映画『ポッド・ジェネレーション』を鑑賞しての備忘録
2023年製作のベルギー・フランス・イギリス合作映画。
111分。
監督・脚本は、ソフィー・バーセス(Sophie Barthes)。
撮影は、アンドリー・パレーク(Andrij Parekh)。
美術は、クレメント・プライス=トーマス(Clement Price-Thomas)。
衣装は、エマニュエル・ユーチノウスキー(Emmanuelle Youchnovski)。
編集は、ロン・パテイン(Ron Patane)とオリビエ・ブッゲ・クエット(Olivier Bugge Coutté)。
音楽は、サーシャ・ガルペリン(Sasha Galperine)とエフゲニー・ガルペリン(Evgueni Galperine)。
原題は、"The Pod Generation"。
レイチェル(Emilia Clarke)が薄暗い部屋の中で、妊娠して大くなったお腹を鏡に映して見る。赤ん坊のような泣き声がして振り返る。波打際のイメージが現れる。レイチェルがベッドで目を覚ます。朝7時。隣では夫のアルヴィー(Chiwetel Ejiofor)がまだ眠っている。足元で飼い猫が鳴くのを抱き寄せる。
誰もいないリヴィングのブラインドが開き、機器が作動し始める。3Dプリンタのような装置が朝食を成型し、珈琲マシンがマグカップに珈琲を抽出する。おはよう、レイチェル、よく眠れました? 寝室から出てきたレイチェルにAI(Megan Maczko)が話しかける。よく眠れたわ、エレナ。部屋は高層階にあり窓からは眼下に広がる街が見える。腸内知能の結果が出ました。おめでとう、腸は賢くなっています。微生物叢が優れた多様性を示しています。善玉菌が繁殖しています。セロトニンが不足しています。ネイチャー・ポッドをスケジュールに入れたいのですが。もう3週間空いてます。分かってるわ、でも今週は予定が立て込んでるのよ、エレナ。レイチェルは朝食をカウンターに並べると、珈琲を手に窓辺に立つ。
クローゼットでは吊り下げられた衣服が回転する。パールの衣装を着たのいつだっけ? 先週の木曜日です。今日はシルヴァーはいかがでしょう? そうね。
レイチェルがアルヴィーに珈琲を持っていく。一口飲むと、アルヴィーはレイチェルを抱き締める。ダメよ、仕事に行かないと。10分。ダメ。5分。レイチェルはアルヴィーにキスを浴びせて口を閉じさせる。じゃあね。
レイチェルが地下鉄に乗る。植物による酸素発生装置を背負った女性や、胎児育成ポッドを抱えた女性が目に入る。
アルヴィーがクローゼットを前に立つ。今着ているのと同じ様なTシャツが並んでいる。着替えたアルヴィーは光合成を促進する棚から鉢植えを取り出すと、猫に与える。国民の幸福指数が3上昇していますが、先週以来、あなたに変化はありません。アルヴィーはエレナのメッセージを鬱陶しがる。幸福度を上げるにはどうすればいいでしょう、アルヴィー? アルヴィーは無視して、お気に入りの映像を視聴する。珈琲が入りました。アルヴィーがカップを手に取ろうとすると引っ込む。お願いの声を聞こえなかったので。頼むよ、エレナ。トーストをお楽しみ下さい、ウェルダンで。黒焦げの朝食が用意される。アルヴィーはリヴィングの隅にある鉢植えを並べた空間に移動すると、坐って植物を植えるための土作りを始める。
レイチェルが出社する。ミーティングルームでレイチェルが皆を前に、球形のAIアシスタント「レナ」のトレーニングが終了したと報告する。続いて次世代型AIアシスタントの「マーシャ」を紹介する。テーブルの上には眼球のような球体に様々な台座を持つ装置が並ぶ。皆さんとの深層学習を通じてマーシャはAI役員になります。2ヵ月以外に顧客を引き継ぐので、皆さんには新たにインフルエンサー対応をお任せします。…あの、私達は余剰人員になってしまうことになりませんか? 技術はスタッフを削減するためではなく、スタッフを手助けをするためにあるんですよ。アリス(Vinette Robinson)が引き受ける。わくわくしますね。私にはマーシャが意欲的に取り組もうとしているのが感じられます。拍手をお願いします。それでは仕事に戻りましょう。今こそが未来ですからね。
マーシャを手に自らのオフィスに戻ろうとしていたレイチェルが人事部長(Aslin Farrell)に呼び止められ、部屋に招かれる。あなたの仕事には大変満足してるわ。昇進にふさわしいわね。それはそれは…。家族構成に変化はあるの? 思い当たることはありません。ご主人の職業が空欄だけど。ああ、夫は植物学者なんです。植物やそれに類したものを研究しています。それにホログラム植物のデザインも指導してます。じゃああなたが家計を支えてるってこと? 差し当たってはそういうことですね。家族を増やす計画は? いつかはそうなると思いますが。素晴らしい業績を挙げているのに、この勢いを失うのは残念だわ。子宮センター社が当社の傘下に加わったの。検討したことがあるなら頭金の補助も出せるわよ。すごい特典でしょ。最も優秀で聡明な女性は絶対に会社に必要なの。
近未来のニューヨーク。ペガサス社に勤務するレイチェル(Emilia Clarke)は、優れた業績を挙げていることから、人事部長(Aslin Farrell)に昇進を打診されるとともに、最近傘下に入った子宮センター社で人工子宮ポッドを利用する補助を出してもらえることになった。人工子宮ポッドは高額にも拘らず予約が殺到しているが、折良く空きが出て、レイチェルは1人子宮センターに見学に向かった。もっとも夫のアルヴィー(Chiwetel Ejiofor)には相談できないでいた。自然を愛する植物学者のアルヴィーは、住まいを管理するAIエレナ(Megan Maczko)も鬱陶しがる。人工子宮ポッドで子供を産むことに反対なのは明らかだった。
(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)
卵形の人工子宮ポッドを利用して胎児の育成・出産のアウトソーシングが可能になった世界を描く。
人工子宮ポッドはクレードルに設置されるが、充電により最大48時間は持ち運びできる。アラームやライトによって栄養を与えるタイミングが指示される。ポッドに内臓された装置で音楽や読み聞かせなど種々の胎教も可能である。ポッドは多孔式で周囲の環境の影響を受ける。
高額な利用料、ポッドの絶対数の不足の他、人工子宮ポッドの所有権が子宮センター社に帰属すること、生育データなど個人情報が吸い上げられていることなどの問題があるが、懐胎・出産から女性を解放するテクノロジーではある。
テクノロジーに対置される、自然の象徴が植物である。自然はホログラムや映像などに代替され、アルヴィーの学生は木に生っている無花果を食べることに抵抗を示す。
テクノロジーが発達しても人間は変わらない――子供に対する愛着は失われない――という、楽観的な描かれ方がなされている。靴なしに外を歩けないように、人工子宮ポッドなしに出産はあり得ない日が来るだろうか。
レイチェルとアルヴィーは、島の自然環境の中で「出産」を迎えることを――子宮センター社の反対を押し切って――選択する。それはテクノロジーと自然との調和を象徴する。
男女の産み分けはもとより、男の子を望まないのであれば、母親のみでの出産も可能となっている。
人工子宮ポッドの利用は、夫婦、同棲カップルなどを想定しているが、家族が子育てをする世界から、社会が子育てをする世界への転換が目前に迫っている。血のつながりに基づく「家族」という単位がかつて存在していました、と記述される未来は遠くないのかもしれない。
村田沙耶香の『消滅世界』に関心がある向きに。