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芸術鑑賞の備忘録

映画『ペイン・アンド・グローリー』

映画『ペイン・アンド・グローリー』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のスペイン映画。113分。
監督・脚本は、ペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)。
撮影は、ホセ・ルイス・アルカイネ(José Luis Alcaine)。
編集は、テレサ・フォン(Teresa Font)。
原題は、"Dolor y gloria"。

 

サルバドール・マジョ(Antonio Banderas)は、世界的映画監督として知られているが、脊椎脊髄疾患や偏頭痛などの大小様々な痛みに悩まされ、映画制作からも執筆からも遠ざかっていた。4年前に母ハシンタ(Julieta Serrano)を失い、2年前には大がかりな手術を受けたことも彼の気力を奪っていた。最近は幼い頃の自分(Asier Flores)や母(Penélope Cruz)の姿を夢に見ることが増えている。ある日、ホテルのプールに潜って瞑想していると、小川で母親たちが賑やかに洗濯をしている情景が鮮やかに蘇った。プールを出た後、ラウンジで、女優のメルセデス(Nora Navas)に久々に出遭う。撮影も執筆もせずに何をしているのかと問われ「生きているさ」と答えるサルバドール。上映会が行われるのを機に、プレミア以来32年ぶりに『味わい(Sabor)』を鑑賞して、自作ながら感動してしまったこと、そして、軽やかさのない演技や科白の自己流の改変のために絶縁状態だった主演のアルベルト・クレスポ(Asier Etxeandia)の演技が良くなっていたことを伝える。それに対してメルセデスは、映画は映画で変わらない、変わったのはあなただと応じるのだった。サルバドールは、『味わい』のアフター・トークに登壇してもらおうと、メルセデスに教わったアルベルトの住まいを訪ねる。突然のサルバドールの来訪に怪訝な顔をするアルベルト。だが室内には、『味わい』のポスターが目立つところに大切に貼ってあった。何か飲むかと問われたサルバドールは同じ物でいいと、紅茶を出してもらう。隣でヘロインを炙るアルベルトに、自分も試してみたいと告げる。アルベルトの脳裏には、幼年期の思い出が次々と浮かぶのだった。

 

ペドロ・アルモドバル監督の作品ということで観たが、「ペイン・アンド・グローリー」というタイトル(原題の英語訳をカタカナ表記)からしてそれほど期待していなかった。だが、中盤から作品にぐっと引き寄せられていった。結局、期待を遙かに上回る内容だった。
母親たちの川での洗濯する場面、サルバドールの靴下のほつれをハシンタがかがる場面など、幼年期の思い出に幸福感を味わわせられる。
サルバドールがヘロインに手を出す理由は痛みから逃れるためだけではない。アルベルトとの関係の修復であり、またある人物への追想でもある。それは、戯曲「adicción」で明かされる。
アルベルト・クレスポの一人舞台「adicción」のシーンが素晴らしい(格好いい)。
舞台「adicción」により、幼き日の鮮烈な体験("el primer deseo")がより生々しく感じられる。なお、もし"el primer deseo"を描く場面に修正が加えられていたら、いかがわしさが印象づけられていただろう。天井からの光が降り注ぐ、美しい記憶のイメージを残したのは英断。
そして、その鮮烈な体験が映画へと転換することで、サルバドールの「再生」を示した構成も極めて魅力的。