可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『エッフェル塔 創造者の愛』

映画『エッフェル塔 創造者の愛』を鑑賞しての備忘録
2021年製作のフランス・ベルギー・ドイツ合作映画。
108分。
監督は、マルタン・ブルブロン(Martin Bourboulon)。
脚本は、キャロリヌ・ボングラン(Caroline Bongrand)。トマ・ビデガン(Thomas Bidegain)、マルタン・ブルブロン(Martin Bourboulon)、マルタン・ブロソレ(Martin Brossollet)、ナタリー・カルター(Natalie Carter)、タチアナ・デ=ロネ(Tatiana de Rosnay)による脚色。
撮影は、マティアス・ブカール(Matias Boucard)。
美術は、ステファーヌ・タイヤッソン(Stéphane Taillasson)。
衣装は、ティエリー・ドゥレトル(Thierry Delettre)。
編集は、ヴィルジニー・ブリュアン(Virginie Bruant)とヴァレリー・ドゥセーヌ(Valérie Deseine)。
音楽は、アレクサンドル・デプラ(Alexandre Desplat)。
原題は、"Eiffel"。

 

1989年3月31日。パリ。エッフェル塔にある暗い部屋でデスクに向かうギュスターヴ・エッフェル(Romain Duris)。脳裡にエッフェル塔の落成式の光景が蘇る。立ち上がり、扉を開けると、強い風の吹き付ける中、眼下の街並を見下ろす。
1886年9月。アメリカ合衆国駐フランス公使ロバート・ミリガン・マクレーン(Joseph Rezwin)が演壇に立ち挨拶している。皆様、ご参集頂き感謝致します。エッフェルさん、アメリカに対する貢献を我が国は決して忘れません。内部構造に携わっただけだと謙遜されますが、自由の女神が風雪に耐え、100年後も立っていることを保証するのは骨組です。アメリカ国民を代表してアメリカ合衆国の名誉市民と致します。公使がギュスターヴの胸にメダルを取り付けると、来場者から拍手が起こる。
賑わうレストランの店内で、ギュスターヴが娘のクレール(Armande Boulanger)と差し向かいに坐っている。言わなければならないことがあるの。法学を諦めて芸術を学ぶつもりか? 結婚したいの。何だって? 結婚したい。ああ、もちろんいつかは結婚するだろうな。牡蠣はどうだ? 沃素は健康にいい。ジャン・コンパニョン(Alexandre Steiger)が姿を現わす。食事は? まだです。新聞は? ジャンが新聞を手渡す。メダルの件は? まだ読んでいません。ギュスターヴが牡蠣の追加を注文する。ジャンがギュスターヴに書類を渡しサインを求める。娘が話そうとするが、ギュスターヴは契約書を見て高すぎるとジャンに言う。万博について検討されましたか? また? 地下鉄だろ。クレール、地下鉄はモダンですと言ってくれ、地下鉄はモダンです。記念建造物は好機です。評判になります。記念建造物はわくわくするわ。評判か。なぜ解体するものを作らねばならんのだ? 仮設なの? 20年だ。モーリス・ケクラン(Jérémy Lopez)とエミール・ヌギエ(Damien Zanoly)の設計案は出来ています。またあの2人か? お先に失礼するわ。クレールが席を立つ。話すことがあったんじゃないか? 心配しないで。クレールが離れると、ジャンが娘さんは大人になったと洩らす。ギュスターヴはジャンの指摘に時の流れを思わざるを得ない。
多くの労働者が行き交う通りをギュスターヴがジャンとともに事務所へ向かう。2人は設計案は持ってきているのか? もちろんです。15分だけだぞ。分かっています。
事務所の会議室でギュスターヴはケクランとヌギエの設計した記念塔の模型を見る。見るに堪えんな。新入りのアドルフ・サル(Andranic Manet)がつい吹き出す。4本脚の構造です。4本だろうが6本だろうが12本だろうが、醜いものは醜い。高さ200メートルまで可能です。ワシントン記念塔でも169メートルしかありません。ケクランとヌギエがギュスターヴに訴える。高いほどいいと? ええ、それが肝です。ギュスターヴは模型をしばらく見詰めるが、模型を片付けて仕事に戻るよう指示する。優れた計画は、有用で民主的、かつ永続的でなければならん。アドルフはにこにこしている。ギュスターヴがジャンとともに自分の部屋に向かう。新入りは愉快な奴なのかそれとも愚かな者なのか? さあ、分かりませんね。地下鉄について検討しよう。争いがある案件ですよ。商務大臣の支持を取り付けなければならん。簡単には行きませんよ。ギュスターヴが新聞をジャンに手渡す。アントワーヌ・ドゥ=レスタック(Pierre Deladonchamps)。サント=バルブの同窓なんだ。ジャーナリストで大臣と親しい。味方してくれる。友人だったんですか? 酒と女が好きだった。寮に持ち返った。女性を? いや、外で会った。ギュスターヴは橋梁計画のミーティングに参加する。
歌いながら飲む人々でごった返す酒場でギュスターヴはアントワーヌに声を掛ける。昔なじみだよ。覚えてるか? よく覚えているさ。立派な馬車がある金持ちはいい。だが労働者はどうだ? どうやって郊外から通うんだ? 地下鉄だろ! その通りだ! 懐かしいなあ。
事務所でギュスターヴがジャンから渡された書面に目を通している。あといくつある? これが最後です。頭痛がする。新入りに重曹を持って来させてくれ。ギュスターヴの前にクレールが現れる。話があるの。結婚したいという話だな。相手は? アドルフ、アドルフ・サル。聞いたことがない。おかしな名前だな。やめてよ。新入りがクレールの隣に立っている。なぜここに? 彼が相手よ。新入りが? 頷くクレール。新入りと結婚したいのか? ギュスターヴは水に重曹を混ぜる。結婚相手を見極めるために父さんならきっと雇うだろうと思って、先に試してしまったの。黙っていたのか? もう7ヶ月になるわ。お眼鏡に適ったってことでいい? 恐ろしい娘だな。知ってたのか? ギュスターヴに尋ねられたジャンは言葉を濁す。ギュスターヴはコニャックを4つのグラスに注ぎ、娘の結婚を祝して乾杯した。

 

1886年9月。ギュスターヴ・エッフェル(Romain Duris)は、自由の女神像の鉄骨を担当した功績で、アメリカ合衆国駐フランス公使ロバート・ミリガン・マクレーン(Joseph Rezwin)からアメリカ合衆国の名誉市民の称号を贈られた。フランス革命100周年を記念した1889年の万国博覧会に向けた記念建造物の設計競技が間近に迫る中、エッフェル社財務担当のジャン・コンパニョン(Alexandre Steiger)が鉄骨構造物担当のモーリス・ケクラン(Jérémy Lopez)と組立工法担当のエミール・ヌギエ(Damien Zanoly)による設計案をギュスターヴに検討させるが、ギュスターヴの目下の関心は労働者の足となる地下鉄にあった。事態を打開するため、コレージュ・サント=バルブの同窓であるジャーナリストのアントワーヌ・ドゥ=レスタック(Pierre Deladonchamps)に商工大臣エドゥアール・ロクロワ(Philippe Hérisson)への仲立ちを依頼したギュスターヴは、大臣出席の晩餐会でアントワーヌから妻アドリアンヌ(Emma Mackey)を紹介される。アドリアンヌは若き日にギュスターヴが結婚を誓った相手だった。亡き妻との間の娘クレール(Armande Boulanger)は今や社員のアドルフ・サル(Andranic Manet)と結婚するほどギュスターヴは歳を重ねた。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

エッフェル塔建設の背後にあったギュスターヴ・エッフェルの悲恋を描くフィクション。
世間の関心がフランス革命100周年を記念する万国博覧会に集まる中、エッフェルは万博の仮設の記念建造物ではなく、地下鉄建設に関心を寄せていた。最初に名を馳せるきっかけとなったガロンヌ川の鉄道橋建設工事では、自ら川に飛び込んで溺れた労働者を救い出し、労働環境の改善のために施主に掛け合うなど、労働者の立場を意識してきたエッフェルは、郊外に暮らす労働者にパリへの足を提供したかった。また、20年という時限のモニュメントではなく、恒久的なインフラに興味を持っていたのは、ガロンヌ川鉄道橋建設の際に知り合ったアドリアンヌとの恋愛が儚いものに終わったという悔いがあったことが示唆される。再会したアドリアンヌに触発されたエッフェルは、万博のモニュメントに永遠の愛の理想を具現化することになるだろう。エッフェル塔の"A"という姿は"Amour"を象徴するのだ(おそらく邦題の「創造者の愛」はそのような発想に基づいていよう)。