可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

展覧会 山下茜里個展『Beyond the Skin』

展覧会『山下茜里「Beyond the Skin」』を鑑賞しての備忘録
小山登美夫ギャラリー天王洲にて、2024年1月20日~2月10日。

皮膚を除去されたかのような人々が画面一杯に押し込められた姿を蝋染めにより表わした「Beyond the Skin」シリーズで構成される、山下茜里の個展。

《Beyond the Skin No.1》(1900mm×1900mm)の画面には、10名ほどの赤い身体を持つ人たちが、顔が押しつぶされるように歪んでいたり、腕や脚などが引き伸ばされているように長くなっていたりと、まるで絵画の中に押し込められたように屈み丸くなって画面を埋めている。赤い身体は、血管あるいは神経のような緋色、朱色、橙色などの線が埋め尽くすことによる。耳なし芳一の耳ではあるまいが、大きな眼球だけは白地に赤紫の血管がわずかに覗くだけで、黄緑の花のような虹彩とともに浮かぶ。目の位置は周到に計算され、中央から時計回りに螺旋状に配され、手脚とともに緩やかな渦を構成している。微細な脈の密集と渦とが吸引力と酩酊感を生む。それが、目だけ爛々と光らせ、皮膚を剥がされたような身体の人々に気味悪さを感じない不思議の一端である。国芳の《みかけハこハゐがとんだいゝ人だ》、あるいは北斎の《百物語 お岩さん》に通じる滑稽味もまた陰惨な印象を殺いでいる理由と考えられる。《Beyond the Skin No.1》の左には《Beyond the Skin No.2》(1900mm×950mm)、右には《Beyond the Skin No.3》(1900mm×950mm)が配され、三幅対のように展示されている。《Beyond the Skin No.2》では脚が、《Beyond the Skin No.3》では手や三段腹が、中央の《Beyond the Skin No.1》に視線を誘う効果線のように働いている。
2001年制作の「三幅対」に対面するのが、2004年制作の《Beyond the Skin No.24》(1200mm×1200mm)と《Beyond the Skin No.25》(1200mm×1200mm)である。「三幅対」で表現されていた鼻や耳などが消え、また、手脚のデフォルマシオンよりも頭部の肥大化が目立つ。《Beyond the Skin No.25》における緩やかな弧状に配された目玉がリズミカルであるが、《Beyond the Skin No.24》では目玉の表現も大人しくなっている。並んだり、大人しくなったりといった特徴は、閉鎖環境に押し込まれた状況にも訓致されてしまう人間の性を描いているのかもしれない。皮膚を失い、赤い身体として一所に押し込まれて目を光らせているのは、同調圧力に屈した人々の姿であった。同調圧力を逃れようとする者を赦さない監視の目を光らせるリトルブラザーズこそ、真に恐ろしき妖怪である、作者はそう訴えるのだ。