阪本トクロウ個展「偽の真空」を鑑賞しての備忘録。
アートフロントギャラリーにて、2018年9月14日~10月14日。
「偽の真空(False Vacuum)」とは物理学用語とのこと。初めて耳にした言葉。私には物理学用語の意味はよく分からない。
アートフロントギャラリーは旧山手通り沿いのヒルサイドテラスA棟にあるギャラリー。通りに面したガラス張りの展示空間の奥の壁には、灰色のタイルが規則的に貼られた壁が精緻に描かれた大きな作品《the wall》が壁面にどんとかけられている。
絵画の室内装飾としての役割からすれば「窓=開放」としての役割を担わされたり期待されたりすることが多いだろう。それでもブラッサイが壁の落書きを撮影したり、佐伯祐三がポスターの貼られた壁を描いたり、壁に対する関心を寄せる作家は少なくないのかもしれない。
阪本の描く壁は、新しく建設された研究所か何かを想起させる。張り詰めた雰囲気は、見る物に安らぎや落ち着きを与えるものではない。無響室で感じられる圧迫感のようなものが、この壁の絵から感じられる。
ギャラリーによるこの展覧会の紹介文(阪本が「辛うじて均衡を保っているのですが、そのギリギリのところ」で決めたという構図からは、絶対的な安定ではない緊張感をもった状態であることも同時に感じられます)の影響だろうが、鎌倉幕府の崩壊を思う。
弘安の役の後、ありうる3度目の元の襲来に備えて防衛体制が築かれる中、他の御家人や一門の庶流を排除して得宗家が専制体制を築いていた。その時点ではまさか幕府が崩壊するなんて思われなかっただろう。しかし、強権による支配は、被治者が進んで服従しているわけではないのだ。権力が頂点を極めているときこそ、崩壊は始まっている。完成は崩壊の始まりなのだ。