラはラジオの音量を上げる。アレックスが微笑む。
ネルがベッドの枕の上にクリスマスの飾りを置いている。
トニー(Rufus Jones)の運転する車の助手席でサンドラ(Annabelle Wallis)がクリスマスの招待状に印刷された写真を見詰めている。もう2度とひどいクリスマス・セーターに袖を通さなくていいわね。そりゃ残念。みんな素晴らしかったけどなあ。もちろんあなたは素晴らしかったわよ。トニーはバックミラーで後部座席のキティ(Davida McKenzie)を確認する。娘は赤いリボンを髪に飾って白いファーに包まれ、囓ったリンゴを手にしながらコートを枕にして眠っていた。眠れる森の美女だね。サンドラは一瞥するがすぐ写真に目を戻す。ジェームズ(Sope Dirisu)の姿を指でなぞる。素敵な王子様…。トニーは自分のことだと思いご満悦。ハンドルを握りながら妻にキスを送る。サンドラもキスを返す。
キッチンのテーブルではアート(Roman Griffin Davis)が1人ニンジンを切っている。
ジェームズが運転する車の助手席ではソフィー(Lily-Rose Depp)が招待状を手にしている。ネルは君のことが大好きだよ。未だに子供扱いだけど。それはすまない。行かなきゃダメ? どこだって行けるじゃない。引き返してよ。君を愛してるさ、だけどね、ネルは姉も同然でね、今年のクリスマスは外せない。
ネルがクリスマスの飾り付けを続け、アートがニンジンのカットを進めている。に苦戦している。。ベッドの枕の上にクリスマスの飾りを置いている。サイモンは逃げ回る鶏を何とか捕まえて逃がそうと投げ上げる。飛べ! サイモンの投げた鶏は台所の窓ガラスに当たり、驚いた拍子にアートは指を切り血を垂らす。ママ、手を切っちゃった! 今行くわ!
絆創膏は? まだ。ニンジンで切ったの? カットされたニンジンの上に派手に血がかかっていた。ネルがアートの傷口に唾を吐きかけて布で縛る。本当に僕死んじゃうの? まあ、おそらくね。そうだ、忘れてた! ネルはオーブンから白ニンジンを確認する。弟たちは? テレビゲーム。あの子たちったら、お風呂に入ってなきゃいけないのに。ママ、時間がないよ。分かってる。もう着いちゃうよ。もう、私はウェイトレスじゃないのに。サイモンが台所に入ってくる。ベリンダはまだいるよ。絶対に出て行こうとしない。まだ十分に料理が用意できてないの。お義母さん(Trudie Styler)は鶏を逃がしたがってるの? キツネに食べられた方がましだって思ってるのさ。ましだよ、多分。後で花火やらせてくれるって約束したよね。ああ、約束したよ。サイモンは息子の指を見ると唾を吹きかける。痛っ! 時計を見てサイモンはアートに尋ねる。弟たちはどこだ? テレビゲーム。あいつら! お前ら、風呂だ。サイモンがハーディーとトーマスに聞こえるように声を上げる。サイモンは妻に完璧だよと声を掛けてキスをすると、ハーディーとトーマスのもとへ向かう。
アートは鶏を抱えて森の中に行き、放つ。ベリンダ、好きにしていいんだ、勇気を出してよ。ベリンダはアートの足下で地面を啄んでいる。アートはベリンダを追い立てる。
ハーディーとトーマスがバスタブに入っている。サイモンが歯を磨きながら2人に告げる。テレビがないって分かってるよな? スマホもネットもなし。神への愛のためだ。キティとの喧嘩もなし。彼女は厄介だけど我慢するんだ。キティうぜー。トーマス、言葉遣い。僕たちできるって言ったよね。ああ、だけど夢中になってくれないと。キティは毒吐いていいの? たぶんね。悪態をつく権利は誰にでもあるって言ってなかった? ああ、言ったよ。クラクションが聞こえる。到着が早いなあ。お前たち、溺れるなよ。浸かってる暇は無いんだ、急ぐんだぞ。サイモンが2人の頭にキスをして立ち去ると、2人はゆっくりと身体を湯に沈める。

 

ネル(Keira Knightley)は夫サイモン(Matthew Goode)の母ニコール(Trudie Styler)が所有する森の中の別荘で、友人の家族を招いた恒例のクリスマス・パーティーを行う。サイモンはニコールの提案で鶏を逃がそうと奮闘。上の息子アート(Roman Griffin Davis)は料理の下拵えを手伝ってくれていたが包丁で怪我をしてしまう。下の双子のハーディー(Hardy Griffin Davis)とトーマス(Gilby Griffin Davis)は風呂に入れとの言いつけに従わず遊んで騒いでいる。料理が準備が終わらないうちにサンドラ(Annabelle Wallis)が夫トニー(Rufus Jones)と娘キティ(Davida McKenzie)とともに到着する。ネルからスティッキー・トフィー・プディングの用意がないと知らされたサンドラはすぐさまトニーをドライヴインのスーパーに買いに走らせる。続いてベラ(Lucy Punch)が同性の恋人アレックス(Kirby Howell-Baptiste)とともに来訪。ネルがベラとジェームズ(Sope Dirisu)の歳の離れた妻ソフィー(Lily-Rose Depp)について話していると、キティがアートに侮辱されたとサンドラがネルのもとに乗り込んでくる。アートが謝り一段落。今度は招待されなかったリジーの件でネル、ベラ、サンドラが一悶着。そこへジェームズがソフィーを伴って現れる。

(以下では、冒頭以外の内容についても触れる。)

友人家族を招いての恒例のクリスマス・パーティーだが、今回のパーティーには特別な意味がある。それはサイモンが鶏を追うのは捌くためではなく逃がすためであることで微かに示唆される。アートが料理の下拵えを手伝っていて怪我をして血を流すのは惨劇の予兆となっている。
今年のパーティーの招待状に印刷された昨年のパーティーの写真では、皆がクリスマス・セーターに身を包みにこやかな表情をしている。それに対し今年の参加者は皆かしこまった出で立ちで現れる。その中、サンドラの赤いスパンコールのタイトなドレスは、肌の露出の多い黒い服のソフィーとが強い対照をなして浮かび上がるが、そこにはジェームズを求めての対立が反映されている。
不法移民やホームレスを差別しつつ、国民にある選択を迫り、他方、女王の延命に汲々とする政府について会話の中で言及される。それはアートら子供によって暴かれる、神を信じずに食前の祈りを捧げる父親、命を守ろうとしない医師など、建前だけの空虚な大人とパラレルである。
近々にはCOVId-19のワクチン接種などパンデミック、より広範には異常気象など地球環境問題を踏まえた作品だが(タイトル"Silent Night"は聖夜であるとともに、レイチェル・カーソン(Rachel Carson)の"Silent Spring"を踏まえていよう)、日本では、ロシアのウクライナ侵略やイギリス女王死去の2022年に公開されたことで、パーティー参加者の会話の内容がより切実に感じられることになった。
「アート」がオルタナティヴな思考を提示することで危難を生き延びる可能性を持つことを訴えている。