映画『怪物の木こり』を鑑賞しての備忘録
2023年製作の日本映画。
118分。
監督は、三池崇史。
原作は、倉井眉介の小説『怪物の木こり』。
脚本は、小岩井宏悦。
撮影は、北信康。
照明は、柴田雄大。
録音は、中村淳。
美術は、坂本朗。
装飾・小道具は、谷田サチヲと伊藤実穂。
メイクは、百武朋。
編集は、相良直一郎。
音楽は、遠藤浩二。
昔々あるところに怪物の木こりがいました。怪物は木こりのフリをして人の住む村で暮らしていました。大きな耳と鋭い牙は隠しているので、誰も木こりが怪物とは気付きません。
古い洋館。多数の捜査員を伴った刑事・北島信三(出合正幸)が玄関に向かい、ベルを鳴らす。男が姿を表す。東間和夫だな。北島が捜索差押令状を示す。奥さんはどちらに? 翠、警察だ、逃げろ! 和夫が叫ぶ。捜査員たちが建物の中に雪崩れ込んだ。だが、どの部屋にも人影は無い。
木こりさん、薪を分けてちょうだいな。パン屋のお婆さんが頼みます。いいですよ。怪物の木こりが答えます。パンを分けてあげます。うちへ上がって下さいな。パン屋のお婆さんに招かれた怪物の木こりは、中に入ると、手にした斧でお婆さんの頭を斧で叩き割りました。怪物の木こりはお婆さんを食べてしまいました。むしゃ、むしゃ、むしゃ。
閉ざされていた黒い鉄扉を開け、北島らが奥へと進むと、手術室があった。頭に包帯を巻いた少年が寝台に坐って、絵本『怪物の木こり』を読んでいた。東間翠だな。その子に何をした? あら、心配なのはこの子だけ? 翠(柚希礼音)はメスを手に少年に近付く。他の子供たちは? どぉこだ? そこへ捜査員の1人が北島に血相を変えて報告に来る。隣の部屋に子供たちがいました。ほっとする北島。…子供たちの遺体、おそらく15体です…。その子から離れろ! 目の前の少年が危ないと北島が銃を構えて翠に向ける。女はメスを自分の首に持っていき、躊躇うことなく正確に頸動脈を切断した。
二宮彰(亀梨和也)の車がカーブの続く山道を猛スピードで走り抜ける。二宮の車を黒い車が執拗に追っていた。二宮がさらにアクセルを踏み込む。追尾する車もスピードを上げる。二宮を追っていた男は、カーブを曲がったところ、二宮が車を降りて道路に突っ立っていた。驚き慌ててハンドルを切る。二宮を躱したものの、二宮の車を避けようとした車は壁に乗り上げて転がり、ひっくり返った。あぁあ、大丈夫? 二宮が運転席で逆さになり動けない男に近付く。男の身元は所持品から杉谷病院の矢部正嗣と分かった。救急車を頼む。何で俺をつけてきた? 偽装した死亡診断書だ。杉谷の死体処理に気付いた。警察に行けばいいだろ? 金になると思ったんだ。防犯カメラに杉谷と一緒に映ってた。命取りだ。ドラレコはつけておいた方がいい。最近はあおり運転なんてのもあるから。頼む! お願いします! なんで泣いてるの? 二宮はナイフを取り出す。どうかしてる、お前、弁護士だろ! 二宮は矢部の首を探り、頸動脈の位置を確かめると、すっとナイフを走らせる。矢部の血が道路に噴水のように迸った。
杉谷病院。二宮が副院長室へ入ろうとして、丁度出て来たダークスーツの女性(菜々緒)と鉢合わせた。彼女の落とした資料を拾いあげ、手渡す二宮。ありがとうございます。美しい顔を眼鏡で隠している彼女はもう1人の男性と副院長室を後にした。笑顔で手を振り見送る二宮と杉谷九郎(染谷将太)。科警研の捜査支援分析センターの人だって。警視庁の応援で。都内で連続殺人事件が起きてるでしょ。精神病患者を調べに来たんだ。
中庭に出た二宮は矢部に追われた一件を杉谷に説明する。杉谷によれば、総務所属の矢部は使い込みが発覚し、院長に解雇されるところだったらしい。あれだけ死体を始末したら発覚もやむを得ないと笑う杉谷に、実験名目で切り刻んでるお前よりマシだと二宮は吐き捨てるように言う。猫は飽きちゃったからさと嘯く杉谷。防犯カメラからデータは消しておくから大丈夫。大丈夫じゃないから来たんだろ。落ちていたバスケットボールを防犯カメラに叩き付けて破壊すると、二宮は立ち去った。
二宮は帰宅する際、カーラジオのニュースにより、品川区のアパートで無職男性・岩田三郎の頭部損傷遺体が発見されて3日経つが、有力な手掛かりは見つかっていないこと、台東区で発生した主婦・石川真澄の殺害事件との関連が取り沙汰されていることを知った。アパルトマンの広い地下駐車場で車を降りると、けったいな仮面をつけた男が渾身の力で斧を振り下ろしてきた。間一髪躱す二宮。仮面の男は執拗に二宮を狙う。金か? 金ならくれてやる。おまえら怪物は死ぬべきだ。逃げ出す二宮に向かって投げられた斧が頭に命中し、二宮は倒れる。ちょうど駐車場にやって来た若い女性が悲鳴をあげる。…俺に何の怨みなんだ。二宮は近くの柱にあった消火装置を起動させ、天井のスプリンクラーから水を噴出させる。仮面の男は立ち去った。あいつ、絶対殺してやる。二宮は財布を取り出すと紙幣を吞み込み、財布を放り投げる。
関東地方で連続児童誘拐事件が発生し、走査線に静岡県在住の東間和夫と妻・翠(柚希礼音)が浮かぶ。北島信三(出合正幸)が多数の捜査員を引き連れて東間夫妻の洋館に向かうと、生存するのは少年1人だけで、15人の遺体が発見された。翠が行った脳手術の犠牲となったのだ。翠は逮捕を免れようとその場で自殺した。
弁護士の二宮彰(亀梨和也)は追尾する車に気付き、カーブを曲がったところで車を降り路上で待ち伏せする。二宮を追っていた男は突然眼前に現れた二宮に動顚し、ハンドル操作を誤り車を転倒させた。二宮は男が杉谷病院の矢部正嗣で、大量の死亡診断書の偽造に二宮が関与していると強請ろうとしていた。躊躇無く矢部を殺害した二宮は、杉谷病院に副院長・杉谷九郎(染谷将太)を訪ねる。都内の連続殺人事件の捜査で杉谷に協力を仰いだ科警研・捜査支援分析センターの戸城嵐子(菜々緒)と入れ違いになった。杉谷によれば矢部は使い込みが発覚して解雇されることが決まっていたという。監視カメラの映像データは心配ないと請け合う杉谷に二宮は釘を刺す。帰宅時、二宮は、戸城が捜査する都内の連続殺人事件の報道をカーラジオで耳にする。アパルトマンの地下駐車場で車を降りた二宮は、奇抜な扮装をした男に斧で襲われる。おまえら怪物は死ぬべきだと言う襲撃者が投げた斧が二宮の頭部に命中する。通りがかりの女性が悲鳴をあげたことでとどめを刺されずに済んだ二宮は、紙幣を呑み込んで強盗を偽装する。病院で目を覚ました二宮は医師(みのすけ)から硬膜外血腫の山場を越えたが数日は入院して様子を見た方がいいと告げられる。同時に頭部画像に写った脳チップについて指摘された二二宮は、初耳だったが、掛かり付け医に診てもらうと機転を利かす。婚約者の荷見映美(吉岡里帆)が見舞いに訪れる。映美の父は、二宮の所属事務所の代表で不審な自殺を遂げたばかりだった。舞台の稽古の合間に訪れた映美はすぐに立ち去る。二宮は脳チップについて知るために杉谷を訪ねる。
品川署に岩田三郎殺害事件の捜査本部が設置される。岩田の頭部は激しく損壊され、脳が取り出されていたため、台東区の主婦・石川真澄の殺害事件と同一犯の犯行と考えられた。係長(堀部圭亮)による捜査状況の報告と、戸城警部の分析を踏まえ、女性管理官が捜査方針を示す。品川署の警部補・乾登人(渋川清彦)は、怨恨でも快楽でも無ければ物盗りだろうと独自に分析する。乾は捜査一課にいたが、保険金殺人の容疑者だった剣持武士(中村獅童)を殴ったことで所轄に飛ばされていた。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
脳が取り去られる「脳泥棒」殺人事件が上野と品川で発生。その最中、弁護士の二宮も斧を持った人物に襲撃される。おまえら怪物は死ぬべきだと告げる襲撃犯の扮装は、絵本『怪物の木こり』――木こりの姿で村に溶け込んでいる怪物が村人達を次々と襲っては殺害し食べてしまう――に登場する怪物をモデルとしたものだった。
荷見法律事務所の弁護士・二宮は、婚約者・映美の父でもある代表弁護士荷見を自殺に見せかけて殺害してしまう。二宮は、『怪物の木こり』の怪物よろしく、弁護士を業とするサイコパスであった。
二宮は、絵本『怪物の木こり』の木こりのフリをした怪物に扮装した襲撃者に斧を投げつけられて頭部を損傷して入院する。医師から脳チップが埋め込まれていることを指摘されるが、二宮本人には手術を受けた記憶がない。死亡偽装で協力関係にある医師・杉谷に話を聞き、、かつて脳チップを埋め込む治療が行われたが、ロボトミーとして行われなくなったことを知る。
絵本『怪物の木こり』では、怪物は耳が大きく鋭い牙を持つとされる。とりわけ耳に着目させる点で、など身体的特徴をもとに犯罪傾向を理解しようとしたチェーザレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso)を想起させる。
東間翠は脳チップを用いてサイコパスを生み出す実検を行っていた。息子がサイコパスであったことから、サイコパスの治療を研究しようとしたが、サイコパスを被験者として探し出すのは容易ではない。そこで、サイコパスでない子供をサイコパスにすることで、サイコパスを生み出す脳のメカニズムを分析しようとしたのだ。
犯罪を行う素因を遺伝に求めたロンブローゾに比して、脳チップによる脳機能障害は科学的ではある。だが科学的であるがゆえにかえってサイコパスを直ちに犯罪者として扱ってしまう嫌いがある。個別具体的な事情を捨象してレッテルを貼ってしまうのであれば、結果的にはロンブローゾと大差ないことにならないか。サイコパスというレッテル貼りを利用して、かえってそのレッテル貼りの危険――怪物を生み出すのは人間である――を訴えるのが眼目なのかもしれない。
PG12ということでテーマに比して優しい味付けに仕上がっている。
戸城・乾のバディをもっと見たい。