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芸術鑑賞の備忘録

展覧会『毛利眞美 出版記念展』

展覧会『毛利眞美 出版記念展』
南天子画廊及びart speace kimura ASK?にて、2023年5月22日~6月17日。

毛利眞美の伝記(高見澤たか子『ふたりの画家、ひとつの家 毛利眞美の生涯』)の出版を記念して開催される、毛利眞美の絵画展。1950年代から1960代初頭にかけて制作された、いずれも無題の、女性の身体をモティーフとした油彩画で構成される。

縦長の画面(803mm×608mm)の左右両端に横幅の6分の1程度の暗いオレンジ色の帯を配した作品では、右手を後ろに回し、左手でタイヤのような輪(モデルが姿勢を支えるために持っているなら背凭れと考えるべきか)を持ち、右脚に重心を置いて立ち、左脚をやや浮かせた女性の像(頭頂部と足首の先とを除く全身)が描かれている。左右の帯と同系色のオレンジや赤で描かれたヌードが、茶色味を帯びた黒に限りなく近い灰色で塗り潰された背景に浮かび上がっている。身体は、腕、胸、腹、脚など、いくつかの部分に分けて筆触を残しながらも平板に塗り込められる一方、その切り分けた部分の組み合わせで立体感が演出されている。上からの視点で描かれたような胸、鳩尾から下腹部にかけての赤、陰毛の黒い三角形が印象的だ。やや俯いた女性の顔に目鼻の表現は無いが、暗いオレンジの帯の先にあるはずの「輪」の先を見詰めているように見える。その視線に誘導するのは、左右の縦の帯や、胸のωから赤い鳩尾を経ての陰毛の下向きの三角形である。閉鎖環境に置かれた女性は、その左手に持つ「輪」によって、風穴を開けようとしているよでもある。
縦長の画面(1163mm×730mm)は、真下に下ろした,右腕の肘の辺りを後ろに回した左手で押え立つ女性の裸体像。クリーム色の身体を細かくパーツに分け、黄、灰色、桃色などで明暗と立体感を演出している。女性の立つ場所は、灰色、緑、青、赤などで塗り分けられた矩形ないし円弧の幾何学形態で埋められている。円弧は、女性の体の線の円弧と呼応する。女性は顔を上げ、遠くを見詰めている。
縦長の画面(650mm×540mm)に足を組んで坐り、左肘を膝に置いて頰杖をつく女性の像を描いた作品では、女性の着衣の身体がいくつかのパーツに分かれて描かれている。頭に被って垂らした赤いベール、左腕、ロングスカートの右脚、左脚などが赤色系の円弧を持ったパーツとして相似的となっており、なおかつ周囲に配された暗い赤の円弧や、オレンジの縦の矩形などとも響き合い、溶け合う。目を閉じる女性の瞑想は、世界との一体化を示唆する。

上記作品はいずれも第1会場である南天子画廊に展示されている。第2会場のart speace kimura ASK?に展示される作品は、パターンを表わすように筆跡を残した青、赤、緑いずれかの背景に、主にクリーム色で女性の身体を表わした作品である。荒々しく描かれた女性の姿は一見すると模糊としているが、その筆の跡を追うことで、具体的な形が摑めてくる。例外的に椅子が描かれている作品(1459mm×883mm)には、椅子に腰掛けて俯く女性が描かれ、その腹部に卵のような渦がある。夜空のような青い背景と相俟って、身体=ミクロコスモスと宇宙=マクロコスモスとが照応する。少なくとも瞑想する女性の中では、世界と一体化を果たしているのではないか。第2会場では、乳房や太腿などが強調されるとともに、蹲ったり跪いたりしているポーズの作品が目立つ。第1会場の作品の多くに見られた女性の周囲のモティーフが消え去ったのは、女性が外界の要素を体内に吸収したからではないか。体内に取り込んだものを糧に、女性は繭となり、蛹となり、体内に宇宙を生み出している。そのような夢想に誘われる。