可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『梟 フクロウ』

映画『梟 フクロウ』を鑑賞しての備忘録
2022年製作の韓国映画
118分。
監督は、アン・テジン(안태진)。
脚本は、ヒョンギュリ(현규리)、アン・テジン(안태진)。
撮影は、キム・テギョン(김태경)。
美術は、イ・ハジュン(이하준)。
編集は、キム・サンミン(김선민)。
音楽は、ファン・サンジュン(황상준)。
原題は、"올빼미"。

 

王太子が北京から帰国して数日で病気のために亡くなった。耳、目、口、鼻から出血があり、薬物中毒による死亡のようであった。インジョ[仁祖]実録1645年6月27日。
昌徳宮。薄闇の中を子供を背負って男が走る。扉を抜けると仁政殿前の広場越しに今し方昇った太陽が輝いた。
恵民署。盲目のチョン・ギョンス(류준열)が鍼を布に捲いて鍼灸師の治療の準備をしている。
施術を終えた鍼灸師たちが内院の採用試験について話している。内院に出仕すれば人生を立て直せるだろう。今回は鍼灸師も対象だ。昨年宮中に入った男は立派な屋敷を手に入れたそうだ。鍼灸師たちはギョンスに試験を受けるつもりか尋ねる。受験できますか? ああ、お前も人生を立て直すべきだ。雑談をしていた鍼灸師たちに御医を迎え入れる準備をしろと声がかかる。
御医のイ・ヒョンイク(최무성)が姿を現わし、試験が行われる。受験者は簾越しに患者の手に結わえた糸を取って、所見を述べていく。見当違いの見立てに業を煮やしたヒョンイクは鍼灸師に診断を行わせる前に試験を切り上げて立ち去る。そのときギョンスが声を上げる。脳卒中かと。盲人か。なぜ脳卒中との見立てを? 足を引きずっていましたし、呼吸が不規則でした。短気で堪え性がないために脳卒中に至ったものと。脈を診ることもなく診断を下すことなど可能かな? そもそも糸を取って診断することこそ無意味です。糸を用いるのは婦女の身体に触れないようにとの配慮からです。診断は患者との会話を通じて行わねばなりません。お前ならどこに鍼を打つかね? ギョンスは患者の太衝、百会に鍼を打ち、症状を改善させることに成功する。
ギョンスが喜び勇んで家路に就く。近所の子供たちと遊んでいた身体の弱い弟のチョン・ギョンジェ(김도원)が駆け寄ってくる。走るんじゃないと言わなかったか?
近所の商店に立ち寄ると、主人や女将さんがギョンスが内院に出仕すると聞き、大出世だ、いつかはやってくれると思ってた、と口々に褒める。だが主人は豚肉を切り分けて見せながら、包みには鶏肉を入れた。ギョンスは包みを手にしてすぐにおかしいと気付く。目の見えるギョンジェは渋い顔をする。
ギョンスとギョンジェが夕餉を取る。兄上はなぜいつも耐え忍んでいるのですか? 御医になれば全てはうまくいく。ギョンスが弟に食べるよう促す。内院から戻ったら家を買えるし、お前の病気も治せる。ただ宮廷に入ったらしばらくは帰れない。何故です? 学ばねばならなないことが多くあるからだ。まともな仕事をするためには1ヵ月は必要だろう。1ヵ月経てば時折家に戻ることができるだろう。薬草を採りに行くと言ったときも1ヵ月で戻ると言いました。お前がツルニンジンを食べたいと言っていたのを思い出して採っていたからだ。旨かったろう? ギョンジェが苦しそうな呼吸をし始める。大丈夫か? ギョンスは薬湯を与えようとするが鉄瓶にはほとんど残っていなかった。
ギョンスは慌てて薬種商を訪れる。だが既に支払いが滞っているギョンスは相手にしてもらえない。内院に出仕すれば俸禄が支給されます。1ヵ月後には必ず支払います。だったら1ヵ月後に出直せ! ギョンスは店の外に蹴り出される。だが薬が手に入らなければ弟が死んでしまうとギョンスは店の柱にしがみついて動かない。
ギョンスがギョンジェに薬湯を飲ませる。兄がいなくても薬を飲まなければならない。兄がいなくては私には誰もいません。1ヵ月の辛抱だ。ギョンスが薬湯を飲んで落ち着いたギョンジェを寝かせる。
早朝。まだギョンジェが眠っている中、ギョンスは昌徳宮に向けて出立する。
内院のマンシク(박명훈)がギョンスに腕を貸して昌徳宮に向かって歩いている。良いか、宮廷では何を聞いても聞いていないふり、何を見ても見ていないふりをするのだ。そうか、お前にはその必要はないか。

 

朝鮮王朝第16代国王インジョ[仁祖](유해진)治下23年を迎えた漢陽。盲目のチョン・ギョンス(류준열)は恵民署で鍼灸師の助手をしながら病を抱えた弟チョン・ギョンジェ(김도원)を養っていた。御医イ・ヒョンイク(최무성)が行った人材登用試験において、耳を活かした見立てと鍼療治とが的確と評価されたギョンスは、昌徳宮の内院に出仕することになった。先輩のマンシク(박명훈)の指導を受けつつギョンスは新入りとして雑用をこなすとともに、インジョの側室・ソヨンチョシ[昭容趙氏](안은진)に鍼を打ち、腕を見込まれる。その頃、南漢山城の戦いに敗れたインジョが清に人質として差し出した王太子ソヒョン[昭顕世子](김성철)が王太子妃カンシ[愍懐嬪姜氏](조윤서)を伴って8年ぶりに帰還することとなった。明の滅亡による措置であった。先進的な清との関係を構築し王家の再興を図ろうとする王太子や領相チェ・デガン(조성하)と、「反清復明」を掲げた南明などの抵抗が続く中、清への従属を潔しとしない国王との間に亀裂が生じる。

(以下では、冒頭以外の内容についても言及する。)

貧しい盲人のチョン・ギョンスが病気の弟チョン・ギョンジェを救おうと鍼灸師として昌徳宮の内院に出仕すると、折しも人質として清に抑留されていた王太子が帰国するところだった。清との関係を巡って王宮は混乱する。
1636年後金のホンタイジは国号を大清国と改め、満州族を野蛮人と見下す朝鮮に侵攻する。国王インジョは南漢山城に籠城したが翌年初めに降伏し、ホンタイジに対し三跪九叩頭の礼を取った。
1644年、李自成が明を滅ぼすと、ホンタイジの後継ぎ順治帝が北京に入城した。これに伴い8年間清に抑留されていた王太子ソヒョンが帰国することとなった。ソヒョンは清でイエズス会宣教師の伝える西欧文明に触れており、清との関係改善や技術革新により、王家の復興を目論む。
インジョは、「反清復明」を掲げた南明などの抵抗が続き、未だ中華の統一が果されていない中、清に従属することを潔しとしない。
王太子ソヒョンの急死は、清との関係を巡る政治対立を背景としている。ギョンスが鍼灸師として内院に出仕して王室の面々に近侍することになり、結果として政争に巻き込まれることになる。