可能性 ある 島 の

芸術鑑賞の備忘録

映画『パリのどこかで、あなたと』

映画『パリのどこかで、あなたと』を鑑賞しての備忘録
2019年製作のフランス映画。111分。
監督は、セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)。
脚本は、セドリック・クラピッシュ(Cédric Klapisch)とサンティアゴ・アミゴレーナ(Santiago Amigorena)。
撮影は、エロディ・タータヌ(Élodie Tahtane)
編集は、バランタン・フェロン(Valentin Féron)。
原題は、"Deux moi"。

 

パリを網の目のように張り巡らされたメトロ。様々な人たちが、お互いを見知らぬまま、同じ駅、同じ車両を利用している。恋人のように接して座っていることもあるだろう。レミー・ペルティエ(François Civil)とメラニー・ブリュネ(Ana Girardot)もまた、偶然隣同士の座席を占めることになったが、お互いを知る由もない。地下鉄の座席で隣り合ったように、隣接するアパルトマン、それも同じ階に住んでいるなど、二人は夢にも思わないのだ。
レミーは巨大な物流倉庫で働いている。マンションのように聳える建物の中を人が動き回り、商品の出し入れを行っている。レミーが現場監督(Emmanuel Quatra)から声をかけられる。安全確保のためにロボットを大々的に導入することになったんだ。スタッフには雇い止めか転属かのいずれかが言い渡されるんだが、君は上からの覚えがめでたいよ。近々人事部長の面談があるから。レミーが仕事を終え一足早くロッカー・ルームで着替えていると、同僚がどやどやと入ってくる。ロボットに仕事を奪われるとはな。俺は転属になった。どうせならマルセイユくらいまで飛ばしてもらった方が良かったよ。中には出世する奴もいるらしい。お前はどうなんだ? 声をかけられたレミーはまだ確定していないとしか言えなかった。
メラニーが研究室で顕微鏡を覗いている。あくびが出る。最近眠くて仕方がないんです。14時間も寝る日があるんです。同僚のルーシー(Jeanne Arènes)が心因性ではと指摘する。病気を心の問題だと思ってるんですか? 思うも何も心因性疾患は医学よ。私なんか歯医者に行くたびに胃痛に襲われるんだから。
レミーが倉庫で操作盤に向かって作業していると、現場監督から面談に行って来いと声をかけられる。分かりました。このレーンの設定変更は終えてます。人事部長(Pierre Cachia)がレミーに尋ねる。自分を一言で表現してもらえるかな。一言ですか、難しいですね、次から次へと言葉が湧いてくるものですから。泡か。泡ですって、何で僕が泡なんですか! いや、君の手の動きが泡を表現しているように見えてね。次に尋ねたいのは、上司と部下とどちらが自分に向いているかだ。
メラニーが作業していると、部長(Michel Lerousseau)がルーシーと何やら話し込んでいる。詳しくは聞こえないがどうやら自分のことに関してらしい。部長がメラニーのもとにやって来る。まだ先のことだが、4月に行われる発表は君に担当してもらう。資金提供者を招いて行うものだが、普段の発表と変わらず取り組んでもらえばいいから。大役を任される喜びよりもプレッシャーがのしかかり、メラニーの表情は冴えない。
不眠に悩むレミーが薬局に向かい、睡眠薬の処方を求める。ちょうど隣のカウンターでは、プレゼンテーションに向けて文献を読み込みたいメラニーが眠れなくなるための薬を相談している。それぞれ帰宅して薬を服用するが、これといった効果は現れない。レミーが地下鉄に乗っていると、7歳くらいの少女(Eden Dumont)がレミーに向かって微笑む。レミーも微笑み返す。レミーは周囲の世界がおかしくなっていることに気が付く。レミーは床に崩れ落ちる。周囲の乗客が大丈夫かと声をかける。レミーは地下鉄の車内に仰向けになっていて、救急隊員から声をかけられていた。病院に運ばれて検査を受けたレミーは、医師(Guillaume Marquet)から特段の異常は見つからなかったと告げられる。何かストレスを受けていることはないですか? いえ、特には。家族は? 問題ありません。仕事は? 同僚は私以外解雇か転属になりましたが。人と話した方がいい。誰とです? 精神科医だね。レミーはメイヤー(François Berléand)のクリニックを訪れるのだった。

 

パリ18区の隣のアパルトマンに住むレミー・ペルティエ(François Civil)とメラニー・ブリュネ(Ana Girardot)が、それぞれ過去と向き合うことで、人生の新たな一歩を踏み出す姿を描く。
精神科医のセラピーと歩調を合わせて、話が進むにつれて、徐々に問題の核心が明らかになっていく構成が良い。レミーメラニーのニアミスの数々も心憎い。
子猫は反則だろうと思うが、二人がつい本心を曝け出す装置として周到に用意された演出なのだ。恐るべし。
マルクス=ドルモワ通りのサバー・オリエンタルの店主マンスール(Simon Abkarian)は商品(魚沼産の米も推奨!)だけでなく、近所の事情にもやたら精通している。客や店員達とのやりとりが面白い。
サクレ・クール寺院を遠くに臨む、線路脇のアパルトマン。鉄路を跨ぐジュサン通りの高架橋。エドゥアール・マネやギュスターブ・カイユボットが描いたサン=ラザール駅界隈のように、この作品ではラ・シャペル駅界隈が魅力的に画面に取り込まれている。メラニーが妹のキャプシーヌ(Rebecca Marder)の乗る鉄道に向かって手を振るシチュエーションも個人的に感慨深い(鉄道に向かい手を振る祖父を思い出したもので)。
鉄道での偶然の出会いから始まる『恋人までの距離(Before Sunrise)』(1995)。出会いからの展開を描いた同作に対し、こちらは、出会うまでを描いているが、どこか通底するものを感じる。
セドリック・クラピッシュ監督の作品なら、コメディ要素も豊富な『ニューヨークの巴里夫(Casse-tête chinois)』(2013)が楽しい(三部作の三作目だが、単体でも楽しめる)。